第七十九話 シィナⅤ
シィナは全てを報告した後、数日間は部屋の隅で全く動かず虚ろな目で過ごした。
何もする気が起きなかったのだ。どうしていいかも分からなかった。こんな時に誰か支えてくれる友人たちもいなくなってしまったシィナは、本当に一人で死んでしまいたいとさえ思っていた。
だが、どうしてもお腹は減る。
久しぶりに外に出てみると、太陽は嫌気が差すほど明るく、ただのパンは味が感じられなかった。
それからシィナは冒険者組合へと向かう。
呼び出されたからだ。
既にあの日の冒険の報告はしていたため、何事かとシィナは思ったが、どうやらダーゴンについての報告が組合よりあっただけらしい。
あの後すぐにダーゴンの討伐が冒険者組合より出されたのだが、オケアヌスでも有力なパーティーが三つほど壊滅的な状況になったようだ。
それから冒険者組合はダーゴンを特別警戒モンスターに制定し、出会ったパーティーにはすぐに逃げるような指示が出されたようだ。その三つのパーティーの中にも生き残った者はいたため、シィナ達が出会ったモンスターとも確実に一致したようだ。
シィナはその話を聞いて、胸の中に暗い炎が沸き上がった。
冒険者はモンスターを殺す生業だ。だから自分たちが殺せなかったモンスターであっても、誰かが殺してくれると思っていた。
だけど、誰も殺してくれない事を知る。
特別警戒モンスターとは、基本的に殺されることはない。稼ぎを第一とする冒険をするパーティーは出会った瞬間に逃げ、新たな場所を開拓パーティーでも遭遇は避ける。腕に自信のあるパーティーなら挑戦することはあるだろうが、もっと下位のパーティーが負けたならまだしも、今回負けたパーティーはどれもオケアヌスでは十指に入る。
シィナが思うに、十指のパーティーに大きな差はない。モンスターの情報を知った上で負けているのだから、新たな挑戦者はほぼ現れないだろう、と察した。
誰も殺せないなら、“自分が”と、シィナは思ってしまった。
すぐに行動を起こした。
オケアヌスにいるどのパーティーよりも上の冒険者達を探す。幾つかの候補は上がってメールでアポイントメントを取ろうとして見たが、彼らには彼の冒険があり、それを止めて自分の要望を叶える為には膨大な資金が必要だった。シィナにはその力を持っていなかった。
それに彼らは優れた冒険者であるが、情報を聞く限り『アルデバラン』と大きな差があるパーティーとは思えなかった。確かに優秀だろうが、些細な差。確実にダーゴンを殺せると言う根拠を見いだせなかった。
シィナは自分がパーティーを作り、ダーゴンに勝てる冒険者を育てる事も考えた。だが、その考えはすぐに捨てた。理由は幾つかあるが、その中の一つとしてシィナはルードルフを最高の冒険者だと信じていた。いずれは英雄になるとさえ信じていた。そんな彼が負けたのだ。
もしも勝てるのなら、“英雄”しかありえないとシィナは考えた。
英雄の伝手などシィナにはなかった。
それが分かった時、シィナは唇から血が出るほど噛み締めていたのを思えている。
だから、シィナは諦めるように冒険者を辞めた。
ルードルフのいない冒険など意味がないと。信頼できる仲間とじゃないと冒険をしたくないと
故郷に戻ることも考えたが、シィナが選んだ職業は――オケアヌスのシスターだった。
彼らがいるこの地から離れたくなかった。
自分一人だけが生き残った贖罪から神に祈りたかった。
だからシスターを選んだシィナは毎日神に祈っていた。彼らの魂が死んだ後も健やかに過ごしていますようにと。
暫くはシスターとして働き、祈る日々が続いた。
それしか出来ないから。
祈る以外に彼らの為に出来る事など無いから。
『アルデバラン』が無くなってから、シィナの時はあの日で止まったままだった。よくあの日の悪夢を見て眠れない日々も続く。どれだけ祈っても胸の悲しみは晴れない。
むしろ――心に復讐の炎だけが燃え上がっていく。
ダーゴンを殺したい。
だが、勝てない。
勝てる方法が見つからない。
シィナは迷宮に潜ることはなかったが、地上で祈りと仕事の合間にギフトの鍛錬を行っていた。悔しい事にシィナが参考にしたのはかつての師匠やこれまで出会ったギフト使いではなく、憎きダーゴンの水の使い方だった。
詳しくは見ていない。
数分も見ていない。
だが、シィナが知る中で最も水の扱いが上手いのは、脳裏に悪夢としてこびりついたダーゴンの水の扱いであった。
その動きを再現していく。これまでの自分の使い方とは違う水のギフト。
不思議なことに『アルデバラン』の時よりもギフトを扱うのが上手くなっていることを感じた。
変わったのは考え方だろうか。
今まではギフトとは、水のギフトとは、放つものだと思っていた。水の玉や波、もしくは刃の形をした水など、遠距離の敵に当ててダメージを与える。時に細かく分けたり、多くの敵を巻き込むために大きさを変えたり、と形は様々に変わるが基本的なことは変わらないと。
だが、ダーゴンの使い方は違った。
あれは水を攻撃の為ではなく、空間を制するように使っていた。冒険者を殺すことを主とせず、水の満ちた空間で自分のフィールドに引き込むための使い方をしていた。だから攻撃は基本的には自分の肉体だった。
もしもあのような使い方を自分がしたら、と思うとギフトの理解度が上がった。
ギフトを放った後にも意識を凝らす。そこで形を変えたり、より凶悪な技にも変えられることに気づいたのだ。
いつかはこれが役に立つことを願いながら、シィナは迷宮には戻らなかったが、ギフトの使い方を練習する。
そんな日々が二年ほど続いた。
その間には冒険者を諦めた当初との予定とは違い、迷宮に潜ることもあった。フリーの冒険者として、だ。
理由は簡単だった。
教会の存続資金である。
寄付金のみで賄われる協会の運営は厳しい。シィナの教会には孤児こそいなかったが、その分寄付金も少ない。それだけで教会を運営するのは非常に厳しく、お金が足りないこともあった。
オケアヌスという場所の特徴から、どれだけ寄付金を募ってもこれ以上は難しい事を悟るとシィナは断腸の思いから一時的にアルバイトとして冒険者でお金を稼ぐことは何度かあった。
幸いな事にギフト使い、それもマゴスで一番相性のいいとされる水のギフト使いであるシィナの需要は沢山あった。仲間が死んだ生き残り、という悪い噂もあったが、それを考慮しても『オケアヌス』よりも格下の中堅のパーティーにはよく呼ばれた。
『オケアヌス』時代と比べると報酬は遥かに低いが、教会を存続させる程度のお金は簡単に得る事が出来ていた。
その時にも、ギフトの使い方を試していた。
ただモンスターの動きを止めるわけではなく、ただモンスターを殺すわけでもなく。
――空間を制するギフトを。
少しずつうまくなっていくことに達成感を覚えながらも、より強く“復讐”という目標を意識するようになった。
そして二年間の間、シィナは仲間の死後の安寧を祈りながら静かに牙を研いでいた。
お知らせです。
この度「第12回ネット小説大賞」様にて小説部門において、
「迷宮で石ころは光り輝く」が入賞しました!
これもひとえに読者の皆様の感想などの応援のおかげです。
本当にありがとうございます。
書き始めて十年目となる節目にこのような報告が出来て大変嬉しく思います。
なお、書籍化もして頂けるとの事なので、楽しみにして頂けたら幸いです!




