第九十八話 底ⅩⅩⅢ
さらに外ではナナカが『鉛の根』の使い方を変えようとしていた。これまでのように掴み、纏わりつくだけではなく、別の形へと。
それと共にナナカが思い出すのは、遥か昔の町の匂いである色鮮やかな香水の香りだった。
ナナカは幼き頃、パライゾ王国のインフェルノから南西にある街であるフェールトに住んでいた。そこには迷宮はなかったが、鉄道は当然のように他の都市とつながっている大きな町であり、毛織物工業が盛んな町であった。
街には工場と共に、産業から発展して作られた様々なお店があり、当然のようにブティックも溢れるように存在していた。職人が集まった街だからこそ、個人で拘りの服を売る店が多かったのである。それらを求めて様々な人が、いたるところにいた。平民はもちろんのこと、貴族や騎士も訪れる事が多い町であった。高貴な方々は色とりどりのドレスを、タキシードを見せびらかすように着ながら馬車に乗り込むのだ。彼らは服と共にバラやラベンダーなどの香水をつけていたので、幼き頃のナナカはそれらの匂いを肌で感じ取っていた。
ナナカの家は裕福とは言い難いが、貧乏でもなかった。
父は力織機を使う工場で働いており、母は服飾の小さなお店で大きな町へ売り出すための男性用の服を仕立てていた。
食べるのに困った事はないが、貴族のような裕福はなかった家だ。
そんな時、ナナカは町で他の友達と走り回って遊んでいた時、同じぐらいの貴族の少女が馬車に乗り込もうとした時に執事が抱えるように持っていた“大きな可愛らしい人形”が目に入ったのだ。もちろん、まだ小さかったナナカはそれがすぐに欲しくなって両親にねだったのだが、それはまだ町で発売されたばかりの高級品で、一つ買おうと思えば家が一軒買えるほどの値段が付く代物だったのだ。
何故ならその人形はオートマタ、と呼ばれるものだ。
まるで人のような顔を彩った人形は、ぜんまいを回すと音を内部から発し、動くのである。さながら”人”のように。貴族たちは珍しく、希少なものであるオートマタを欲しがり、巷にはオートマタ職人もいるとされている。ナナカの町には服飾の町であるがゆえに、実際に服を着せる人形の文化も発展しており、そこから音を奏でて人々を楽しませるためのオートマタも発展したのだ。
当然ながら、幼き頃のナナカにそんな高価なものを買ってもらえる事など無く、眺めるだけの日々が続いた。
大人になった今となれば、あの“可愛らしい人形”を買う事も出来るのだが、血生臭い職業についているナナカはもう可愛い人形を欲しがらずに、切れ味のいい武器を求めるようになった。
だが、あの日の焦燥は今も覚えている。
その願望が反映されたのかも知れないし、そうではないかもしれない。
しかしながら、この使い方はナナカにとって最終手段であった。あまり使ったことはない。使う機会もない。
ただ――過去に龍と戦う時に閃いたものであった。
『鉛の根』は鈍色の根を作る。それをできる限り細くし、幾つも編み込んでいる。それらを太い胴体とし、四肢を生やす。イメージはナナカが小さい頃に遊んだ人形であるが、その姿はいくつもの縄で作られた不気味な人形であった。
だが、幼い頃に一緒に遊んだそれとは違って全く可愛くなく、無機質なものであった。
当時のパーティーメンバーにはこの人形の事を不気味だと言われた。
アビリティとしては異質なものであった。
人よりも遥かに大きいものはあまり存在しない。消費が大きく、迷宮探索に向かないからだ。
だが、あえてナナカはこれを作った。
ナナカは強大な龍とこの人型で互角に渡り合った。倒せたわけではない。あくまで龍の注意を惹き、動きを止めたことだけだ。
それをナナカはこの場で使おうとしていた。
ヒードラの前に出る。多数の水の手を出してナダやオウロを捕まえようとする前に、ナナカはその人型でヒードラを殴った。
ヒードラの注目がナナカの根の人型へ向けられる。
多数の水の手は大きな水の腕となり、人型へと殴り返した。
「そのままよ――」
ナナカは人型がやられそうになっても特に悔しさとかはなく、むしろしたり顔であった。
先ほどナダには『鉛の根』を使って、ヒードラの体内へと侵入させた。その前にオウロが続いたのもナナカは目撃していた。彼らがヒードラの体内で暴れているのは予想できている。
きっと彼らは巨大なモンスターであるヒードラを体内から殺すつもりなのだ。となれば、ナナカの役割としては、そのサポートである。ヒードラを縛ることも考えたが、それには力が足りないので殴りつけるのである。ヒードラの力はそれだけで自分に向けられる。
「――っ!」
だが、この方法はナナカの力が最も削られる使い方の一つだ。『鉛の根』はその力の量と太さと長さに合わせて力を失っていく。ヒードラは体が大きく力が強いので、それを止めるのに比べれば幾分とマシであるが。
だが、ナナカは笑みを失わない。
モンスターを殺すためなら、冒険者が命を賭けるのは当然なのだから。
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