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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第二章 楔
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第一話 ククリナイフ

 ラルヴァ学園は国内で唯一存在する冒険者のための育成施設だ。

 そのためラルヴァ学園が百年もの歳月をかけて編み出した独自のカルキュラムも多数存在する。戦闘訓練やギフト、またはアビリティの授業などは王都であるブルガトリオの貴族専用の学園にも存在する。

 ラルヴァ学園特有の授業は何か、と聞かれると広報部隊はおそらくこう言うだろう。

 ――冒険者のノウハウだと。

 それだけはどこにも負けないと語る。

 ラルヴァ学園はまだ百年と歴史は浅いが、そのラルヴァ学園があるインフェルノという都市は太古から――それも過去の英雄であるアダマスがいた頃から迷宮都市で存在していたのだ。

 その頃より培った技術は、冒険者だけにはとどまらず、カルヴァオンの取引業者や武器職人、または武器商人、また医学も国内で最も充実していると言われている。そんな環境で冒険者になるための技術を学べるのだから、ラルヴァ学園に通わずに冒険者に成った人はそこの生徒が羨ましいと言ったこともある。


「えー、では今日は前回に引き続き、武器についての授業を行おうと思うぜ」


 ナダもそんなありがたい教育を、机に肩肘をつきながらぼーっと聞いていた。

 名は、シュンボというらしい。

 遠く黒板の前で授業をしている先生は、いや――先生というよりも一介の鍛冶職人と言ったほうがいいだろう。一般の人と比べると些か背は低いが、五十を過ぎた年齢でも未だに金槌を握っているであろうその腕は老木のようにしっかりとしていた。顎には白とクロが混じった髭が生えており、頭も禿げ上がっているが、彼が持つ眼光は一流の冒険者と同じように鋭い。

 目の前で授業をしている職人は有名な鍛冶師の名門であるウェントュス家の一人らしく、彼に武器を作ってもらいたい生徒は学園に沢山いるようだ。

 尤も、ナダはその一人ではない。

 彼に武器を頼むとなると、莫大な金額がかかる。そんなお金をナダは持っていなければ、彼の作る武器も肌に合わない。

 何故なら彼の作る武器は、いかに武器の軽量化と切れ味、それでいて耐久力をどれだけ引き伸ばせるかに重点を置いている。また今の冒険者の傾向もシュンボの道と合っており、彼の作品は飛ぶように売れていると聞く。またその技術を隠すわけでもなく、多数の弟子に教えているので人格者とも言われることが多い。

 だが、シュンボの心情はナダとは合わない。ナダの武器の価値観といえば、武器の重さはそれほど気にしないが、大型のモンスターをギフトもアビリティも無しで倒せるように長く、それでいて切れ味があれば尚の事いい。いわゆる、武器というよりも兵器と呼ばれるようなものをナダは持ちたかった。

 その点で言えば、ガーゴイルも倒した青龍偃月刀は彼のさがに合っているのだが、どうにもインフェルノや学園では見苦しいと言われている。


「またオリハルコンはただのレイピアだとこの配合にヒヒイロカネを一キロにつき五グラム混ぜるのがいいとされ――」


 そんなことなので、シュンボの授業の中で熱く語られるヒヒイロカネやオリハルコンなどの特殊金属、並びにそれらの色々な配合で武器に混ぜた時に、どの武器にはどれぐらいの割合がいいかを熱く語っている姿を見ても、ナダの心には全く響かない。

 ならばナダはこの授業を抜け出せばいいのだろうが、彼の成績上、そうにもいかなかった。

 ナダの成績は学園の中でも酷く低い。

 大抵の学生はギフトかアビリティ、どちらかのカリキュラムをこなして、その上で学園が指定したカリキュラムをこなすと自動的に次の学年へ上がれて、やがて卒業できる。だが、ナダの場合はどちらの単位も取れない。

 そのため、興味のある人しか来ないような武器についての解説を聞いている。

 あと何時間かこの授業を受ければ、武器ごとに推奨する迷宮やモンスター、はたまた金属や素材による適した迷宮やモンスターなどを教えてくれる授業となり、迷宮に武器を最低でも二つは持っていくナダとしては、そっちの授業に早く移行してもらいたい限りだ。

 だが、熱く語るシュンボの授業は続く。

 また、自分にとってどの武器がいいか、真剣に悩んでいる冒険者達も、シュンボの授業を真剣に聞いており、結局、彼の授業は規定の時間をオーバーしても続いた。

 流石にテストもあるので授業を寝られないナダとしては、彼の授業をまともに聞くだけで辛く、途中で何度も寝落ちしそうになった。


「――それじゃあ、今日の授業はここで終わりだ。他に聞きたいことがある奴は俺のところに来いぃ!」


 シュンボの授業は規定時間を三十分も超えて、やっとこの言葉と同時に彼の話は終わった。

 それと同時に沢山の生徒がシュンボに群がった。どうやら次に使う武器の相談をシュンボにしたいようだ。彼の長年培った経験で、どのような冒険者がどのような武器を作り、またその者にはどのような武器が合うかも判断できる。

 実際に彼が武器を選んだ者の中には、“剣聖のマナ”もいるとされ、現在でもマナの持っている武器はシュンボの作品の一つだとされている。それはシュンボの最高傑作の一つであり、シュンボの名声を上げる要因の一つにもなった。

 そんな偉大な人物ではあるが、ナダはシュンボに自分の合う武器を尋ねる気にはならない。そもそも冒険者なら自分の武器を誰かに薦められて使うのではなく、幾たびも迷宮に潜りその結果、どのような武器を自分が必要としているかを感じて選ぶのが普通だと考えている。

 尤も、この考え方はナダの偉大な先輩であるイリスの受け売りだが。

 だからナダは授業が終わるとまっすぐ学園から出た。

 目的先は―― 『アストゥト・ブレザ』であった。



 ◆◆◆



「らっしゃい。ああ。ナダか。お目当ての武器は出来ているぞ」


『アストゥト・ブレザ』の店主であるバルバはいつも通り、店の奥のガラスのショーケースでできたカウンターの後ろの作業台に座っていた。またこれもいつもと同じなのだが、ハゲ散らかした頭を隠しもせずに、なにやら一本の短刀を見ている。その短刀は小さいが刃が美しい銀色に輝いていた。男は刀身を見ながら、ニヤニヤと気持ち悪い表情を浮かべている。どうやらあの短剣はいい代物らしい。

ナダとしては理解したくも無いが。

 青龍偃月刀を売ってくれたバルバとはナダも長い付き合いだ。

 もう二年になるのだろうか。出会いは陸黒龍之顎を作ってもらうためにこの店へと訪れたのが最初だが、それ以降も普通の武器屋だとあまり取り合ってくれない大型武器の整備や手配をこの店で頼んでいた。

 また、現在ではナダは武具の殆どの整備や揃えをこの店で行っている。ここは学園都市から遠く通うのには不利な位置だが、それ以上にバルバの広い耳とその類まれな手腕から彼の交渉術は信用していた。


「ああ。じゃあ、渡してくれ――」


 ナダがそう言うと、バルバはカウンターの下から一本の短刀を出した。

 長さはそこそこにある。全体で七十センチほどだろうか。途中で刃が湾曲しているため、詳しい長さまでは判別がつかない。

 それはククリナイフと呼ばれる武器だった。

 内反りと呼ばれる曲がりが大きく、また刀身自体も幅広で分厚く、斧に近い使い方が可能なように成形されており、ナダがよく迷宮に持って行っていた万能ナイフだ。


 前に使っていたククリナイフはガーゴイルに折られてしまったため、新しいククリナイフをバルバに注文したのだ。

 ナダもククリナイフが出来る今日までは青龍偃月刀に安い短刀で迷宮に潜っていたが、どうにも自分にはククリナイフがあったほうが、冒険が円滑に進むようである。何故ならククリナイフは普通の短刀と比べると多少重いが、刃が分厚いため斧のようにモンスターにもよく刺さる。それは敵が近づいてきた時に存分に発揮されるだろう。

 青龍偃月刀は強くていい武器なのだが、小さいモンスターや至近距離まで近づけられると対処が難しい。また普通のナイフだとモンスターに耐えられないため、ククリナイフがあると冒険の幅が広がるのだ。

 アビリティも、ギフトも、ましてや仲間もいないナダは、本来ならパーティー内で分割するような様々な役割を一人で行わなければならない。

 そのため、ククリナイフを一本だけ持っておくと、それだけで命の安全性が上がった。

 元々はククリナイフはイリスの受け売りで、前回にナダが使っていたのも彼女からのお下がりだったが、今回は改めて自分に合うようなククリナイフを作ってもらったのだ。

 実際に手にとって見ると、前回のククリナイフよりか柄が太く、重さもちょうどよい感じだ。鞘に入ったまま握るだけで、握り心地はとても良かった。


「今回の頼みはえらく簡単だったな――」


 バルバは新しいナイフを見ながらニヤニヤするナダに嘆息するように言った。


「そうなのか?」


「ああ。本来ならこのようなナイフより、普通のナイフのほうが需要は高いと思うんだが……どうやらイリス様だっけか? あの人がククリナイフを使っているから彼女に憧れて学園でもククリナイフを使い人は多少いるようでな。それを手に入れるのは簡単だったよ」


「へえ――」


 ナダもそれは初耳だった。

 確かに町中を歩いていると時々ククリナイフを持った人を見かけることがあるが、まさかそんな裏事情があったとはと驚いて目を天にする。


「まあ、ナダには関係のない話だ」


「そうかもな」


 そう言って、二人は笑い合うと、ナダは手早く慣れた手つきで腰の後ろにつけた。

 最近は無かった腰の重みが自身に加わると、何故かナダも安心するような気持ちになれた。


「やはりそっちのほうが姿はあっているぜ」


 バルバがナダを褒めた。

 ナダはそれに対してニヤリと笑う。


「それじゃあな――」


 ナダは素早く武器を受け取ると、ここには長居しないのかすぐに店を出るとバルバに言った。

 事前にククリナイフの代金は払っているので、法律的に問題はない。


「おいおい。どこに行くんだよ?」


 だが、いつもはこの店に来ると少しぐらいは世間話をしていくナダがそんな行動を取ったのが珍しかったのか、急いでナダを引き止めた。


「貴族からお呼び出しがかかってな。今日、ククリナイフを取りに来たのはその保険なんだ。これがあれば――いざというときにどうにでもなる」


 ナダが持っているかばんの中には、今日あった授業の教材も含まれているが、今朝に貰った手紙のことも入っていた。ナダがあれからすぐに開けて中身を確認すると、昼に屋敷まで来てほしいとのことだった。

 流石に貴族の反感を買うような真似をナダがするはずもなく、大人しくその手紙の内容に従おうとしていたのだ。


「なるほどなあ」


 バルバもナダの発言に納得したように頷いた。

 どうやらこの国では貴族は厄介なものらしく、平民であるナダやバルバのような人にとっては、貴族に会うだけで緊張するというものだ。

 だが、ナダはそれをものともせずに、店から出るとまっすぐ約束の場所まで向かうのだった。

早く迷宮パートに移りたい今日このごろ。

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