第百五話 神に最も近い石Ⅴ
「……寝ていたのか?」
カテリーナだった。
彼女は横たわった状態からたおやかにゆっくりと起き上がる。まだ頭がぼやけていくようでうまく状況を飲み込めていないようだ。
「気を失っていた、という方が正しいかも知れないぞ」
そんなカテリーナへハイスはフォローするように言った。
「他の仲間達もか?」
「そうみたいだ。全然起きる気配がなくて、最初に起きたのがナダで次に起きたのは僕だな」
「本当に誰も起きないのか?」
カテリーナは隣にいたシィナの頬を人差し指で何度か突くが、依然としてシィナは寝ているようだ。もしくはハイスの言う通り気絶していると言ってもいいのかも知れない。
「起きていないみたいだな」
ナダは仲間達しかいない空間で、気楽に呟いた。
息のない仲間はいないため、いつかは起きるとナダは楽観視していた。
「……随分と寝ているんだな」
「そうみたいだ」
「二人も寝たのか?」
カテリーナが訊ねると、ナダとハイスは二人とも頷いた。
それからカテリーナは今の状況の確認を行った。迷宮としては扉の先に、足を踏み入れている。だが、モンスターに出会っていない事も含めて、ハイスから教わった。
そんな状況確認をしている内に、次の仲間が目を覚ました。
「……寒い」
と言ったのはシィナであった。
起きるなり身を一度だけ振るわせるが、着ている鎧は耐水性能のため防寒性能も高いため、凍え死ぬことはないが、顔などが寒いのだろうと思われる。
「次に起きたのはシィナか。四番目だな」
「カテリーナは何番目なの?」
「私は三番目だ。あの二人の方が早いな」
「そう……」
シィナはカテリーナと話しながら、ハイスから回復薬を受け取った。ちびちびと喉を潤しながら簡単に現状把握をする。最初は周りを警戒する場面もあったが、他の仲間達もいるので、既にリラックスしていた。
「……一つ疑問があるの。迷宮内であんな光は初めて出会った。私が知っているのは明かり代わりになる弱い光だけ。あれは何?」
シィナはナダの目を見つめながら言った。
この中で最も深い階層に定期的に潜っているであろうナダに質問をぶつけたのである。もしかしたらシィナには、ナダがあの光を知っているのかも知れない、という女の勘もあったのかもしれない。
「さあな。俺も知らない――」
当然のことながら、ナダは迷宮について詳しいわけではない。彼にもこの世界は分からないことだらけであった。
「本当なの?」
シィナは疑うように言った。
「ああ、でも、過去に出会ったことがある」
「いつなの、それは?」
「過去の冒険だ。その時に底に繋がる扉を開いた時に、同じような光を浴びた。寝ているから聞けないが、同じ光をオウロも浴びているぞ」
ナダは仲間達に過去に出会った“光”について説明した。
だが、あの時に覚えていることといえば、“四つのイメージ”を見た事だけなのだ。それは最初妄想などと思ったが、アレキサンドライトという英雄に出会った結果、過去にアダマスも見たと言う映像をナダは見たと言った。
またその映像がきっかけかどうかは分からないが、それから四つの迷宮がイメージ通りに出現したとナダは語る。
「……じゃあ、オウロ達も“それ”を見たってこと?」
「それは知らねえ。でも、今回は何の映像もなかった。ただ光があっただけ。そして意識を失った。共通点はそこだけだな」
「……やっぱりどうして意識が無くなったのかが分からない」
シィナは頭を抱えるようにして、迷宮内の不思議な現象について思い悩んでいる。
中には学者によって解き明かされるのもあるが、その大半は今も謎なままだ。特に例が少ない現象はとくにそうであった。
「……ねえ、私も起きたんだけど……」
二人の会話の途中で、今度はナナカが目を覚ました。彼女は目は開けたが、起き上がる様子はなかった。
「今度はナナカか――」
「なに、私が起きるのが遅いっているわけ? 嫌味?」
ナナカはナダの言葉に腹を立てて怒りながら座りなおした。もちろん、ハイスから回復薬とレーションを貰うのは忘れはしない。それらを小さな口でもぐもぐとリスのように食べていく。
「ちょっと私も話は聞いてたけど、このような現象は学園でも聞いた事ないわね。まあ、深層まで潜れる冒険者なんてほとんどいない、って言えばその通りなんだけど」
ナナカはもぐもぐとしながらラルヴァ学園で学んだ事を思い出していた。
そんなナナカは何個か似たような現象を口に出した。
迷宮内で発光する物は多数あるとは言え、その殆どが石や花などで、迷宮内で冒険者の視界を確保してくれる大切なものである。まるで冒険者の為に存在するそれらであるが、発光している原因は未だによく分かってはいない。
「……一つ、心当たりがあるぞ」
そんな中、目を覚ましたのがオウロであった。
彼は重たげな上半身をゆっくりと起こして、過去の知識をオウロは思い出す。
「これは大昔の話であるが、大英雄時代、俗に言うアダマスたちが存在した黄金時代では、数多くの英雄がいたのは誰もが知っているだろう? あの時代の文献が故郷にはよく残っていたんだ」
オウロの先祖である黒騎士は、アダマスのいた時代にあったとされるクランの冒険者である。その頃には一時代を築いたと、『ラヴァ』のメンバーは誰もが知っているからこそ、オウロの話に耳を傾ける。
「その中には今となっては眉唾物な文献もあったが、英雄たちの文献にはこのようなものが書かれてあった。光に出会う者、英雄に成れる、と――」
「……その光があの光だと?」
ナダが、訊ねた。
石のような心臓が、どきり、と動いたからだ。
「オレはそう考える。今までこの光に出会ったのは深層、すなわちそれに出会う者は――英雄そのものだろう?」
オウロがナダの目を真っすぐに見ている時に、『ラヴァ』メンバーの最後の一人である――ニレナが目を覚ました。
仲間達の誰もが最初は、七人の中で最も起きるのが遅いだけだと思い、最初は一番近くにいたナナカが弾むように声をかけた。
「ニレナさん、やっと起きたんですね!」
だが、ナナカの言葉にニレナは返事を返す様子はなかった。
状態を起こしたまま、『ラヴァ』のメンバーの目を順番に見ていく。未だに声は出さず、それから今度は部屋の様子を順番に確認していく。
「あれ、ニレナさん……?」
普段とは違うニレナの様子に、違和感を覚えたナナカが戸惑いを見せた。
それと同時に、ニレナの周囲の気温が下がるかのように、白い空気が生み出される。まるでそれは雪のようにちらちらと固まり、ニレナの周りに落ちていく。まるで雪の中に彼女はいるようだった。
これまでに見た事のない現象だった。
ニレナの周囲での急激な温度低下に思わず冒険者たちは立ち上がり、ニレナと距離を取る。そんな中、ナナカのみがニレナに触れようと手を伸ばした時――氷柱が地面からナナカに向かって突き出された。
「えっ――」
その様子に思わずナナカは身が動かなくなるが、それよりも前にナダがナナカを抱えて氷柱を回避する。
ニレナ、はその様子を見て、くくっ、と嗤いながら立ち上がった。
「――惜しいのう。もう少しで串刺しであったのに」
いつものニレナとは違う口調で、彼女は言った。
それと同時に彼女の周りの雪がちらはらと舞い、螺旋を描くかのように彼女の身体に沿って固まっていく。それらは確かに意志を持っており、首の下の全てを服のように形を作っていく。まるでそれはゆったりとした白いドレスのようであり、細部をレースで彩っているようであった。ボリュームのあるスカートの裾は地面に着くまで長いが、胸元は体のラインに沿うように作り始めていた。腕は肘から先が徐々に膨らむようなでであり、そこから白い氷のような手が伸びた。
一言で彼女を現すのなら、氷の乙女、であった。
まるで氷を着ているだけなのに、氷と一体化したような錯覚さえ感じてしまう。氷の下は肉体であるはずなのに、まるでそれすらも氷に変わったかのような、彼女の全てが一つの氷の結晶になったかのようだった。
そして氷になった “彼女”は冷たい声で言った。
「――死ね」
彼女の手から生み出された氷柱が、ナダ達へと射出される。
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