第百一話 神に最も近い石
周りには珊瑚が咲き乱れた湖中の寂し気な砂の地面の上に、ヒードラの巨体が横たわる。既に死んでいるので動くことはなく、体に纏わりついた海草の下から血が無限に滲み出す。透明な筈の水はヒードラを中心にして赤く濁っていた。
そんなヒードラから少し離れたニレナは、『ラヴァ』の仲間達へと忠告する。
「まだ時間はありますが、早くしないと大量の魚人が押し寄せますわよ」
彼女の顔色は既に蒼くなっており、もうこれ以上ギフトは使えないようだ。
それもその筈だ。湖の中の“ほぼ全てのモンスター”を凍らせていた。その負担はとても大きく、さらには他の仲間の戦闘のサポートまで行っていたのだ。ニレナの冒険者人生の中で最もギフトを使ったと言ってもいいのだ。
「分かっているぞ。だが、カルヴァオンの解体は大変だな――」
ヒードラの体に入っていたカテリーナは疲れた様子で体内から出て来た。右手に持っていた剣は光が纏っており、その力でヒードラを斬っていたようだった。だが、ヒードラのカルヴァオンはまだまだ大きく取り出せてはいないらしい。
カテリーナは軽く剣を振って、空中へと埃を払うかのように光を霧散させる。そして剣を鞘へとしまった。
「もう……終わり……?」
シィナはヒードラの横で三角座りをしながら、ヒードラの体内に入って行った仲間達を見守っていた。
ニレナと同じく、彼女自身ももうギフトを使うつもりはないらしい。ずっとギフトを使っていたのは同じなので、顔が土気色になっている。出来ればもうギフトを使わずに休みたいところであるが、それをすると『ラヴァ』のメンバー全てが溺死してしまうので最低限の力でギフトを行使しながら休んでいるのである。
「もう少しだ――」
「はいはい。呼んだのー? ちゃんと持ってきたわよー」
カテリーナの返事に答えるようにナナカがカテリーナと同じ出口から現れた。ナナカの手には何も持っていないが、彼女の後を追うように等身大の鉛の人形が現れた。その手には水色に輝いた特大のカルヴァオンを持っていた。だが、半球のような形をしている。まるで二つに割ったようだ。
「それがヒードラのカルヴァオンですの?」
「そうですよ! こんなに大きくて良質なカルヴァオンは初めて見ました! これまで倒した中で最も大きなものだと思います!」
「私も初めて見る大きさですが、それで“半分”なのでしょう?」
「そうですよ!」
「……この大きさは一体のモンスターとしては破格ですわね。過去に倒したドラゴンもこの半分の大きさにも満たないですわ。特に大きなエクスリダオ・ラガリオでも、半分の大きさのもう半分ほどだったかしら?」
ニレナは自分の傍に置かれた陸黒龍之顎を見ながら過去の栄光を思い出す。
それは『アギヤ』の時の話だ。
ニレナにとっての黄金時代。最も輝かしい日々。そんな中で“二体”の龍と出会い、討伐したことがあるのだが、その内の一体であるエクスリダオ・ラガリオを用いた素材を使った武器が陸黒龍之顎なのだ。もう一体がシフレ・ラガリオである。別名白角龍と呼ばれ、その鋭い角はレアオンの武器にもなっている。
どちらもニレナが今回の冒険以外でこれまでに倒したモンスターの中で、最も強いと言えるのがそんな二体の龍種だった。
だが、それらの龍のカルヴァオンと比べても、今回のカルヴァオンの大きさは勝っている。もしかしたら二つの龍のカルヴァオンを合わせても、ヒードラ一体のカルヴァオンの方が大きいとさえ思えるほどだった。
「私は詳しく知らないですけど、あの大きさのカルヴァオンの記録ってまだ破られてないみたいなんですよねー」
「そうなんですの? まあ、カルヴァオンの大きさだけは立派でしたから。質は、そこそこですけど」
ニレナはナナカの隣まで移動して、地面に置かれたカルヴァオンを観察する。
血の中ではなく、水中の中でしっかりと見た事でナナカは感嘆するような声を出した。
「本当に大きかったよ。中に入れるのも一苦労さ――」
そう言うのは、ナナカの後にヒードラから出て来たハイスであった。手には何も持っていないが、残り半分のヒードラのカルヴァオンはきっと『秘密の庭園』の中に収納されているのだろう。
「でも入ったのでしょう? それでしたら出すことも出来ますわよね?」
ニレナのお願いにハイスは「はいはい」と言ってから右手の前にアビリティを展開して、そこからヒードラのカルヴァオンを出す。
それは確かに二人の目の前にあるものの片割れであり、二つ合わせると完全な球体になった。
「こうして見てみると、一つの宝のようね」
「これだけで冒険者にとっては莫大な財産となりますわ。この量、王都の冒険者が一日で稼ぐ何倍の額になるのか、全く想像もつきませんわ――」
二人は巨大さに圧倒されていた。
そのカルヴァオンは色も相まって天空のように感じる。ハイスがアビリティに入れていたカルヴァオンには白い模様がついており、まるでそれは雲のようにも思えた。二つ合わさると、自分たちには届かない大きな空がぎゅっと一つの球体に納まったかのようである。
「戻ってきたぜ――」
二人がカルヴァオンに夢中になっている時に、遠くへ出かけていたナダが戻ってきた。
その右手には血に濡れた青龍偃月刀を持っているが、もう一方の手にはひと際醜悪なモンスター顔――ダーゴンの頭部を持っていた。さらに腰に付けたポーチは大きく膨らんでいる。
どうやら先ほどまで湖底に放置していたダーゴンの死体を剥ぎ取りに行っていたようだ。その過程で襲ってきたモンスターは全て返り討ちにしたらしい。
普通ならはぐれとの激闘の後に他のモンスターと戦う事は避けるのが常道であるが、誰ももうナダの底なしの体力には驚いたりしない。
「ナダ、ダーゴンのはどんなカルヴァオンなのよ?」
「ほらよ――」
ナダはナナカの言葉を受けると、ポーチからナダが掴めるほどの大きさのカルヴァオンを投げ渡した。
ナナカが受け取ったのは、黒に見えるほど濃い藍色のカルヴァオンだった。
カルヴァオンの価値はその質と量で決まるのだが、質はこれまで見たはぐれと比べ物にならないほどよかった。
カルヴァオンの質で最も重要なのがその輝きである。どのカルヴァオンも薄く発光しているのだが、その輝きが強いほど長く燃焼しより強く燃焼するらしく、ダーゴンのカルヴァオンは二人がこれまで見た中で最も深く輝いているものと同じように見えた。
覗いているだけで吸い込まれそうな感覚に陥る。
夜空がどこまでも遠く、自分自身さえも連れて行ってしまいそうなのと同じように。
その価値がどれほどの物になるのかは想像がつかない。
よくそのモンスターが持つ強さがそのままカルヴァオンに現わされると言うが、ダーゴンはやはり強敵だったと言えるのかも知れない。
「どっちが上か、これは比較のしようがないね――」
「まるで価値の違うサファイアを比べているかのような話ですわ。ここは湖、水の筈なのに、どうしても二つのカルヴァオンを見比べていると、晴天と夜空、二つを手にしたかのような気分になってしまいます」
「ならば、それを手に入れた私たちは神に近づいた、という事だな――」
アビリティを最も激しく使ったカテリーナは余裕がないのか、地面に横になって回復している状態で言った。
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