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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第七十八話 シィナⅣ

 シィナはあの日の事を今でも夢に見る。

 悪夢だ。

 あのモンスターの姿は脳裏にこびりついている。

 忘れられないのだ。

 あの姿を。


 突出しているよどんだ両目、分厚くたるんだ唇、首の横についた大きなえら、一本の尾びれのような足は二つに分かれて迷宮の上を立っており、体は大きくて固い鮮やかな緑色の鱗に覆われている。さらに手と指の間にはみずかきがあって、両手には鋭い爪が生えている。

 そしてそのモンスターが持つのは、黄金に光る三つ又の槍。

 忘れるわけがなかった。

 自分たちはあのモンスターに――ダーゴンに蹂躙されたのだから。


 そのモンスターは前触れもなしに『アルデバラン』の前に現れた。

 緑がかった巨大な石をつなげて造られた通路の奥で、円錐の形をした鍾乳石のようなものが青白く光を放つ中に他のモンスターと同じように存在していたのだ。


 その日は何も変わらない一日だった。

 いつものようにマゴスに潜って、新しいエリアを開拓する。今では中層と呼ばれている場所だが、まだ全貌が明らかになっていないあの頃にはそこが深層であり、日々冒険者が攻略を頑張っていた場所だ。

 その頃にはモンスターの革を使用したホーパバンヨも出来上がっており、いち早く手に入れていた『アルデバラン』も勿論着こんでいた。

 当時のアルデバランは既にオケアヌスの中でも十指に入るほどのパーティーであり、自分たちの強さは自負していた。もちろんダーゴンに出会う三日前にはたまたま出会ったガラグゴ相手に傷一つ負わず勝利していた。


 だから――ダーゴンに出会った当初は、ただのガラグゴの変異種だと決めつけていた。マゴスにもはぐれは何体か確認されているが、まだ情報は殆ど集まっていなかったのでどのモンスターがどの程度の強さなのか、冒険者たちは探りながら戦うのである。

 その戦いは、ルードルフの一言から始まった。まだダーゴンは『アルデバラン』に気付いてすらもいなかったのだから。


「シィナ――」


 既にルードルフは構えを取っている。

 必殺の構えだ。

 いつもと同じようにシィナはギフトを放つ。マゴス内で強化されたシィナのギフトは、魚人であっても問題なく通じる。弱い魚人なら一撃で倒せ、強くとも足止めや牽制、もしくはダメージを与えられる。

 最初は十個ほどの水の玉を放った。

 水しぶきが上がる。

 一瞬だけ、ダーゴンの姿が隠れた。

 だが、そこにいたのは槍を天に向けて待つダーゴンだった。傷一つない。その姿を見たルードルフは訝しげにしながらも戦う事をやめなかった。ただ、保険をかけていた。


「――いつも通りに戦うけど、様子を見てすぐに逃げるよ」


 その言葉にパーティーメンバーは一同揃って頷いた。


「じゃあ私がいつものようにサポートするね!」


 『アルデバラン』の戦いはいつもアリーシャのアビリティから始まる。彼女が幾つものきらきらとした粒子が集まったかのような“光の窓”を飛ばすのだ。その中に入ればまた別の“光の窓”から出る。俗に言うワープである。

 人なら警戒するはずの“光の窓”だが、何故かモンスターは警戒しなかった。そこまでの知能がないからとこれまで思っていたが、ダーゴンはこれまでのどのモンスターとも違う反応をした。


 “光の窓”に興味を示したのだ。

 だが、何もしない。不気味な顔で見ていただけだった。

 その様子をシィナはおかしい、と思ったが何も言わなかった。はぐれだから、と思考停止していた。


 『アルデバラン』の基本は波状攻撃である。

 最初にシィナのギフトで牽制してから、アリーシャのアビリティを使って一気にモンスターの近くへと移動する。強大な敵相手ならまずはルードルフのアビリティを決めて、それから他の冒険者の攻撃で一気に片を付ける。もしもそれで勝てなければ、ルードルフは距離をとって他の冒険者で多少のダメージ、もしくは足止めを担当しながらルードルフが再度構えを取るまでの時間をとって、攻撃するのである。このサイクルを何度か繰り返せば大抵のはぐれは倒せていた。

 そう。

 ダーゴン以外は。


 ルードルフがいつものように剣を上段に構えてから、一歩目で窓の中に踏み込む。現れたのはダーゴンの目の前。いつものように青白く光り輝く剣をダーゴンに向けて振り下ろす。

 甲高い音が鳴っていたと思う。

 ルードルフの剣はダーゴンが片手に持った黄金の槍によって、簡単に防がれていたからだ。

 その手ごたえのなさに、ルードルフは後ろへと逃げるように距離を取りながら叫ぶのをシィナは聞いた。


「今すぐ、逃げて!」


 だが、もう遅かった。

 『アルデバラン』のパーティーメンバーには、既に連続攻撃が体に染みついていたため、ルードルフと入れ替わるように仲間達が現れる。

 そして各々がアビリティを発動しようとする前に、ダーゴンは左手を払うと自らの周りに、まるでギフトのように水の壁を作った。仲間の武器は届かない。その時にルードルフの声を着た仲間たちはすぐに己の後ろにある光の窓へと逃げ込もうとするが、それを嘲笑うかのように水の柱が地面から無数に生まれた。

 それはダーゴンを中心にして幾つも発生される。

 それを避けようとしたメンバーたちは光の窓から遠くなった。それどころか、ダーゴンの攻撃によって光の窓はかき消されたのだ。


「やばいっ!」


 アリーシャが叫ぶ。

 すぐに新しい窓を作って飛ばそうとするが、間に合わない。ダーゴンの周りに冒険者は取り残された。

 それはルードルフも同じだった。


 ダーゴンは人のように水を意のままに操る。上に昇った水柱を今度は地面へと叩きつける。全方位攻撃であり、パーティーメンバーたちに襲い掛かる。逃げるには距離を取るしかないが間に合わない。

 それはルードルフも同じだ。構えている暇などない。全力でダーゴンから距離を取ろうとするが、水に巻き込まれる。体の動きが、水圧に負ける。

 シィナの目には彼らの姿が水のカーテンに隠れて、何も見えなかった。


 だが、水が全て地面に落ち切ると、シィナはとんでもないものを目にしてしまった。

 ――仲間の串刺し姿だ。一人は槍に貫かれていて、もう一人は水圧に負けて地面に倒れている。

そんな中で、ルードルフには、肉体的なダメージはなかった。あったのは水圧に耐える筋肉的な疲労だけだろう。激しい動悸をしている。


「皆っ!」


 ルードルフは叫んだ。

 構えすらもまともに取れなかったルードルフは、槍を払って仲間を飛ばし、こちらへと向かって来るダーゴンが振るう槍を剣で受け止めようとするが、壁まで吹き飛ばされる。

 それでも死んでいない。すぐに立ち上がる。


「ルディ!」


 アリーシャが叫んだ。

 彼女はとても有能であるが、戦闘力は殆どない。泣きながら仲間達に逃げられるように窓を飛ばすだけだ。

 だが、その間にもダーゴンは水を使う。

地面に倒れている仲間を水の手で握りつぶそうとするのだ。

それを解除しようとシィナは必死になって水のギフトを使って抵抗しようとするが、ダーゴンの水には適わない。


「君たちは逃げろっ!」


 ルードルフはそう言いながらも、仲間を救うためにダーゴンに斬りかかっていく。もう構えている暇などない。ルードルフのアビリティは本来の力を発揮しない。これまでの彼は仲間のサポートがあった上で十二分に力を発揮していたのだ。

 今の彼に力はない。

 そうダーゴンは感じとったのか、槍を構えると全力で投げた。

 シィナの隣を通過するかのように、黄金の槍はアリーシャを貫いた。美しかった彼女は壁に叩きつけられて赤い花を咲かせる。つい少し前まで元気だったのに、彼女は全く動かなくなった。目に光がなくなり、先ほどまで辺り一面に出していた“光の窓”も徐々に消滅していく。


「えっ――」


 シィナは声を失った。

 信じられない光景を脳が受け入れてくれなかった。


「シィナ! 君は……逃げ……ろ…………」


 そしてその光景に目を奪われている間に、ルードルフはダーゴンの爪で胴体に穴を開けられていた。

 彼の顔にまだ精気はあったが、もう死に体だった。


「あ、あ――」


 シィナの大切なものが崩れていく。

 その情報を、心が受け入れてくれなかった。

 まさかこんなことになるとは思っていなかった。先ほどまで仲間はあれだけ元気で、この日の冒険も次の冒険の為の糧となる筈だったのに。

 

 目の前でその全てを壊して行ったダーゴンは、ルードルフの腹部から手を抜くと、奪った剣を構えてもう一度振りかぶろうとする

 そして、このどうしようもない状況で、律儀にもシィナはルードルフの言葉を守って逃げ出した。いや、それしかなかったのだ。もう仲間は助からない。ダーゴンに勝てる見込みもない。シィナは無力だった。これまで鍛えたギフトは何の役にも立たなかった。

 目に涙をいっぱい浮かべて逃げている最中、運がよかったのか、それとも自分には興味がなかったのか、ダーゴンは追いかけてこなかった。不幸中の幸いと言えるだろう。

 ダーゴンの気味の悪い叫び声だけが、逃げ去ったシィナの耳に残る。

 

 この日、シィナは全てを失った。

 残ったのは迷宮探索が失敗に終わった事による大量のレポートと、悲しみだけであった。



この前に気付いたのですが、いつの間にかこの作品を公開してから十年が経っていました。

初期の頃から見られている方、最近見始めた方など様々な人に見られていることを大変うれしく思っています。

これからも変わらず読んで頂けると幸いです。


もし作品を見て面白いと思われたら、感想などを頂けるととても嬉しいです!

また「@otogrostone」というアカウントでツイッターもしておりますので、よかったらフォローもお願いします!

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― 新着の感想 ―
10年!すごいですねえ。 そんなに長い間続けてることが自分にはあるかなと考えてしまいました。 まじですごいです!
もう10年も経つのか…まだまだ長いつき合いになりそうですね。 これからも筆記応援しておおります。
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