第八十七話 底Ⅻ
『ラヴァ』のメンバーたちとヒードラとの戦いは苛烈を極めていた。
何故なら、ヒードラを中心として水は激しく荒れている。
まずは渦だ。人など簡単に飲み込むほどの大きな渦である。
ヒードラの生み出した無数のそれらの渦が水中に漂い、時には氷漬けにされているモンスターを巻き込んでいく。当然のように冒険者の身にも襲い掛かるが、『ラヴァ』の全員が避けているため今のところは障害物と等しかった。
だが、渦に巻き込まれたモンスターはその場から消えるため、もしも巻き込まれたらどうなるかは分からなかった。きっと悲惨な目に会う事だけが、『ラヴァ』のメンバーに理解できる。
それらに引っかからないよう冒険者は注意しているが、どれだけ避けようとしてもヒードラの生み出した“水流”に当然のように引っかかった。
ヒードラはいつの間にか自身への刃を阻むように、湖中の中に無数の水流を発生させていた。それは一度引っかかればどこに移動するのかは誰にも分からず、移動先がヒードラの発生させた渦へ吸い込まれるわけでもないため、きっとヒードラにすら分からないのだろう、と冒険者たちは結論付けていた。
それらの水流を冒険者は避けようとするが、ヒードラの周り全てに発生しているため避けては通れない。ハイスやカテリーナが無理やり突破しようとしても、水流の力は大きく全身が流されるだけで突破することは不可能だった。
水流に流されるオウロも他の仲間と同じくそんな水流に抗おうとするが、どれだけシィナの作った水の壁を蹴ろうとしても、壁ごと流される。オウロがどれだけ熱を体に込めたとしても、ヒードラの生み出す水流にはなす術がなかった。
そんな中ナナカだけが、『鉛の根』で無理やり水流を突破しようとする。自分の身体とヒードラを同じ根で掴み、縮めるように先へと押すのだ。ナナカはそんな強引な方法で突破し、ヒードラへ剣を振るおうとするが、ヒードラはさっと身を翻した。それだけで水流の方向は大きく変わり、またナナカへこれ以上ない水圧がヒードラから発せられ、ナナカは飛ばされてしまう。
その間に、四人の状況は先ほどまでと大きく変わっていた。
先ほどまで四人の足場はシィナが作り出す“水の壁”から、ニレナの作り出す氷の壁に変わっていた。その事に四人は最初に驚きつつも、すぐに順応した。これまでと戦えるようなら問題はないと、全員が判断したのだ。
それには、『ラヴァ』で活動するに当たってのナダの言葉が四人の指針になっていた。
「もしも戦い始めたら、個人の判断に任せる。それがパーティーにとっての利益と思うのなら、例えその行動によって不利益が生じても冒険が終わった後に追及することはない――」
ナダの言葉は、仲間に対する信頼からだった。
初心者だらけのパーティーならいざ知れず、『ラヴァ』のメンバーは全員がベテランと言っていいだろう。全ての者が八年を超える期間冒険者をしており、十年を超える冒険者も多い。
そんな長い期間冒険者をしているのに、仲間たちは誰一人として四肢を欠損しておらず、長い間休養した者もいない。ラルヴァ学園の卒業生が多いのも熟練の冒険者が多い証であった。
「お前らは全員が優秀な冒険者だろう? 俺はそう信じて仲間にした。こういうのを言うのは気恥ずかしいが、俺以外の誰もがリーダーをしても問題のないパーティーだと思っている。リーダー経験がない者も含めて」
ナダは信頼しているメンバーだけを『ラヴァ』に集めた。
その事は他の仲間も感じ取っていた。
特にリーダーとして、マゴスに挑むパーティーとして『へスピラサオン』を作ったオウロは、『ラヴァ』のメンバーには奇跡的なものを感じている。
オウロが思うに『ラヴァ』と『へスピラサオン』のコンセプトは変わらない。マゴスの底という得体の知れない領域を攻略するにあたり、パーティーメンバーを新しく集めた上で最大限の人数を選び、どんな状況にも対応できるメンバーを集めたのだ。
ギフト使いは二人で、収容系アビリティを持つ冒険者が一人、それに様々な戦闘用のアビリティを組み合わせて攻略に挑むのだ。リーダーとしての感覚で言えば、大きな違いはなかった。
ナダとオウロで違う点は、選んだパーティーメンバーだろう、とオウロは思うのだ。
『ラヴァ』で集めたメンバーは、優秀でまだ伸びしろがある水のギフト使い、迷宮自体に相性がよく希代の氷のギフト使い、彼女たちはナダの縁によって集まった。シィナに関してはナダが口説き落としたのであるが、ニレナに関してはナダの過去の縁である。
オウロもニレナの事はよく知っている。コロアのパーティーで、『アギヤ』と競い合っていた時から、彼女は実力のあるギフト使いで他とは一線を画していた。真正面からオウロの最も尊敬するギフト使いであるコロアと競い合ったとしても、そう実力に大きな差はなかった。二人のギフトはコロナが雷でニレナが氷の違いはあれど、単純なギフトの種類と力なら互角なのは間違いない、と言えるほどの実力だった。
ギフト使いとしての実力は全ての冒険者と比べても最上位、そんな彼女とパーティーを組めること自体が、ナダの運と言えるのかも知れない、とオウロは考えていた。
それだけではない。
ナナカも、優秀な冒険者だ。彼女の事も学園時代から知っている。ナナカが『アギヤ』に入り競い合ってから、アギヤが無くなって新しいパーティーで活躍する彼女と自分が作るパーティーで競い合っていた時までオウロはよく知っている。特に彼女のパーティーリーダーとして優秀な点はアビリティや剣技だけではない所も、オウロは急躍進してきた彼女の姿を見たからこそ、よく分かっていた。
本来なら一流のパーティーを作れる彼女を“ただ”のパーティーメンバーとして引き込めたのも、ナダの運なのだろうか、とオウロは考えていたが答えは出なかった。
それ以外でオウロが注目する人材は、カテリーナだった。
彼女にリーダーとしての特性はない。アビリティにも剣の攻撃を上げる能力と他の冒険者と比べても大きな特徴がないため、フリーの冒険者でうだつの上がらない日々を送っていたのにも納得できた。
だが、その一点突破力だけは、一番槍としての資質だけを見るなら、きっと冒険者でも最上級なのだろう、とオウロは思った。彼女ほど一撃に秀でた冒険者は珍しい。状況さえ噛み合えば、格上食いも出来るのかも知れない能力だ。一見すると凡百の冒険者である彼女を見出したナダのリーダーとしての目は、オウロにはないものだった。
オウロは思う。
『へスピラサオン』と『ラヴァ』の何が違ったのか、と。
パーティーのコンセプトは同じ、パーティーメンバーの数、選んだギフト使いの属性、どんなアビリティを基準に選んだか、そう大差はなかったはずなのだ。
おそらく違いは数多く上げられるが、一つ優先してあげるとすれば、“未来性”だとオウロは思った。
ナダの選んだ冒険者は誰もが実力者であるが、まだまだ冒険者としては全員が若い。成長の余地がある。現にナダが『ラヴァ』を結成してから、ナダの言った中層までのソロでの突破をこなしてから誰もが冒険者として一皮むけたのである。
オウロ自身も、あの時より格段と強くなった。中層、下層、さらにはぐれを個人で倒した事により冒険者として大きく成長できたのである。
他の仲間達も誰もがこの短時間で強くなっている。
それに比べて『へスピラサオン』は、と考えると、誰もが実力のある冒険者だったが、これからも伸びるかどうかを考えると疑問だったとオウロは思っている。
ピークは当に過ぎた冒険者ばかりであった。
だからこそいぶし銀の活躍が出来るのだが、未知に挑戦するには“未来”がなかった、と言えるかもしれない。
逆に言えば『ラヴァ』のメンバーはまだ伸びる可能性がある。
もしかしたら将来性も考慮してナダはパーティーを育てるつもりで、パーティーメンバーを集めたのかと思うと流石としか言えない、とオウロは思った。
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