第百二話 神に最も近い石Ⅱ
「神……?」
シィナが首を傾げた。
カテリーナの言葉の意味がよく分かっていないようだ。
「ああ、そうだ。サファイアの青は天空の色であり、かつて神は天空にいたとされているから、サファイアなどの蒼石は神に最も近い石と呼ばれていたんだ。ならば、これらのカルヴァオンを手に入れた私たちは、空に近づいたすなわち神に近づいた、と言ってもいいのではないか、と思ったんだ――」
カテリーナは起き上がって照れた顔で言った。
柄にもない事を言った、と恥ずかしいらしい。
カテリーナが語ったのは、かつての逸話である。神がまだ人の傍にいた時代に、青は天空と同じ色とされ、特に神聖視されていた。だから十二神教においても蒼石は神が傍にいるのを感じられるとされ、教皇や聖女などが聖職者の証として身に着けていたとされる。もちろん太古のギフト使いの中にも身に着けていた者はとても多かったようだ。
「ロマンチックでいいじゃない。ちょうどこんな宝石に合う二人のギフト使いもいるし。実際にはこれはサファイアじゃなくてカルヴァオンだけど」
ナナカは二つのカルヴァオン越しに二人のギフト使いを覗き込む。
そこにはシィナとニレナであるがいた。
水のギフトと氷のギフトにそれぞれ目覚めており、どちらもイメージする色は青色である。
「サファイア……」
顎を摩りながら何か思い出したように呟いたシィナ。
「どうかしましたか、シィナさん?」
「サファイアと言えば、サピルス様が有名……。サピルス様は青いサファイアを持つことで、ギフトが格段に強くなる、と信じていたから……」
サピルス、その英雄の名は、かつてアダマスがいた時代に活躍した英雄の一人とされている。
伝承において、サピルスの伝説は曖昧だ。男であるとも、女であるともされており、性別すらはっきりしていない。またサピルスが持っているギフトも水のギフトなのか、氷のギフトなのか、伝承によって曖昧だ。あまりにも伝承に差があるため、学者によってはサピルスは二人以上いて、一種の称号だった、という説もある程なのだ。
そんなサピルスがギフトを強くするために、常に身に着けていたのが青い石であり、一説ではサファイアと言われている。そんな効果は現代においてはないとはっきりと断定されているが、今でもお守り代わりにサファイアなどの青い石を身に着けるギフト使いは多い。
「気持ちは分かりますわ。冒険者は死なない為に、様々なジンクスを大切にしますから。かく言う私も、このように持っているのです。シィナさんは持っているのですか?」
ニレナが髪をかきあげるように耳を出すと、現れたピアスには小さな石が輝いていた。それは青空を現すような水色のサファイアだった。
彼女が冒険者として稼いだお金で初めて買った装身具であり、過去にいた英雄であるサピルスに習ってお守りとして身に着けているのだ。
「……恥ずかしいけど、持っている。お揃い……だね。これはサファイアじゃなくて、アクアマリンけど……」
シィナは胸から蒼石のネックレスを取り出した。水たまりのような爽やかな青が小さく輝いている。
これは彼女がかつてルードルフからプレゼントされたものだったので、大切に今でも持っているのだ。
「えー、ギフト使いって、そんなのをつけるんだ! いいなー!」
それらを羨ましそうに見るのがナナカだった。
ギフト使いの属性は過去の冒険者と同じで、技も引き継がれることが多い。
だが、アビリティは個人特有のものであり、似たものはあっても全く同じものはない。だから過去の冒険者の装身具を真似る事はあまりなかった。
「じゃあ、ナナカも地上に戻ったら自分に合う宝石を探すのはどうだい? で、そのカルヴァオンはもうしまっていいかな?」
ハイスは両方を見比べながら、早く事を終わらすためにどちらも自分のアビリティに収納していく。
もう次の冒険は始まっているのだ。
他の仲間達に回復薬などを渡しながら感傷に浸っている暇などないと言いたげなのだ。
「ハイス、これも頼んでいいか?」
そんな時、ヒードラの頭部の方からオウロがやってきた。
手には幾つもの“首”を持っている。
「それは……?」
「かつての仲間の頭部だ。ちゃんと地上で弔いたい。他の人の頭部もあったが、腐敗しているものや損傷しているものも多かったから、せめて仲間だと分かる者だけでも持って帰りたいのだ」
「……分かった」
ハイスはそれ以上何も聞かず、オウロの持っていた首をアビリティに収納した。
「シィナさんはどうしますの?」
「私は……いい。昔の事だからあったとしても、もう原型も分からないと思うから」
ニレナの気遣いに、シィナは首を横に振った。
「ハイス、これも入れといてくれ――」
「分かったよ」
ナダも持っていた青龍偃月刀をハイスに渡す。
先に進むにあたっては当面は近頃よく使っていた陸黒龍之顎を用いる事にしたようだ。青龍偃月刀を使うと言う選択肢もあったが、ここ一か月で槍を扱う実力は落ちたと判断したようだ。
「で、準備はできたかよ?」
ナダはヒードラの死体の前で休憩、もしくは解体する仲間達に声をかける。ヒードラの素材も有用そうなのはあらかた取り終えたところであった。また先ほどまで横になって休憩していたカテリーナもいつの間にか座ることができるほどまで回復している。
誰もがナダの言葉に頷いた。
反論はなかった。
「じゃあ、行くか――」
ナダは先を見据えた。
視線の先には“異質”な場所があった。
ヒードラからそれほど遠くない場所である。
他の湖底は全て砂か岩だというのに、そこだけは人工物のようだった。緑がかった巨大な石が幾つも重なった地面だったのだ。岩と岩の接地面は湖中に入る前のマゴスと同じく、薄いナイフが通らないほど精巧に作られている。
そこは先ほどヒードラが引きずった跡により、血で赤く染まっていた。本来なら大きな建物があったのか、周りには壊れた石が散らばっている。神殿のような建物があったのだろうが、今となっては瓦礫の山だ。周りにあった筈の四つの柱も、かつてはあった磔も、全てがヒードラによって壊されて元々何があったのかはナダしか知らなかった。
ナダはかつて、ガラグゴ達に殺されそうになり、湖中の中でこの入り口を見つけた事を思い出す。
ここに来るまで見つけてからは短かったが、学園を卒業してマゴスに挑んでからは長かったと、感慨深い気持ちに浸った。
「あれが、迷宮の更なる奥地……ですか?」
ニレナが初めて見る深淵に、驚いたように言う。
本来なら神殿の中にあったのだろう。台座の上に不可解な四角い出っ張りがあった。
七人がそこに近づくと、四角い出っ張りは明らかに穴であり、下に続く道が見える。
「これが湖中の底か?」
オウロが戸惑いの表情を見せる。
どうやら彼が持っている情報でも、これより先の事については何も分かっていないらしい。
「ここに紋章がありますわ――」
ニレナが穴の付近に、古代の紋章があるのに気が付いた。
その形は既に使われていないものであり、碇の形をしていた。それはかつて海を司るとされており、過去の英雄であるサピルスがよく用いたものであった。
「この先に何が待っていたとしても、当然のように行くだろ?」
楽しそうに笑うナダが、その水に満ちた穴に真っ先に入って、泳ぐように落ちていく。
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