第百九話 神に最も近い石Ⅸ
「本当かどうかは分からないがな。だが、確かにそうあったのだ。黒騎士の手記にな――」
オウロの言う黒騎士の手記は、ナダも以前に話に聞いた事がある。
オウロの実家、黒騎士の隠れ里にあった物だ。その中に――黒騎士は深海に沈んだ、という言葉があったからこそ、オウロはマゴスの底を目指したのである。目的にはたどり着いたが、オウロにとってはこの先が黒騎士の目指した場所であり、そこに辿り着くことが目的である。
「前後の文脈は?」
ナダはニレナを助けるきっかけになればいいと思った。
「――分からない。何故なら手記に挟んであった紙の切れ端に書いてあっただけなのだ。どの時代か、アダマス様のいつの話なのかが分からない。紙は古いものだったから、詳しい時代までは、な」
オウロが言いにくそうに言った。
その言葉は、仲間に希望を持たせるだけの結果となった。
「ナダ、どうする?」
オウロが、リーダーであるナダに結論を求めた。
ポリアフを引きつけたのはナダだ。あのままほおっておくと言う決断もあったが、仲間を見捨てる事をナダは出来なかった。だからと言って、あの場ではニレナを元に戻す手立ては手詰まりであった。だから挑発して、こちらにおびき寄せる事によって何か状況が好転すればいいと楽観視していた。
優れた仲間がいれば、この状況も打開できるのではないか、と淡い期待を抱いていたのだ。
ナダは後ろから迫り来る龍に気づき、青龍偃月刀で雑に叩き壊しながら叫ぶ。
「ああああああ――っ!」
答えが出ない。
ニレナをこのまま見捨てるのか、それとも他の道を探すのか、ナダにはどうすればいいか分からなかった。
これはダーゴンやヒードラと戦った時ほど、単純な問題ではなかった。過去にガーゴイルなどと戦った時もそうだ。
あの時は、ただ、倒せばよかった。
目標であるはぐれを倒せれば、自らの目的は達成できた。
非常にシンプルであった。
確かに倒すまでの創意工夫は必要であったが、言うなれば力をつければそれだけでよかった。
――だが、ニレナが神になった問題はそうではない。
現況である神を殺せば終わり、ということではないのだ。そんな選択を選べば、大切な仲間であるニレナまで死んでしまう。だからナダ達はニレナに直接攻撃することはほとんどせず、彼女が生み出す氷像を倒すだけにとどめているのだ。
どうすれば、いいのだろうか。
ナダは分からない。
これはダーゴンの時とは違う
一人で、ただ目の前の敵を倒して、どうにかなる問題ではなかった。
その選択すらも時間制限がきっとある。
ナダはリーダーとしての選択を迷ったまま、先へと進む。
氷の迷宮は次第に形を変えていく。窪み、傷、それらが当たり前になっているが、徐々に足場は整頓されて、傷が無くなっていく。いや、もしくはこれまであった全ての地面が削られた結果、綺麗な氷となっているのかも知れない。
それはまるで鏡のようであり、周りの青を素直に反射する。その上にポリアフが氷で模様を描いて行く。例えば氷の棘、例えば氷の剣、例えば氷の像など、様々な障害がナダ達の行く手を追いかける。
それらの多くは、視野が広い殿であるナダが対処していた。
時には足を止めて氷の像を破壊し、仲間達に後ろから指示を出して避けるのである。
意外にも、ポリアフという障害さえなければ冒険は、驚くほどうまい事進んでいた。
モンスターは一匹として現れず、氷の洞窟をはてしなく進むのみだ。そんな中、ナダ達を阻んだのが、――氷の壁である。
ポリアフが手を振ると、彼女の周りにある雪がふわりと飛ぶ。それが地面に触れると大きな氷の壁となって、ナダ達の行く手を阻むのだ。
その度にシィナが氷を溶かし、カテリーナの『光の剣』やナナカの『鉛の根』が作った縄の人形の拳によって、柔らかくした氷の壁を砕いて突破するのだ。
シィナの氷のギフトと水のギフトの関係を姉妹のようであり、天敵であるとも言っていた。互いに作用しあうのである。
水のギフトの持ち主は、氷を簡単に溶かすことが出来る。それはどんな氷であっても、力の消費が殆どなく形態変化が可能である。そしてその水を自身の手足のように扱えるのだ。
逆も簡単に言える。氷のギフトの持ち主は、水のギフトを簡単に凍らせることができる。つまり、動きを止める事が出来るのだ。
シィナは何度か水の玉をポリアフに放った。どれも地面の氷から精製したものであるが、ポリアフに当たる前に彼女の周りでちらついている雪によって、凍ったシャボン玉のようになって地面へと落下する。
迷宮内に存在する氷の壁の多くがナダ達を阻むためにポリアフが無造作に作ったのだが、それだけではなく元々そこに存在したものも多かった。
まるで、過去に何者かを阻んだかのようなようにそれらの壁は作られていた。だが、それらの壁には既に穴が開いていたのだが、そんな穴を『ラヴァ』のメンバーは探すことはなく、力技で、様々な壁を突破していく。
ナダはそんな壁に明らかに違和感を覚えていていた。
自然には見られないような長方形の壁であり、それらが等間隔で、さらに規則的に並んでいるのだ。破壊の穴は後からつけられたのか、その形は歪であった。
ナダが思うに、ポリアフが作る壁以外のものは、明らかにそれらの壁は人工物だったのだ。
誰が作ったのだろうか、という疑問が浮かんだ。
この道を人が通ったのは確かである。
何故なら――過去に冒険者が通ったからである。手記として残っているのはアダマスだけだが、石となった黒騎士を見るに、アダマス以外の冒険者がここに通った可能性は十二分にある。
そうだとしたら、誰が通ったのだろうか、という疑問がナダには浮かんだ。
氷の壁を作った人物だとしたら、きっと“氷のギフト使い”である。氷の力を持ったアビリティ使いという可能性もあるが、ここまで多くの壁を作るほどのアビリティ使いをナダは聞いた事がなかった。
それならば、何の為にこの壁を作ったのかがナダには分からなかった。普通のギフト使いならモンスターを閉じ込めるような真似はしない。殺せればそれでいいからだ。
だとしたら、殺すのを躊躇った相手だろうか。
冒険者が、どんな理由で殺すのを躊躇ったのだろうか、まで想像した時――ナダの頭に一つの可能性が浮かんだ。
仲間達から抜け出して、ナダは壁に作られた穴に近づいた。その穴は遠目に見ていた時には分からなかったが、鈍器などで砕いた、というよりも“溶けた”かのような穴であった。
言うなれば――シィナが溶かした氷の壁とほぼ変わらない。
「ナダっ! 急にどうしたんだっ!」
一人離れたナダに、仲間達が心配の声をかける。急に一人で行動し始めたナダを不思議に思ったのだ。
ナダはそんな言葉を受けて、仲間達の元へ戻って行った。
ナダは仲間達と共に移動しながらも、頭の中で考えを巡らす。それは一つの可能性を示唆しており、段々と確信へ向かっていく。
そして――ナダ達は“壁”に辿り着く。
先が全くない空間であり、開けたかのような氷のドームである。これまでより天井は高く、空はどこまでの広い深海のように青かった。
そこまでなら今までと変わらないのだが、氷の壁を溶かそうとシィナが手を壁に当てたところ、現れたのは――無機質な灰色の岩の壁であった。
「道が……ない……!」
焦ったように声を出すシィナ。
シィナは壁に手を当て続けて、ギフトを行使する。彼女が施すギフトに合わせて手が薄い水色に輝くと、氷が彼女の手を中心にして氷が溶けて水になり、岩肌の露出が広がっていくが、どこにも扉がなかった。
なんとこの作品は、百万文字を突破することができました!
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