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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第百二十話 神に最も近い石ⅩⅩ

「ええ! ということは!」


「はい。ナナカさんの予想通り、わたくしもナダさん達と同じような体になったようです。不老不死ですね。まあ、皆様もわたくしがポリアフの時に腕が生えたのは知っているでしょうけど」


 ニレナは左腕を前に出す。本来なら手首まで防具に包まれていたと言うのに、途中で千切れて白魚のような肌が露わになっている。その腕を斬った本人であるナダは関係ないように目を逸らしていた。


(でも、あの現象は――俺にはできない)


 そんな中でもナダが思案するのは、あのポリアフの再生は本当に”英雄病”に成せる事なのだろうか、という疑問だった。

 ナダはれっきとした英雄である。これまでに手足を何度もぶった切り、その度に再生してきた実績はあるが、それらはいずれも戦いが終わり意識が失ってからだ。斬られてからすぐに再生したことは一度としてない。

 だとすれば、その場で腕を再生するかどうかを選べるのは、神としての”力”なのではないか、とふと考えてしまった。


「じゃあ、ニレナさんも私と同じ“英雄病”という事か――」


 オウロは納得したように頷いた。

 氷の塔の上にいた三人は、奇しくも英雄達による死闘だったのだと。いや、英雄と言う冒険者のステージにいなければ、あの場に立つことさえ許されなかったかもしれない。

 誰もが腕を失うという重症の中、己の命を顧みず戦っていたのだから。

 それは”死なない”という保証がある英雄だからこそ、出来る芸当だろう。


「英雄病? 詳しく教えてくれますか?」


「これはさっきナダが言っていた事だが、どうやら例の石化病の事らしい。心臓が石のように固くなって時々痛くなるだけではなく、不老不死になり、なった者は――英雄の証とさえ、呼ばれる病のようだ」


「やはり――」


 どこかでニレナは自分の身体の変化を予測していたみたいだ。

 不老不死、英雄、石化病、神に憑依された自分の状況とナダ達の身体の状況が酷似していた事から、自分も同じなのではないか、という事はポリアフに体が乗っ取られていた時から考えていた。まさか本当にそうだとは思っていなかったようだが。


「栄えある“英雄”に、ニレナもなったのか。喜んでいいのかは分からんな」


 カテリーナは腕組みをしながら難しい顔をしている。


「そう言えば、思い出した事があるのです」


 ニレナは神妙な面持ちで口を開いた。


「何だよ?」


「先祖にポリアフ様が降臨した方がいるのですが、その方の記録は先にも後にも詳細は残されていませんでした。神の依り代となることは十二神教にとってはとても名誉ある事なのですが、どうやらヴァイオレット家にとってはそうでもないのかもしれません。父なら何かしっているかも知れないですが」


 神の依り代、その言葉にニレナは何か想像もしえない秘密があるのではないか、という気持ちになった。そもそも英雄病というのが認知されていないのに、英雄自体が認知されているのも不思議なのだ。


「まあ、謎ばかりなのは今に始まった事じゃない。俺はこの病になってから分からない事だらけだからな。だから、この話は後回しにして、全員起きたんだから先に進もうぜ。もう休憩は十分だろう?」


 これまではニレナが気を失っていたため全員で待っていたが、起きた今ならもう必要ない。

 ナダはニレナをちらりと見た。体調を気遣う視線だった。神が宿り、起き上がった直後の身体ですぐに冒険が出来るのかとナダは問うたのだ。


わたくしは大丈夫ですわ。むしろ、体の底から力が沸き上がるみたいで調子がいいと言っても過言ではありません」


 ニレナは自信たっぷりに左胸を二回ほど叩いた。

 ナダも最初は不安に思っていたが、顔の血色はいい。無理をしている様子は一切感じられなかった。どうやらポリアフが降臨する前の睡眠と先ほどまでの休息で、体調はすっかりと回復したと考えていいだろう、と思う。


「なら、先に進もうぜ。俺が聞いた話では、迷宮を攻略すれば全てが手に入る、と聞いた。もしもそうなら、神や英雄についても何か分かるかも知れないぞ――」


 ナダは立ち上がった。他の仲間達も賛成なのか、誰も文句をいう者はいなかった。

 疑問は全員にある。今回の冒険では、普通の冒険では決して出会わない事に遭遇した。戸惑うのも無理はなかった。

 だが、そんな状態でも先へ進むことをナダは決断する。神が降りたニレナや英雄になったオウロの体調を鑑みて、頭の中のどこかには引き返す、という選択肢もあったのだが、一度戻れば内部変動によって二度と同じ場所には戻れない可能性もあるのだ。それならば、先に進んで真実を掴んだ方がいいのではないか、と至ったのだ。


「それはいいが、どこから進むんだ?」


 立ち上がったハイスが、周りの状況を見て言った。

 ナダ達がいたのは、ポリアフによって追い込まれた空間である。天井が大海の底のように凍り付いており、周りは氷の壁が幾つも経っている。先ほどポリアフが建てた塔こそ崩れたものの、他は凍てついた世界である。何も解けてなどいなかった。

 この場所には出入口が一つしかなく、行き止まりの部屋なのである。先に進むのなら別の道に進むしかない。


「確か……ここに来るまでに、他の道もなかった」


「そもそも凍り付いて道など一つもなかったぞ」


 ずっと氷を溶かしていたシィナの見解に、カテリーナが返す。二人の言う通り、ポリアフから逃げていた時は、ただ先を目指すだけだった。これまでにどれだけの道を超えてきたのかは誰も覚えていない。


「新しい道があると言うのか?」


 オウロが問題提起するが、誰も確証を持って答える事など出来なかった。


「さあな。現代の冒険者は誰もここに入った事がないんだ。そんな事は知るかよ。でも、アダマスはここに来たぜ。あの光を浴びた扉の下には、アダマスの有名な紋章があったからな――」


「流石、目ざといわね」


 ナダの情報に、ナナカが感心する。

 ナダの推論では、アダマスがここに来たのは確実なのだ。そして英雄病に関する“何か”を知った。それが治療法自体なのか、その切っ掛けなのかは分からない。


 ナダは、アダマスの伝説を思い出す。学園の歴史で幾度となく聞いた事だ。アダマスの仲間が書いたとされている手記――俗に金剛書記アダマス・バイブルを、現代の学者が訳したものであるが、現代とは言語体系が大きく変っているため上手く翻訳できていない箇所も多い。

 だが、手記の最後の一文には、アダマスは――全ての迷宮を攻略した、はっきりと書かれている、とされている。もしもそれが本当なら、マゴスも間違いなく攻略したと言えるだろう。

いつも感想やいいねなどをくださり、ありがとうございます。

本作品の書籍版が10月30日に発売予定するので、「@otogrostone」というXのアカウントでキャラ紹介などもリポストしております!

ちなみにナダだけではなく、イリスやニレナのイラストも見れますので是非見て頂けると幸いです!

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