第八十六話 シィナⅧ
復讐を果たして爽快な気分とは言い難いが、胸がすく思いだった。『アルデバラン』が潰された時に出来た胸のしこりが解消されたと言ってもいいだろう。
シィナは両手を神に祈るように固く合わせて、少しだけの時であるが戦場で目を瞑った。
「勝ったよ」
それはかつての仲間に言った言葉だった。
彼らへの贐である。
彼らはこの結果に喜んでいるだろうか、それとも自分がまだ過去に縛られていたことに悲しんでいるだろうか。
シィナには分からない。
死者と会話する方法なんてないのだから。
過去の記憶から彼らの言動を予想してみようとするが、やはりこの状況に見合った言葉は出てこなかった。
こんな事になるなんて、当時は想像すらしていなかったのだ。
だが、もしもだが、彼らが死んだ時から、今日この日までをずっと見守っていてくれていたとして、どん底の状態から立ち直り、過去をふりきるために今日の冒険を選んだとして、やっとの思いでダーゴンを討伐できたことを知ったら、きっと彼らなら褒めてくれるだろう、とシィナは信じている。
どんな方法であれ、当初の目標は達したのだから。
もしもシィナが逆の立場だとしたら、もう亡くなっていて仲間がダーゴンを倒すのを死んで見守っている立場だとしたら、きっとその仲間に対しては賞賛の言葉を送ると思う。
頑張ったね、と。
それは辛い過去を乗り越えて復讐を成し遂げた事もそうであるが、冒険者として一度負けた強大な敵にもう一度立ち上がり勝つという事は並大抵の事ではないと知っているからだ。
シィナは『アルデバラン』以前のパーティーを思い出し、かつては仲間だった人たちの事を思う。
彼らの多くが冒険者を今も続けているわけではない。
冒険者を辞めてしまった者も数多くいる。
モンスターと戦う事に疲れてしまった人、パーティーに馴染めなかった者、別の道が見つかった者、だが、それ以外に最も多い冒険者を辞めた理由が、モンスターが恐ろしくなり立ち向かえなくなった者である。
モンスターを相手に凄惨な記憶を持った者は大半が二度と立ち上がれない。恐怖を抱えて、まるでそれが病のように二度と戦いに行くことが出来ないのである。そんな冒険者特有の病をシィナは過去に数多く見てきた。
そんな病を乗り越えたのだ。
何人も見てきたからこそ、シィナはそう言った人を凄いと思っている。
だから、きっと今の乗り越えた自分も褒めてくれると思ったのだ。
シィナの『アルデバラン』としての冒険はひとまず、ここで終わるのだろうと思う。
きっと『ラヴァ』としての冒険が終わった後は、新しい自分の冒険が始まるのだ。それは冒険者の道かも知れないし、もしくは引退の花道なのかもしれない。
シィナは理想を考える。
自分にとってのここまでの花道を。
あの時、ダーゴンとさえ出会わなければ、このようにマゴスへの“底”へ潜るのは『アルデバラン』かも知れなかったのだ。
本当に潜れているかどうかはシィナには分からない。もしかしたらルードルフ以外のメンバーは力不足だったも知れない。だが、ルードルフだけは『ラヴァ』のメンバーにも輝きは負けていないと思っている。彼が成長すれば、今の『ラヴァ』のメンバーと同じような活躍ができた冒険者だと。
だが、あの時ではきっと無理だ。
シィナは思う。
冒険者の中でも、シィナが見た冒険者の中で最も強いナダと比べて、明らかにルードルフは力不足だったと思うのだ。
あの時のルードルフでは、きっとダーゴンに勝つのはおろか、一人でガラグゴに勝つのすら厳しいだろうと。
彼には申し訳ないが、そこまでの力はない。きっとオウロにさえ、当時のルードルフであったら勝てないだろうと思うのだ。冒険者としてのシィナの目はとても厳しかった。
もしかしたら、ナダの強さにはルードルフでさえ、一生届かないと知れないとシィナは思ってしまう。
ガラグゴを倒すだけなら、ルードルフでもいつか届くだろう。それほどの実力はあった。
だが、ナダと共に戦って分かったのだ。
ダーゴンとたったの二人で倒して分かったのだ。
ナダは、遥かに強かった。
そもそもシィナがナダに尽力する前の片手間の状況で、ダーゴンと一対一で戦って生き残るのが奇跡なのだ。並みの冒険者であればあの時点で死んでいる。逆転など見る目もなく、希望すらもない。
だが、ナダはシィナの力がまだ他の仲間にも注いでいる状態で、青龍偃月刀を見つけて、一矢報いる未来を描いたのだ。もしもあのままダーゴンがナダから離れてヒードラと合流すると言う選択を得ずに戦っていたら、シィナにも結果がどうなっていたかは分からない。
もしかしたら、ナダがあのままの状態でダーゴンを殺していたと言う結果があったのかも知れないのだ。
それがナダの実力なのだ。
他の冒険者ならあのような“もしも”はない。最初の武器で負けていた時点で、いつかは負ける。
結果的にシィナはニレナのおかげでナダに全てのギフトを注ぐことが出来て、その結果、ダーゴンに勝った。
だが、それに関してもやはりナダの実力が大きいのだとシィナは思った。
普通ならナダの役割はもっと大人数で担うものだ。決して一人で行う者ではない。ダーゴンはその程度のモンスターのレベルではないのだ。はぐれでも、きっと最上級の強さである。
自分のギフトがあったとしても、それもこの戦いで覚醒したギフトがあったとしても、普通の冒険者ならダーゴンに勝てない。
やはりそう考えるとナダは凄いのだろう、とシィナは思った。
かつてルードルフには英雄の片鱗があった。
だが、ナダは違う。
ナダには、既に出会った時点で既に英雄の輝きがあった。そもそもガラグゴを楽に倒すような冒険者は、王都にさえいないのだ。過去にあった英雄の話でしか聞いた事がなかった。
ああ、シィナは思う。
もしかしたら、ナダと出会えたことが本当の幸運だったのかも知れないと。
ダーゴンとの戦いにおいて、自分が成長できたのももしかしたらナダの輝きに引っ張られた結果なのかもしれないのだ。
そう思うと、自分は彼に感謝しなくてはいけないかもしれない。
冒険者としてのレベルが彼との冒険によって、引き上げられているかもしれない、と。
だが、今だけは少しの間だけは、ギフト使いではなく、只の一人の人間として、仲間達への祈りに時間を使っていた。あの日に送れなかった言葉を、彼らに送りたかった。
この数瞬が過ぎれば、自分は『アルデバラン』の一員ではなく、『ラヴァ』の一員として、次の戦いに赴かなければならない。
それを避けるつもりも、逃げるつもりもない。
ダーゴンを倒した事で、『アルデバラン』という重荷から解放されたことで、より自由にギフトを使えるかもしれないからだ。
長かったかもしれませんが、とりあえずシィナの視点はこれで終わりです!
次の話からはヒードラとの戦いになります。
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