第八十話 シィナⅥ
昨日はXや感想欄にて、受賞に関して沢山のお祝いのコメントありがとうございました!
どれも読んでいます!
とても嬉しかったです。
そのお返しとしては些細かも知れませんが、久しぶりの二日続けての更新となります。
皆様へのクリスマスプレゼントになれば幸いです!
メリークリスマス!
ダーゴンをいつか殺す、それしかなかったシィナにパーティー加入の誘いがあったのは、ナダが初めてではなかった。
それまでにも多くの冒険者が彼女を誘っていた。
だが、その全てを断っていた。
マゴスの中層にやっと入ったばかりのパーティーなどに興味はない。ガラグゴをやっと倒せるようなパーティーなどに入っても、自身の普及が果たせない事は分かっている。だからと言って、曰く付きの自分に声をかけるトップパーティーはいない。
――そう、彼らが来るまでは。
「で、俺はダーゴンの事が知りたい――」
ナダ、だった。
あの時、シィナはナダを拒絶した。
理由は分かっている。最近はダーゴンの情報がなかったからだ。訓練も祈りも続けていたが、悪夢を見る回数は減り、ダーゴンや仲間を乗り越えて新しい道に進むのもいいのではないか、と思い始めた時だった。
時が彼女の心を癒したのだ。いや、癒すと言うよりは風化させた方が正しいのかも知れない。
不意にあの時を思い出し、動揺してしまった。
ダーゴンに出会ったと言う彼の情報が喉から手が出るほど欲しくなった。
ナダが去った後、シィナはすぐにナダの事を調べた。
聞いた事がある冒険者だったからだ。
ソロで活動し、いつも無傷で帰ってくる冒険者。カルヴァオンの獲得量はトップ層には及ばないが、個人に限定するとトップパーティーのカルヴァオンの獲得量を人数分で割れば二人分ほどの稼ぎがある。
いうなれば、彼は一人でトップ層の冒険者二人分の価値があると言う冒険者だった。
迷宮内で彼を見た冒険者は口々に言っている。
――あの強さは、規格外だと。
アビリティも、ギフトも持っていないが、強さだけはトップクラスの冒険者だと。
シィナはあの自信満々の巨体を思い返すと、彼ならばダーゴンに勝てるのではないか、と考えてしまった。
依頼しようかとも考えてしまった。他の都市のパーティーを頼むにはお金が足りないけど、オケアヌス時代の貯金を全て費やせば討伐依頼を受けてくれて、ナダにダーゴンの情報も渡せば勝てるのではないか、という妄想に縛られてしまう。
彼に託しても大丈夫なのか、それとも彼は自分が望む“英雄”ではないため託さない方がいいのか、そんな葛藤の後にシィナは、もう一度ナダに会いに行った。
ダーゴンの情報が欲しいという口実と共に。
結果として、ナダの口車に乗せられて『ラヴァ』に入ることとなった。もしかしたら出会った当初から心のどこかで彼のパーティーに入っていい、と思っていたのかも知れない。
シィナは思い出す。
ナダのあの時の姿を。ダーゴンの情報を欲しいと思ったナダの姿を。
その姿は、かつて自分が最も尊敬する冒険者だったルードルフにどこか似ているように思った。特に迷宮攻略を主としていたナダの姿は、炭鉱夫ではなく冒険者としてシィナには色鮮やかに見えた。
ルードルフ以来、初めて憧れた冒険者と言っていい。
そんな彼と迷宮に潜ることになったが、第一印象は――強かった。ただただ、強かった。
◆◆◆
ナダが武器しか扱わないのは知っている。
だが、はぐれを一人で簡単に倒すほど強いとは思わなかった。
この力があれば、ダーゴンに勝てるのではないか、という期待はあったがそれ以上に冒険が久々なシィナにとっては『ラヴァ』に着いて行くのがやっとだった。
シィナが思うに、メンバーにはエリートしかいなかった。
ナダ、ナナカ、ニレナは有名なパーティー出身の冒険者であり、特にニレナは学園卒業後もよく活躍している。ハイスは王都で活躍していたパーティーで、オウロは学園時代にはトップになったこともあるパーティーのリーダーだ。カテリーナが一番の無名であるが、彼女の実力はベテランの域であり、経験だけならパーティーの中で最も上だ。
そんなラヴァの中で、シィナが最も意識したのはニレナだった。
これまでシィナが所属していたパーティーは、ギフト使いが自分だけのパーティーであったが、このパーティーはギフト使いが二人であり、ニレナのことは嫌でも気にかかる。
彼女の事を一言で表すなら、“天才”だろう。
聞けばニレナは一度として、誰かに師事したことはないと言う。自らの才能と工夫のみであの強さになった。シィナから見ればギフトの使い方はところどころで“あら”が多いが、自分がダーゴンに出会う事で気づいた“空間の掌握”はシィナが使っている『氷の世界』が自分の目標そのものだった。
あそこまでの自由と出力を自分も扱えたらどれだけダーゴンの殺す武器になるだろうか、と羨ましかった。彼女に空間の扱い方のコツまで聞いたほどだ。
そんな中でニレナとの訓練は想像以上にシィナにとって刺激的だった。
連続攻撃、波状攻撃、お互いのギフトの掛け合わせなど、様々なギフトの扱い方をお互いに探る。
水と氷、ギフトの種類に違いはあるが、似たギフトであり、同じ空間内ならお互いに作用しあう。時に競争もし、ニレナに引っ張られる形でシィナはよりギフトの研鑽を積むことができた。
ブランクがあったとはいえ、現在のシィナ実力はシィナの思う中では最も上である。
シィナにとって、『ラヴァ』の冒険は楽しかった。
恋愛や利害関係が全く含まない、ただ迷宮の底を目指すと言うシンプルなパーティーは、とても居やすかった。
『オケアヌス』の時はルードルフの力になるという意識が強かったが、『ラヴァ』はシビアな冒険だったが幼い頃に目指した冒険者の姿が、絵本で見た英雄譚がそこにはあった。
だが、どれだけこの冒険に満足しても、『ラヴァ』というパーティーに馴染んでも、シィナはダーゴンへの復讐を――忘れはしない。
あの日のことは一日たりとて忘れる事はなかった。
ナダ達の事は尊敬している。ルードルフの他に冒険者として、素直に目指すべき目標達だ。いや、実力が経験、また精神性を鑑みれば、ルードルフよりも冒険者として彼らの方が敬意に値する。
だが、ルードルフは、彼だけは違うのだ。
『ラヴァ』に所属してよく分かった。こんなに素晴らしいパーティーになのに『アルデバラン』に勝てない。それは他でもない。ルードルフがいないからだった。彼がいないから、冒険としては楽しくても、女として胸が高まることがなかった。
今になって自覚した。
はっきりと言える。
自分は――ルードルフが好きだと。
シィナはルードルフに恋をしていた。彼のひたむきな姿に心を奪われたのだ。それに気づいた時、シィナは絶望した。
何故なら彼は――もういない。
死んでしまった。
やっと気づいたのに、人生での恋をはっきりと自覚したのに、もうこの気持ちを伝える相手はない。
今に思えば、彼にあんなにも素直に気持ちを伝えられていたアリーシャが羨ましくなった。もしもこの気持ちを自覚した上なら、もっと正々堂々とアリーシャと彼を奪い合えたのかと思うと、その未来も恋しくなった。
だが、アリーシャもいない。
彼女も死んでしまった。
友人が死んでしまった。
ああ、だから憎いのだと、ダーゴンを殺してやりたいのだと気づいた。自分が愛した仲間達へのはなむけに、花などでは足りなく、彼らを殺したモンスターの首を求めているのだと理解した。
『ラヴァ』に加入して、迷宮に潜れば潜るほど、自分はダーゴンを殺すことを最も求めていることに気づいた。
やはり、自分時間はあの時に止まっているのだと気づいた。あれから年を取り、冒険者として成長しても、ダーゴンを殺さない限り本当の意味で“人生の次の一歩”を踏み出せないのだと理解した。
そして今、目の前にダーゴンがいる。
敬愛するニレナが仲間のサポートを担当してまで、ダーゴンに集中してもいいと言った。
ダーゴンの実力は分かっている。やはり自分の力一つでは勝てない。ダーゴンの槍と水の力の前にギフトだけでは勝てる筈などなかった。
だが、ナダとなら、ダーゴンと互角にやりあっていると彼と、自分のギフトなら、あのダーゴンにさえも勝てるのではないか、という希望が持ててくる。
だから、シィナはこれまでの絶望とこれからの期待とそしてルードルフへの恋、アリーシャたち仲間への愛しさを全ての舌の上に乗せて、祝詞を紡いだ。
「――溢れ出す清らかな水の神」
シィナは涙を流す。
この戦いが終われば、ルードルフへの恋心に一区切りをつけなくてはいけない。
いつか自分のこの記憶は薄くなり、新しい恋をするのかも知れない。でも、今だけは歯を食いしばるようにシィナは全力で神への祈りを述べ続ける。
「幾多もの姿に、形を変え、溢れて、纏わり、包み込む、不定なる水の神よ。私が望むのは、全てが底に沈んだ水の世界。一切の光も届かぬ暗黒の世界。嗚呼、水の神よ、我が親愛なる神よ、我が望むは終わりの世界、この世界に終焉を――」
――『終わりの水』
ニレナの見よう見まねで、シィナはギフトを発動する。
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