第百十一話 神に最も近い石Ⅺ
「我は神だぞ? 死ぬわけがないだろう――」
ナダの挑発的な言動に、ポリアフも嗤いながら左胸を叩いた。
「なるほどな――」
ナダは氷を砕くとすぐさま仲間の元まで戻る。
「で、戦うのか? あのニレナさんを手にかける決意をするとは、な――」
オウロはナダも遂に覚悟を決めたのかと思った。
「戦うが、そんな決意をしたつもりはねえよ。ニレナさんは“きっと”死なないからな――」
だが、一方のナダはそんなつもりはないのか、オウロの言葉を否定するように返した。
ナダが見据えるのはニレナの“左胸”だ。予想通りならきっとあの左胸は自分と同じように――石ころになっているのだろう。
何故、そう思ったのかは、ナダも理解できていない。
自分と同じように光を浴びてから目覚めるのがパーティーの中で最も遅かったことも理由の一つなのかもしれないし、もしかしたら“この氷の壁と穴こそが過去に冒険者と神が戦った証拠”とも思ったのかも知れない。
だが、確信は先ほどのポリアフの行動だ。
彼女は死なない、と言った時に“左胸”を叩いた。つまり、神も英雄病の事は知っており、自分がかかっていることも知っているのだろう、と思った。
そして、ナダは思うのだ。
神は昔から存在する。それこそアダマスの時代から、ギフト使いの身体に降臨する。その間に神の名前が変わることもあるが、ずっと同じ存在の同じ名前で語り継がれることもある。ポリアフの“名”は太古から存在する、とニレナが言っていたのをナダは思い出した。
とすれば――神も不老不死なのではないだろうか、という結論に達するのだ。もしも神も不老不死なのだとすれば、胸に石を持っているのも当然だろう、と思ったのである。
「死なない、ってそんな無責任なこと――!」
そんな中、ナダの発言に異論を示したのがナナカだった。
「じゃあ、試してみるか。サポートはしろよ――」
だが、ナナカの発言に対して、ナダは思い切ったようにポリアフへと攻めていく。
「くだらぬ抵抗を――」
ポリアフは氷の兵隊を生み出した。自身に付き従う冷酷な氷の騎士である。それらはまるで水晶のような薄い水色であり、誰もが鎧を着たような体をしている。顔は武骨な兜であり、手には長剣と盾を持っている。一見すれば騎士の形をしたモンスターのように見えるが、その実態は“ギフト”である。いや、神そのものが生み出す力はもう神の祝福でもないのかもしれないが。
だが、ナダはそんな兵隊を見ても恐れる気もなかった。
砕ける筈だ、と強く自分の力を信じていたからである。
体に熱を回す。いつもと同じことだ。だが、マゴスに潜った時よりも、ましてやダーゴンやヒードラと戦った時よりも体が滾る。強く体が動かせる。ナダはその力を宿したまま、一振りで四体の氷の兵隊をいともたやすく撫で斬りにした。
「ちっ――」
ポリアフは大きな舌打ちをしながら、次なる一手を打つ。
ただの氷の兵士では、ナダが倒せない事を知った。そして何より、自分に対して全くの遠慮がない攻撃が振るわれる事を知ったポリアフは、右手をゆっくりと頭上へと上げて淡々と言った。
「『氷の踊り子』」
その言葉と同時に、ポリアフの右側に大きな踊り子のようにベールを身に纏った氷像が生み出された。それは背筋が大きく曲がっているが流麗な姿であり、顔も女性のようなお面に見える。手には大きな曲剣を持っており、それで叩きつけるようにナダを狙った。
「リーダーの言う事には従わないとなあ――」
そんなナダへの攻撃の前に、にたあと嗤うオウロが既に踊り子の足元にいた。ナダへの攻撃が当たらないように足元を斬りつけて体制を崩した。
踊り子の刃がオウロに落ちるが、オウロは横に避けていた。
「……邪魔な鼠どもだな」
ポリアフはオウロに一瞥しながらも、左手を下げて地面を引っ張るような仕草をした。
「『氷の騎兵』」
新たに生み出した氷像は床から生えるように現れた。
大きな馬に乗った騎兵であった。
たてがみのついた立派な兜を被った騎兵は、周りの歩兵の上司のように思える。鎧などは似ているのに、手に持っている武器はナダの青龍偃月刀のような大刀である。だが、地上で使うナダに比べて、馬に乗った方が大刀の貫禄に合っている。
騎兵は馬という圧倒的な速さでナダに近づこうとするが、もっと身軽な仲間がいた。
それが、カテリーナであった。
彼女もオウロと同じタイミングで敵に向かっており、騎兵が現れると同時に狙いを定めていた。
騎兵の目の前に行くと、高く飛んだカテリーナは声高らかに言った。
「『光の剣』!!」
必殺の一撃である。
大きな光と共に放ったカテリーナの斬撃は、騎兵を簡単に砕いた。光の中から現れたカテリーナの周りは、飛び散った氷の粒子がきらきらと輝き、虹のような中から現れた。
「ナダ、ちゃんと言葉の責任は取りなさいよ!」
ナナカも『鉛の根』で人形を作り、雑に氷の兵隊を打ち砕いく。
「流石だな――」
ナダはそんな仲間達の活躍に感心しながら、前に進んだ。
ポリアフに近づくにつれて兵士たちは多くなり、強くなっていく。特に足には冷気が纏わりつき、一歩でも止まれば足から凍り付いてしまいそうだ。
だが、ナダはそれすらも気にはせずに前へと進むと、ポリアフの目の前へと現れた。
「神の面前で不敬だぞ――」
ポリアフはいつの間にか片手に刀を持っていた。刀身から柄まで全てが好き取る氷で作られた刀であり、存在するだけで空間を凍てつき雪を作っている。
「誰がだよ――」
ナダの青龍偃月刀と、ポリアフの氷の太刀がぶつかった。氷の太刀は振るうごとに細かな氷を作り出す。それがナダの身体に刺さるが、細かい傷を気にするナダではなかった。
だが、ナダは青龍偃月刀をすぐに引いた。ポリアフの氷の刀身によって、青龍偃月刀から凍り付きそうになったからである。
「言っておくが、剣も得意だぞ?」
そこからポリアフの猛攻が始まった。
ポリアフが歩く地面には氷が広がっていく。剣を振るうたびに雪が咲き乱れ、空間の温度が下がる。
ポリアフの剣は軽く、流麗だった。氷の剣は重さがないのか、まるで扇子のように振り回している。
ナダは防戦一方だった。青龍偃月刀を体の前で構え、相手の攻撃を受け続ける事しか出来ない。
「ちっ――」
その攻撃の速さを、ナダは今までの戦いの経験で味わったことはなかった。まるで熟練のアビリティ使いを相手にしているようだった。
反撃する暇は全くなかった。
「仕方ないな!」
そんなナダの様子を感じ取ったのがハイスであった。
ハイスはナダと場所を入れ替わるに移動する。ポリアフの前に出たハイスは、氷の剣をロングソードで受けた。やはり冷気がハイスの剣を侵食するが、先ほどのナダの攻防を観察していたので、只受けるのではなく受け流す。ポリアフの剣を後ろへと反らすように。
だが、ハイスの状況もナダと同じである。何も――変わらないかと思われた。
「『秘密の庭園』
ハイスはアビリティを使った。
中から出したのは、大量の“水”である。ヒードラの時のように形どってなどいない。大量の水をポリアフに浴びせる。
「――なに?」
ポリアフは驚いた声を出した。
だが、それだけでは終わらなかった。
「……分かっているよ」
その水を――シィナが操る。まるで縄のようにポリアフに纏わりついた。だが、拘束する力をシィナは込めない。
そうするのは、ポリアフ自身だった。
ポリアフは体から冷気を発している。それは時として冒険者を傷つける武器となるが、時には――自分を縛る“拘束具”ともなる。
一瞬で、水は凍り付いた。
ポリアフの身体が止まる。
だが、すぐに氷は砕かれ、ポリアフの身体は解放されるが、ナダはその隙を見逃しはしなかった。
「しっ――」
ナダの無慈悲な一撃がポリアフを襲う。
「この程度で我を止めれるなど――!」
ポリアフは自由になった氷の剣でナダの攻撃を受け流そうとする。
「僕を止めないとは、見くびられたものだね――」
だが、その剣を押さえたのがハイスであった。
自由になったナダの一撃は、ポリアフの氷の剣を持っている腕の肘を簡単に斬り裂いた。例え氷の鎧によって守られてあったとしても、ナダの“熱”と青龍偃月刀の重さによって放たれた一撃は防げない。
ポリアフの、ニレナの、右腕が宙を舞った。
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