第百十八話 神に最も近い石ⅩⅧ
今月の10月30日に発売する書籍版の作業が一段落しましたので、第四章が完結するまで毎日投稿を再開しようかなと思っております。
暫くの間、毎日18時に更新予定ですので是非読んで頂けると幸いです!
「ススッホ、という男だ。ギフト使いだな」
「聞いた事がある。確か王都にいるギフト使いだったな。王都でも名の知れた何のギフトだったかな?」
「闇のギフト使いだ。それはそれは有能な冒険者だったよ。本人も冒険者を20年以上続けているベテランだった」
「そうだそうだ。闇の神だ。確か王都で一番の闇のギフト使い、なんて呼ばれる事もあったかな? 闇のギフト使いは他のギフト使いに比べても数が少ないから、それでも一番だと言われる事はそう珍しい事じゃない――」
ハイスの言う事は最もであった。
ニレナやシィナも実力のあるギフト使いだと他の冒険者からも評価されているが、それぞれの分野のトップと言われるギフト使いには別の冒険者が存在している。冒険者のピークは20代半ば頃と短いと言われているが、有能な冒険者は引退することなどなくいつまでも迷宮に潜るからだ。
水のギフトと氷のギフトはどちらも層が分厚いため、上には上がいる状況なのでニレナもシィナもトップ層には未だに手が届かない、とされている。
「そんなギフト使いのいたパーティーにフリーとして雇われる事があったんだが、冒険が終わった後の打ち上げで酔った勢いでススッホが言っていたんだ。――神の言葉を聴いたって」
カテリーナは記憶をよみがえらせるように言った。
「……神の言葉は何年も現れていないんじゃなかったか?」
「私もそれは言ったさ。でもそれにはススッホがこう言ったんだ。そんなの聞こえたって大半のギフト使いは隠している、って」
カテリーナは酔っていたからか、その日の記憶にはノイズがかかっていた。
あれはそう、淀んだ雨の日の事だったと思う。
冒険の後で打ち上げに参加していた。そのパーティーにはお金に余裕があったので、美味しいワインを何本も注文していて、カテリーナも何杯も飲んでいた。
さらに昔の事なので、詳しくは覚えていなかった。
「その男に話を聞きたいところだが、ここだと難しいな。そのススッホは今、どこで活動しているんだ?」
もしも目の前にススッホがいれば、すぐに真相を知りたいナダであるが、残念ながら目の前にはいない。
それにススッホというギフト使いの名前も聞いたことはなかった。
「私は知らん。フリーとしてパーティーに入ったのは王都であるが、もう随分と昔の話だからな。それから私はインフェルノに戻って、オケアヌスに来たが、一度としてススッホに会わなかったからな」
「残念ながら王都でも最近はススッホの活躍を聞かないな。パーティーが解散したのか、それともススッホが抜けて別のパーティーに所属しているのかは分からないな」
カテリーナに続いて、最近の王都の情報をハイスは言った。
どうやらカテリーナも、ハイスも、ススッホの動向を知るメンバーはいないようだ。
「……神ね――」
ナダは困ったように呟いた。
これまで自分には関わりがないと思っていた神が、まさかこのような形で接してくるとは思わなかった。
英雄病と神は何か共通点があるのだろうか、それとも神について調べれば英雄病の治療法に繋がるのだろうか。
答えは出なかった。
ナダがそんな風に思い悩んでいると、隣にいたオウロが飛び跳ねるように起き上がった。
蒼白な表情で冷や汗をかいている。
「ポリアフは!」
起きた直後にすぐに立ち上がり、腰に手をやった。どうやら太刀を探しているようだが、腰の太刀はオウロの横に並んでいるのでそこにはない。
「もういないぜ――」
未だにポリアフと戦っているオウロに、ナダは優しく言った。
オウロはナダの言葉を受けると、その場をきょろきょろと見渡した。件のポリアフであるニレナはナダと挟んで横になっていた。胸元で手を組み静かに寝息を立てるのである。胸が上下に動いているので生きているのは確かであった。
「元に……戻ったのか?」
ニレナの様子を見て、オウロは言った。
「そうみたいだな」
「ナダの言う通り、神を倒せば元に戻るとは……流石だな」
オウロは感心するように言いながらその場に座る。
「たまたまだよ――」
だが、ナダとしては今回のポリアフの降臨と消失については不可解な事が多く、本当に自分が神を倒したのか、確証はなかった。
「そうだ! 私の腕は……!」
オウロは寝起きで意識が混濁としていたのか、蹲るように左腕を押さえようとしたが、そこには“元の左腕”が存在する。オウロはその事実に目を見開き、驚いているようだった。
「そうだ、オウロ。お前は石化病――つまりは“英雄病”にかかった。つまりは英雄になったんだ。だから――その程度の怪我は簡単に治る」
そんなオウロへ、ナダは衝撃の事実を告げた。
オウロ以外のパーティーメンバーが、ナダの言った真実に言葉を失ったようだった。これまでナダは自分の病について話していたが、詳しい事はあまり言っていなかった。
「英雄――私が――それに腕が無くなっても治る?」
オウロはナダの言う事をもう一度繰り返した。どうやらうまく消化できないようだ。
ナダにも似たような経験があったからよく分かるのだ。
「そうだ。俺にもこの病にかかっている。原因は分からないが、どうやら迷宮に潜っているといずれ成るようだ。症状は二つ。時々胸に奔る激痛と“不老不死”だ」
「不老不死?」
「ああ。ポリアフの腕が再生するところを見ただろう? あんな感じで腕が治るらしい――」
「らしい?」
「ポリアフの様子を見ていると、どうやら腕が生えてくるときには激痛があるようだけど、俺はいつもその時には意識を無くしているからな。未だに実感したことはないんだよ」
「つまり、私の腕も再生したと言うのか?」
「ああ、そうだろうな。オウロが腕を無くした記憶は間違いじゃない。俺も見たからな」
「そうか――」
オウロは納得させるように頷いた。だが、戸惑ったかのようにずっと自分の左手を見ている。きっと以前の腕と変わりはないのだろう。神経は繋がっているからこれまでと同じように動くし、爪、傷跡、浮き出る血管、どれもが失う前と全く同じ状態の腕で違和感がないのが、逆に不思議なのだ。記憶では確かに左手を失っている筈なのに、起きたらそこに手がある。どうにもそれが受け入れられないのである。
「ちょっと待って! 英雄病ってどういう事よ! ナダも同じ病気にかかっているんでしょ? それが以前に言っていた石化病のこと? 迷宮に潜ったらなるって言っていたの?」
「ああ、そうだ」
まくし立てるナナカの質問に、ナダは淡泊に頷いた。
「という事は、あんたは英雄なわけ? ていうか、英雄病になれば英雄と言う事になるの? 意味わかんない―!」
ナナカは頭を掻きむしりながら叫んだ。
「簡単に説明すれば、昔に活躍した英雄の全てが、迷宮の深い所に潜ることで発症する石化病にかかった。それから時間が経って英雄が石化病になるということから、石化病になった者が英雄と呼ばれるように変化したらしい。つまりは事象が逆転したということだ」
ナダは以前にノヴァから受けた説明を簡単に仲間にもした。
「つまり、あのポリアフが言っていた英雄というのは?」
「オウロが偉大な英雄になったということが分かったんだろうな。何故分かったのかは分からないが」
そう言えば、その件も不思議だな、とナダは思ったがどうせ考えても答えは出ないので考えていない。
「喜べばいいか分からないな――」
オウロは左胸を握った。そこには確かに石のように固くなった“心臓”があった。もしかしたらポリアフと戦っていた時に心臓から強く感じた“熱”は、この英雄になった証かも知れないとオウロは感じた。
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ちなみにナダだけではなく、イリスやニレナのイラストも見れますので是非見て頂けると幸いです!