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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第百十九話 神に最も近い石ⅩⅨ

 英雄、それは冒険者なら誰もが目指す称号だ。

 冒険者を極めた果てに成れる、とされている。

 英雄になる条件は未だにはっきりとされていないとされ、迷宮内で偉大な冒険を果たした者のみにその資格があるとされている。

 そんな英雄の逸話は太古のアダマスがいた時代のものから、数百年前のもの、また現代のものと幅広く残っている。その中には現代の冒険者の常識からかけ離れたものも多く、例えば神の十の試練を突破して、英雄になった冒険者も過去にはいたようだ。


 そんな英雄たちの逸話を見て聞いて、冒険者になった者がやはり現代には多い。

 ハイスもその一人であり、幼き頃は英雄を夢見ていた。


「ナダの言う事が本当なら、誇った方がいいな。だってオウロはマナ様やヴァリア様と同じ存在になったんだ。いや、というか、ナダはいつから“英雄”なんだ?」


 だからこそ、そんな冒険者なら誰もが憧れる英雄になったオウロに素直に賞賛を送ろうとしたハイスであったが、そもそもナダが最初から英雄だった事に驚いてもいた。まさか英雄だと知らずに憧れた存在が、かつて憧れた英雄だとは思っていなかったのだ。


「……三年ほど前か。迷宮に潜ってたらなった」


「何故、その事を言っていないんだ……!」


「別に自慢することでもないからな――」


 ナダは素っ気なく言った。

 英雄、それになってから随分と時間が経つが、ナダとしては英雄になどなりたくなかった。公表すれば人から尊敬される事もあるだろうが、もしも英雄を公表したとしても未だに偉業を達成していないナダは自称英雄と言われても仕方がない人間である。

 そもそも賞賛されるのは性に合わないとさえ、ナダは思っている。


「そうなのか? 本当に英雄になったのなら、凄い偉業だと思うのだがな。英雄なんて冒険者の中で最も実力のある者で、誰からも尊敬される存在だ。私も昔はマナ様に憧れていたぞ」


 かつて英雄であるマナに憧れていたカテリーナは照れたように笑う。


「……本来の英雄は積み重ねがある存在だからな。俺のようなぽっと出は名乗っても叩かれるだけだ」


「それは……一理あるかもしれない……」


 ナダの意見にシィナは小さく頷いた。最もだと思ったからである。


「それよりも、だ。本当に私は英雄になったのか?」


「英雄病、それが英雄の証であるならな――」


「そうか――」


 英雄、その言葉がオウロの心に染み渡る。

 実感はない。かつての黒騎士は一人として英雄になった記録がなく、その前に滅亡したからである。

 かつての黒騎士の無念を晴らすために底を目指し、憧れを超えた存在になったとしてもオウロには未だに実感がなかった。


「英雄なんてどうでもいいだろう。それよりも大変だぞ、英雄病は――」


 ナダとしては英雄かどうかよりも、“英雄病”という大病にかかったという事実の方が重要だった。

 英雄病の苦しさはよく知っている。その前では、英雄になったかどうかなんてナダにとってはどうでもよかった。


「……そうなのか?」


「ああ、地獄のような苦しさだぜ――」


「聞きたいことは沢山あるのだが、そういうわけにもいかないみたいだな――」


 オウロは腰を据えて話をしようと思ったのだが、その前に――最後の眠ったパーティーメンバーがゆっくりと目を開けた。

 眠っているニレナに関しては、誰もが注目していた。先ほどのポリアフの強さが脳裏に焼き付いているからだ。あのギフトで不意打ちされると誰もが抵抗できずに凍らされるだろう。

 各々が中腰になって、武器に手をかける。

 ――唯一、ポリアフの最後の言葉を聞いたナダだけが、その場で胡坐をかいて座りながら隣に置いてある青龍偃月刀に触れもしなかった。

 ニレナは目を開けると、ゆっくりと上体を起こした。そしてきょろきょろとあたりを見渡す。戦闘状態になった仲間達を見たのである。


「警戒されてしまうのも無理はないですわね――」


 そんな仲間を見たニレナは、苦し気な顔をした。


「よう、気分はどうだ?」


 ナダは肩肘をつきながらそんなニレナへ微笑みかけた。


「最悪の気分ですわ――」


「どうしてだ?」


「全てを覚えているからです。あの神がわたくしの身体を乗っ取り、力を振るった時から、気を失う最後まで全て――」


 ニレナは重々しい口を開いた。忌々しい感覚だったのだろう。自分の身体を操られ、自分の身体で思ってもいない事を口にし、大切に思っていた仲間に牙を向けた。

 ニレナは仲間の腕を斬った感覚も、ギフトを使った感覚も、その全てを覚えているのだ。吐き気がすると言ってもよかった。ニレナは気を失う前の事を思い出すと、唇を噛み締めて血が出るほど嫌だった。


「なるほどな――」


 ナダは仲間達に手で合図をして、武器を下ろすように指示した。

 リーダーであるナダに逆らう者など、『ラヴァ』にはいなかった。


「皆様、大変なご迷惑をおかけしました。もしもあの時の気が済むようでしたらどんな言葉も、どんな剣も受けるつもりですわ――」


 ニレナは頭を下げて謝罪した。

 その行動を見て、真っ先に止めたのがハイスであった。すぐにニレナの元に駆け寄り、彼女に頭を上げるように言ったのだ。


 何故なら――ニレナは、貴族である。他の『ラヴァ』のメンバーは誰もが平民出であるが、ニレナは由緒正しい血筋の持ち主だ。

 一般的に貴族は簡単には謝ってはならないとされている。

 何故なら領地を持つ貴族の言葉は領地に住む平民にとっては絶対であり、貴族の言葉がそれすなわち領地の言葉となり、王となれば簡単に発した一言が国としての言葉になるのだ。だから由緒正しき血の持ち主は会話の流れでも、簡単に謝る者は少ない。

 ニレナは厳格な貴族として育てられたので、正式に頭を下げて謝罪することなどはほぼしない。軽はずみにそんなことをしてしまえば、実家に迷惑が掛かる事さえあるからだ。


「剣も受けるって?」


 だが、そんなニレナの謝罪の覚悟を聞いたナダは、言葉の別の部分が引っかかった。


「ええ、そうですわ――」


「何故なんだ?」


 ナダは予想が確信に変わったためか、口角を上げた。


「皆様を斬ったからです――」


「なら、俺とオウロは腕を斬られた。その代わりに腕を斬ってもいいと言うのか?」


 ナダは隣に置いてあった青龍偃月刀を掴み、その刃をニレナの眼前へ突き付けた。


「ええ、構いませんわよ――」


 ニレナは眉一つ動かさず、左腕をナダの前に出した。

 剣呑な二人に雰囲気に思わず他の仲間達が息を飲み込む。


「でも、意味がないんだろ?」


 ナダは嗤いながら言う。


「ええ。どうせ“治ります”から」


 ニレナは右手で左胸を押さえた。

 やはりとナダは思った。ニレナも“英雄病”にかかっているのだろう。その仕草が左胸が石ころになっていることを暗示している。きっと先ほどの会話も途中から聞いていたのではないかとさえ感じてしまうほどだ。

いつも感想やいいねなどをくださり、ありがとうございます。

本作品の書籍版が10月30日に発売予定するので、「@otogrostone」というXのアカウントでキャラ紹介などもリポストしております!

ちなみにナダだけではなく、イリスやニレナのイラストも見れますので是非見て頂けると幸いです!

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