第八十九話 底XⅣ
オウロはナダが現れた事によって、すぐに先ほどまでダーゴンと戦っていたであろう場所を覗いた。
そこにはダーゴンの胴体と共に、ダーゴンの首が水中で赤い花を散らしながら漂っていた。
――勝ったのだ。
と、オウロは結論づいた。
あのダーゴンに、『ラヴァ』のメンバー全員で挑んでも討伐することが出来なかったはぐれに、たったの二人で討伐したのだと。
多数の変化はあったのだろう、とオウロは察した。
そもそもシィナはナダと二人で戦っている当初では、ダーゴンだけに集中していたわけではない。『ラヴァ』全てのメンバーのサポートをしながら、ダーゴン、ヒードラの両者に気を使っていた。それがダーゴンに集中できた。きっと、これまでよりも、ダーゴンをギフトで翻弄していたのだろうとオウロは予想する。
そして、ナダの変化もダーゴンを討伐する一つの要素だとオウロは結論づいた。
ナダは、急に強くなることはない。それはオウロがよく分かっている。ナダには、アビリティも無ければ、ギフトも無いので、己の手だけでモンスターを狩らなければならない。覚醒はない。新しい武技もない。多少の創意工夫で強さが変わることはあるだろうが、勝てない敵に大きく有利になることは一つとしてない。
だが、そんなナダにも変化があるとすれば、“外部”だろう。その中の一つがシィナのギフトであり、きっと彼女のギフトは大きく覚醒した。オウロが受ける水のギフトから以前よりも力強さを感じるからだ。
その結果が、ヒードラの水のカーテンの突破でもあるとオウロは仮定した。他にもあったのかも知れないが、ダーゴンとの戦いに何があったのか今のオウロに知るすべはない。
そしてもう一つの変化が、“武器”だ。
いつの間にかナダの代名詞とも言える青龍偃月刀が、彼の手に戻っていた。オウロ自身も学園時代に幾度となく見たナダの武器だ。ナダが青龍偃月刀を用いた時の攻撃力は、アビリティがある並みの学生の一撃と比べても強かったと言う記憶がある。
そんな青龍偃月刀をナダは迷宮内で失くした、と以前に聞いたことはあるが、きっとそれをこの戦いの中で見つけたのだろう、とオウロは予測した。
そこまでは、いい。
だが、まさか、大剣と大槍を二つとも用いるという戦闘スタイルで、ダーゴンを倒すとは思っていなかった。
巨大武器の二刀流はオウロが見た事がなく話だけに聞く戦い方だ。
数百年前の過去の文献において、武具の重量を操作するアビリティを持つ冒険者がいた。その者は小さな体躯に大きな盾と大きな槍を持った冒険者で、二つを自由に操って英雄と呼ばれたと言う。それぐらい前に遡らなければ、ナダのように戦う者はいないのである。
それにナダはアビリティがないのだから、両腕で重量武器を振るわなければならない。だが、ナダの持つ筋力だけではきっと鈍重な動きしか出来ない筈だ。
それなのにヒードラの周りで駆け巡る彼の動きは軽く、素早い。アビリティは覚醒していない筈。それなのに文献だけの姿な筈の過去の英雄の姿と、ナダの現在が重なって見えてしまう。
ナダはたった一人でヒードラの周りを走り回る。時にはニレナの氷の橋に足を付ける事もあったが、水中を蹴りながらヒードラの周りを斬りつけながら常に止まることはなかった。
水中にいる筈なのに、ナダは自由だった。
その動きは、ヒードラにすら掴みきれない。全方位の水圧なら出力が足りず、ナダの動きを止めるには力が足りなかった。
ヒードラは次に水を手の形にした。自身から伸びる無数の手に。それはナダを狙うが、水中を自由に動き回るナダは掴みきれない。だが、ヒードラに近づくことも出来なくなったナダはヒードラと一定の距離を保ちながら“底”へと誘い込む。底には砂の上に多数の石の柱が立っていた。ナダはそこへ隠れこんだ。
ヒードラはその柱を破壊するように手を伸ばす。きっとそれらの手は、掴まれたら普通の冒険者なら潰されて終わるほどの威力はあるだろう。現にナダがいた場所にあった石の柱は握りつぶされて荒い砂の塊になっている。
砂ぼこりが舞う。ナダの姿が隠れた。だが、ヒードラの攻撃は止まる気配がない。水の形を“手”に“武器”を。剣や槌、槍など様々な形へと変えた武器を、それぞれの手が持つ。どれもが巨大であり、ナダの武器よりも遥かに大きい。まるで人が住む家のようだった。
そんな水の武器をナダがいたであろう石の柱の場所へ、ヒードラは無数に落とし始めた。
水が乱れ、その波が既にヒードラから離れているオウロ達の身まで感じる。
普通の冒険者ならあの攻撃で細切れだろう。オウロであっても、耐えきれるかどうかは分からない。それほどの猛攻。冒険者の軍団であっても、有象無象の連中なら一撃で崩壊しているだろう。
「だが――」
ナダはあの中にいない、とオウロはすぐに想像できた。
ナダはヒードラの背後から現れる。下から上へ、大きく飛んだ。そのまま空中を蹴って直角に軌道を変える。上から横へ。ヒードラへと真っすぐ。ヒードラもそんなナダに気付いた。
ヒードラが無数の手に生み出すのは、無数の盾。一つ一つが人ほどの大きさを誇る盾を生み出す。それでナダを阻むかのように自身を守った。
ナダの前に“砦”が現れる。
ヒードラの姿は“城”に近いとでも言えばいいだろうか。
だが、ナダの目にはヒードラの本体しか見えていない。
最初の盾は左手の陸黒龍之顎で斬り裂いた。次の盾は青龍偃月刀で払いのける。そんなナダの前にはまだ何十もの盾が用意されていた。ナダはそれらを自身の力で突破することも出来たのかも知れないが、三つ目の盾を切り替えす青龍偃月刀で斬り破りながらニレナとシィナに目をやった。
シィナが戦線に復帰したことでギフトを使わず休んでいたニレナと、先ほどまでダーゴンと死闘を繰り広げて連続となる戦場に引きずり込まれたシィナへと、ナダは期待するような目だった。
「氷よ――」
ニレナはそんなナダの視線に答えるように、ヒードラの手と武器を凍らせる。だが、全てを凍らせることなどしない。そんなのはギフトの無駄だからだ。ヒードラの動きを一瞬だけ止めれば、ナダには十分だろうとニレナは手と武器をところどころ凍らせる。
ヒードラの時が一瞬だけ止まった。
「水、よ――」
シィナもナダの目に反応するように、水流を作る。ナダの身体を運ぶウォータースライダーのように、時が止まったヒードラの盾と腕を掻い潜るように。ナダはその流れに逆らう事はなく、自身の足でも書けるように加速しながらヒードラの目の前へ辿り着いた。
ヒードラがナダを噛み殺そうとするが、その動きは酷く遅かった。ナダは側面へと回りこんで二つの武器を横に固定して移動しながら斬った。
ヒードラの側面が大きく斬り裂かれ、赤い血が水中に滲む。
ヒードラの多数の声が混じった不気味な叫び声が底に響き渡る。
氷の呪縛から離れたヒードラの剣たちが、ナダのいる場所を串刺しにしようと上から下から突き出るので、ナダはその場からすぐに避難した。
ヒードラの周りは水流が複雑に乱れる。それらにいた害虫を排除するかのように刃物のローラーが生み出され、八つ裂きにしている。それは海中に漂っている海草も、氷漬けにされているモンスターも関係がなかった。ヒードラは泳ぐだけで周りの物を粉砕する生物兵器のようになっていた。
それを遠くで眺めていたナダは青龍偃月刀を右肩に担ぐように持ち、陸黒龍之顎をぶら下げるように持ちながら近くにいた四人のメンバーへ声をかける。
「そろそろ休憩は十分か?」
ナダの目は、ヒードラから外しはしない。
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