第九十九話 底ⅩⅩⅣ
ハイスはオウロ、ナダ、ナナカの行動をしながらどう行動すればいいか迷っていた。オウロとナダのようにヒードラの体内へ侵入することも考えたが、もうその入り口は幾つもの水の盾が防いでおり血すら流れていなかった。
出遅れた、と言ってもいい。仕方ない事だった。彼らがその場所にいた時、ハイスはヒードラの尾に近い部分で『秘密の庭園』を使っていたのだから。
だから、ナナカのようにヒードラの動きを釘付け、もしくは止める事を目的とした動きをしたらいいのかも知れないが、目の前で二つの巨大な物体の間に入る無謀さをハイスは持っていなかった。
ハイスはもう一度先ほどと同じように攻撃しようかとも思ったが、残念なことにハイスの武器のストックはもう尽きてしまった。先ほどまで使った武器を回収することも考えたが、ヒードラは攻撃された時から逃げるように泳いでいるためもう湖の彼方に落ちてしまっている。凍っていたモンスター達も既に底へと落ちてしまっているため、ハイス達の周りにはもうモンスターの影が一つもなく、海藻が漂うだけであった。
周りにはもう何もない。ハイスは何か武器になりそうなものを探すが、海藻か砂しかなかった。今から下に降りて砂を回収してアビリティを使って打ち出そうかとも思ったが、砂がヒードラに有効な攻撃になりえるとはどうにもハイスには思えなかった。海藻など打ち出しても嫌がらせにすらならない。
「もう――」
攻撃手段が、ハイスにはもうなかった。
他の仲間が戦っているのに、自分だけが水中に漂っているだけだ。ハイスは動けずにその場にいると、やがて海藻に体が触れた。どうやら全く泳いでいないとしてもこの水全体に大きな流れがあるようでそれによって全てが動いているのをハイスは感じていた。
まるで海にいる気分だった。
幼い頃、港町であるミラに訪れた時の港で足を滑らせて海に落ちて、水面に浮かびながら揺られている事を思い出す。照り付ける太陽。潮の匂い。芯まで冷やす海水。改めて振り返ると、やはりここは湖ではなく海なのではないか、とハイスは考えてしまう。
そんな溺れそうになったハイスを助けてくれたのが、水のギフト使いの男性であった。今ではもう冒険者を引退したらしいが、当時は卓越したギフトを持った冒険者の一人で本来ならギフトを使うのに適さない地上で子どもだったハイスを持ち上げて救ってくれたのである。
彼の名前は、リネロ、という。
ハイスは後に彼に憧れて冒険者を目指し、ここまで至った。彼の戦闘も当然ながら過去に調べたことがあり、シィナやニレナのように遠距離から空間を支配するようなギフトの使い方ではなく、中距離から水の刃を積極的にモンスターへと飛ばして殺すギフトの使い方が多い冒険者だったようだ。
水のギフトはサポートに優れているのだが、使い方によってはそのような攻撃方法もあるらしい。シィナはあまり使わないらしいが、水を高圧縮で放つと刃のようになってモンスターを殺せるようになるらしい。
ふと、ハイスはそんな事を思い出して、自身のアビリティについてもう一度深く考え直した。
ハイスの『秘密の庭園』は、訓練によって物を飛ばせるようになった。その力を利用して先ほどまでは武器を射出していたのだ。その力を利用すれば、“水のギフト”と似たようなことが出来るのではないか、とハイスの思考が飛躍した。
どうせハイスに与えられた役割はもうないのである。少しぐらい“遊んでみる”のもいいのではないか、とハイスは気楽に考えてしまった。
右手の前に『秘密の庭園』を生み出す。もう中身があまりないその中に、周りにある大量の水を入れる。
そして容量が満杯になった時に、アビリティを閉じた。
剣を持っていない左手を前に出す。
先ほどの武器を発射した時のように、『秘密の庭園』の容量を狭めて水の刃を打ち出した。
「ちっ、駄目か――」
だが、ハイスの水の刃は水の中だと相手まで届くことが出来ず、僅か発射してから数センチで霧散してしまった。どうやら思ったよりも水の抵抗が大きいようだった。
諦めて別の攻撃方法を探そうと思った時、ハイスの視界に大きな水の球体が浮かんだ。
シィナの仕業であった。
彼女の姿は既にハイスから粒のように小さいため、彼女の声が遠くから聞こえる。
「――手伝おうか?」
それは彼女からの提案であった。
きっと水のギフトの力でここまで声を飛ばしているのだろう。ハイスの周りの包み込む水にもシィナの掌握しているような気がするのだ。
「というと?」
「私がそこまでギフトを伸ばしてヒードラに攻撃するのは難しいけど、“お手伝い”ならできるかもしれない」
「なら手伝ってもらおうか――」
ハイスは右手を先ほどと同じようにヒードラへと右手を前に出す。先ほどとは違い、右手の周りにうっすらと温かな水が纏わりつく。まるで赤ん坊の時のような安らぎすら感じ、戦闘だということを忘れてしまうほどであった。
「ふう――」
ハイスは心が穏やかになりながらも、決してヒードラへの殺意を忘れる事はない。オウロの言葉をハイスは思い出す。
「――つまり、あいつはこれまでマゴスで死んだ冒険者の首を自分の顔として付けているんだ!」
冒険者は、モンスターを殺す職業だ。そしてモンスターに殺されたとしても文句を言えるような立場ではない。だが、同族の顔をアクセサリーのようにするモンスターには嫌悪しかなく、そんなモンスターを野放しにはできない。例え自分の仲間が運よく殺されなかったとしても。
そして、そんな感情を込めながら、ハイスは先ほどと同じ要領で水の刃を打ち出した。
シィナの水のギフトの力を得たハイスの水の刃は減速することなく、ヒードラの肌へと突き刺さってから霧散する。後に残ったのは滲み出る血のみであり、ハイスはそれを見ながら満足したように口角を上げた。
そして、加速する。
剣を鞘へとしまい、両手の前に『秘密の庭園』を出現させる。それらをヒードラへと向けて先ほどと同じように水の刃を打ち出す。そのどれもがヒードラを浅く傷つける事に成功する。ハイスはアビリティを使うたびに慣れてきたのか水の刃が段々と大きくなる。
大きくなるにつれて速さが増し、ヒードラの身体を少しずつ深く蝕む。だが、狙いが定まらないのか、ハイスの攻撃は全てがヒードラに当たるわけではない。水の刃の射出する時の反動によって手が大きくぶれて水の刃の射出方向がハイスの思い通りに行かないのだ。
またそれだけではなく、ナナカが『鉛の根』の人形を使ってヒードラと戦っている。そのせいか、ヒードラはこれまでよりも大きく動いているのである。
ハイスはそれでも両手から次々と水の刃を打ち出す。途中からヒードラの妨害がハイスへと向いた。主に水の盾である。水の刃が防がれる。それらをどう躱すか、あるいは“水の刃”で斬り裂くか、それらを考えながらもハイスは手を止めない。
そんなハイスへヒードラが行ったのは、“水の刃”での攻撃だった。“水の剣”での攻撃はハイスに届かないと判断したのだろうか。
湖中での戦場に二つの水の刃が互いに行き来する。片方は確実にヒードラを削りながら、けれどももう一つはハイスには届かない。
ハイスは“自身の水の刃”が徐々に少なくなりながらも、“ヒードラの水の刃”を氷の道で逃げ続ける。
ハイスの水の刃は勢いが弱くなり、連射数も減るがそれでも気合で発射し続ける。
次第にハイスの息は切れて、体が冷えていく。頭が冴えていくと共に限界が近づいてくる。
だが、それでも――ハイスは仲間の為に攻撃を続ける。
ヒードラ戦もあともう少しで終わる予定です!
今にして思えば、この章はやたらと長くなってしまいました! 付き合って読んで頂けている読者に感謝しています!
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