第百十五話 神に最も近い石ⅩⅤ
ポリアフは言葉を言い終わると、静かに目を開けた。
ナダ達へ氷だけで攻撃する様子はない。
ポリアフの両手の武器に、雪が濃密に纏われる。
あくまでポリアフは、両手に持っている氷の武器でナダ達を仕留めるつもりのようだ。
きっと心のどこかで思っているのだろう。
――英雄である彼らに、“氷の兵士”程度では、通用などしないと。
だが、確かにナダ達は先ほどまでとは違うポリアフの様子に戦慄していた。体が震えるのである。それは気温が先ほどよりも下がった事も要因の一つだろうが、それよりもポリアフの威圧感が増したからだろう。
彼女は強くなった。
まるで空間ごと体を押さえつけられているようにナダは感じている。きっと先ほど唱えた“ギフト”は、いや“神の力”は、ニレナがよく使う空間を掌握する使い方と一緒であり、より高度なものなのだろうと思った。
ポリアフはナダ達に向かって走った。
彼女の姿が雪に紛れる。
一瞬、姿を見失った。
ナダは足音と彼女が走り出した向きから動きを予測し、青龍偃月刀で斬り裂こうとした。
かん、と甲高い音が鳴る。
ナダの青龍偃月刀とポリアフの銀の短剣が当たったのだ。だが、見た目から本来重さで勝る筈のナダの青龍偃月刀がびくともしなかった。
「重いな――」
「そなたの攻撃は軽いぞ――」
二人はそんな軽口を交えてお互いに一歩引いた。
そんなポリアフの下がり際をオウロの太刀が狙う。鋭い一閃。アビリティなどはなく、純粋に剣技のみの袈裟斬り。
だが、ポリアフの移動は吹雪によって加速されている。
オウロの剣は空振りした。
ポリアフは二人から距離を取ると、その場で直剣を振るう。氷の茨の道が二人に向かって放たれる。それは踏めば足元かに怪我を負うだろうが、二人は半円を描くように避ける。
ナダとオウロはポリアフへと迫りながら、一瞬だけ目を見合わせた。
――どっちが合わせる?
ナダが目で聞いた。
――任せる。
オウロが口角を上げて答えた。
ナダは不敵な笑みを上げた。
オウロの言葉に応えるように、ナダはポリアフの正面に立つように走って行く。
「逃げるつもりか?」
ナダはポリアフを嘲笑うように言った。
「ほざくな、小僧――」
ポリアフが足を止めた。ナダに向かって右足を大きく上げて、振り下ろした。氷の茨がナダへ向かって進む。今度の茨は範囲が大きかった。踏めばナダの靴ごと足を突き刺すだろう。
「しっ――」
だが、ナダはあえて踏み抜いて進んだ。
茨が足を突き刺す。激しい痛みが足の裏に伝わり、ナダの口の端が歪みそうになるがあえて嗤って、ポリアフまで近づいた。
「面白い男だな――」
そんなナダの戦い方をポリアフは愉快そうに笑いながら、ナダへと逆に駆けて行く。ポリアフが氷の茨を踏むとまるで霜を踏むかのように艶やかな金属音が奏でられる。どうやら氷の茨は、ポリアフの足を傷つける事はないようだ。
ナダは愚直に青龍偃月刀を振り下ろした。
そんな鋭く、重たい一撃をポリアフはいとも簡単に避ける。ナダの横を通るようにして左手の結晶の曲剣でナダの肌を撫でようとする。
「それはいただけないな――」
だが、結晶の曲剣はオウロが防いだ。まるでナダの影のように、傍からから現れたのである。
ナダは青龍偃月刀をすぐに切り返したポリアフへと伸ばした。
ポリアフは右手に持つ銀の直剣で、ナダの一撃を防いだ。力関係は互角。ナダが歯を食いしばって全力を込めた一撃も、やはりポリアフの枝のような細い腕に簡単に止められた。
今度はオウロが剣を振り上げて、ポリアフの頭上へと単純な唐竹割り。ナダの青龍偃月刀を押し返した銀の直剣で防がれる。
ポリアフが結晶の曲剣を振ろうとするが、ナダが押さえる。
その間にオウロが絶叫と共にもう一度剣を振り上げて、振り下ろした。再度の唐竹割りだ。
ポリアフは簡単に防ぐ。
唐竹割り、防がれる。唐竹割り、防がれる。唐竹割り、防がれる。オウロの力強い一撃はどれも単純であったので簡単にポリアフに防がれるが、それすらを気にせず、オウロはひたすらにポリアフへと攻撃していく。
唐竹割り、防がれる。唐竹割り、防がれる。唐竹割り、防がれる。類まれなる訓練の末のオウロの一撃は、一つとして誤作動を起こす事なく全く同じ動きを続ける。だが、一つだけ変化があった。
「はっ! はっっ!! はっっっ!!!」
オウロの声が段々と大きくなるにつれて、剣に力も籠っていく。心臓から熱が体に送られる。
まるで体の動きをもう一度学習しているような感覚にオウロは陥る。まるで新たな体に、自分が最適化しているようであった。オウロは戦闘中にも関わらずナダを一目見た。
――同じ英雄、であるとポリアフはナダの事を言っていたことをオウロは思い出す。とすれば、ナダもこんな力に酔いしれたのだろうか、とオウロは思う。
英雄の身体は以前とは違い、より戦いに適した体であった。
力が溢れ、疲れを知らず、感覚が研ぎ澄まされる。ナダの強さの正体は、“英雄だから”なのではないか、ともオウロは考えてしまった。
オウロの猛攻は続く。体の動きを確かめるように。いや、“まるで過去の訓練”をなぞるかのように。
最初に習った唐竹割りはもう進歩を感じられなくなったら、今度は袈裟斬りと左袈裟斬りの連続攻撃。こちらも寸分たがわぬ動きで、動きの速さと質を高めていく。
オウロの隙のない攻撃にポリアフは防戦一方に防ぐだけだった。時たま遠くに離れようと大きく足を動かそうとすると、横からナダの邪魔が入る。今度はナダがオウロのサポートに回っていた。
オウロの動きはそれからも臨機応変に変わっていく。全ての剣の動きを確かめた後はコンビネーション へ。技の連携へと移っていく。袈裟斬りから逆袈裟斬り。それに一文字斬りを交えて、相手に読まれないように時折突きも交えながら。
ポリアフは余裕そうな笑みを浮かべながらも足は徐々に後ろへと追いやられる。床に氷の茨を出すも、オウロは怯む様子がなかった。地面を砕く勢いで踏みつける。足に棘が刺さるが、ナダと同様にもう気にしない。激しい痛みも、精神が昂っていることによってあまり感じていなかった。
もうオウロの目にはポリアフしか見えていない。
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