第九十五話 底ⅩⅩ
オウロのあの時の強さは、剣だけだった。黒騎士の剣だけだったのである。
だが、ヴェールがそんなオウロを変えたのだ。
パーティーに入ったオウロへの洗礼としてヴェールが行ったのは、オウロがこれまでに出会ったことのない“中層のモンスター”との戦闘であった。
そこでオウロに“初めての敗北”の苦汁を舐めさせた。自身の剣だけでは通用しない、という非情で厳しい現実を突きつけたのである。
あの時に負けたのはオウロよりも遥かに大きいただのミノタウロスとの戦いだった。大斧を持つミノタウロスを前に、オウロの鍛え抜かれた剣は力が圧倒的に足りなかった。こちらの攻撃は浅くしか刺さらないのに、ミノタウロスの蹴りはオウロの芯まで響く威力だったのだ。
そんなオウロにヴェールは諭すように言ったのだ。
「オウロ、君は強いよ。だけど、人の身では、所詮はその程度。普通より強いモンスターであるミノタウロスを前に、剣だけで立ち向かえるのはきっと同じ“化け物”だけだよ。オウロ自身は天才かも知れないが、化け物ではない」
「ならどうすれば?」
「アビリティを使えばいい。人がモンスターと戦うために、人としての“進化”がアビリティだ。どんな冒険者のアビリティも、きっと裏切ることはない。オウロだってそうだ。君のアビリティはきっと、辛抱強く使えば、その先に道は開ける――」
オウロはヴェールの言う通りにアビリティを使った。
戦闘時間自体は長かった。現代の冒険ではない。だが、オウロがアビリティを使って戦い続ける度にミノタウロスの動きは緩慢となり、やがてその首が簡単に斬れるようになったのである。
そして戦闘が終わった後にヴェールは満足気に言う。
「――オウロ、君のアビリティは冒険に早さを望むだけの時なら使い物にならないのかもしれない。でもね、例えばこの“ミノタウロス”のように勝てない相手を倒さなければならない時なら、このように役立つ。どうせ強いモンスターは一撃で倒す事など出来ないからね」
それからのオウロはでアビリティを率先して使うようになった。意識の違いで、戦い方が大きく変わったのだ。剣技だけを当てにして切り込み隊長でモンスターを殺して行くのではなく、パーティーの一員としてモンスターに小さな傷をつけていく手数を重視したのだ。パーティーに強力なアビリティを持つ者が二人いたため、彼らにとどめ、もしくは最初の一撃を任せていた。
オウロの毒は使うごとに様々な発展を遂げた。まず一つは毒の種類が増えたことだ。麻痺毒、神経毒、出血毒、また毒も殺すだけではなく、動きを止める毒、ダメージを増やす毒、幻覚を見せる毒などだ。例えばモンスターハウスに出くわした時に幻覚毒を使ってモンスターにモンスターを襲わせることもオウロの毒ならできた。そしてそれらの毒性も使うたびに強くなり、最初は一つだけだった毒が様々なものを調合できるようになったのだ。
アビリティの“進化”というものはオウロにはなかった。
目覚めた時のあの時のように、自分の中で感覚が変わる、ということはヴェールのパーティーから卒業し、『デウザ・デモ・アウラル』に所属してもなお一度もなかった。
まるで全ての技能が最初からアビリティに備わっていたかのように、使うごとに自分への理解が増し、書物などで知識をつける毎に毒の種類が増えていくという成長は剣だけを頑張っていた幼少期にはない快楽だった。一つ一つ出来る事を確かめて、その成長が見て分かるのだ。
まるで自分の才能が次々と開かれるように。
他の冒険者もこのように、アビリティは使うごとに新たな扉が開かれるのだろうか、と聞いた事があったが、どうやらオウロのアビリティが“特殊”みたいであった。
普通のアビリティは、火力が少しずつ上がることが多いようだ。
まるで筋トレをするかのように、これまで蟻のようなスピードだったのが、徐々に、徐々に、ハヤブサのように変わっていくのである。
オウロは特殊だったのか、一つの毒が強くなるだけではなく、その種類すらも自分で変えられるようになっていった。
その中でオウロが知った事は、『蛮族の毒』とは、雑魚相手に活躍するアビリティではなく、大物相手に真価を発揮するアビリティだった。小物相手だとアビリティが効く前に倒してしまうので、倒すのに時間がかかる大物を確実に殺せるもしくは弱体化させるのがオウロのアビリティの使い方だろう、と今にしては思う。
アビリティによってオウロをスカウトしたコロアもそれを狙っていたに違いない。
後にコロアは言っていた。
「このパーティーは強いが、次の一歩を開けたのはオウロのアビリティのおかげだ。あの毒のおかげで、はぐれにも挑戦で出来るようになった」
あまりこんな事はオウロとしては言いたくはなかったが、スカウトされて所属した時の『デウザ・デモ・アウラル』は小さく纏まったパーティーであった。パーティーのメンバーは誰もが間違いなく優秀だった。リーダーのコロアは当然ながら学園でも五指に入る実力を持っており、他の者たちも当時のオウロ以上に優秀な冒険者ばかりであった。
だが――現代に適し過ぎたパーティーだったと思う。モンスターを素早く、多く倒すことに向いているパーティーであり、はぐれと戦うには決定打に欠けるパーティーであった。
だから今のパーティーを活かしたままではぐれを倒す存在として探した時に、オウロが最も適していたのだろう、と思うのだ。
だから限界までアビリティを使う時に思い出すのは、『デウザ・デモ・アウラル』で使った時でもただのはぐれを倒した時ではなくヴェールと共に“巨大な猪”を必死になって倒した時だった。他の仲間達では大した傷をつけられない敵に、オウロが毒によって弱らしたことで勝てるようになったのである。
あの時、オウロは自分のアビリティの“本当の使い方”を知った。
はぐれを削り、蝕む毒こそが、自分のアビリティの姿なのだと。その為には焦ってはいけない。急いではいけない。
そう思いながらオウロは地道に毒をヒードラへと流していく。
そして――その時が来た。
ヒードラの動きが一瞬だけ痺れたように動きが止まる。時間が経って、一般的なはぐれであれば、もう十体程にもなる量をヒードラは平らげて
その時を待っていたオウロは大きく叫んだ。
「今だっ!」
書きたいことが多すぎて困る。
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