第七十六話 シィナⅡ
シィナにとって『アルデバラン』を一言で例えるなら、それは彼女の全てであった。
『アルデバラン』に所属にする前のパーティーである『オリソンテ』は、パーティー内の不和が原因で解散した。理由は幾つかある。パーティー内の実力格差。上に行きたい者と現状維持でいい者などのちぐはぐな意志。それに男女が入り混じっていたためパーティー内の恋愛関係など、様々な原因で『オリソンテ』は解散した。
シィナは『オリソンテ』の中で最も実力の高い冒険者と、パーティーメンバーから評価されていたが、既に別の女性とそれも同じパーティー内の冒険者と付き合っている当時のリーダーから求愛された事によってシィナ自身もややこしい騒動に巻き込まれた。そのリーダーはシィナの好みではなかったため、最後まで付き合う事はなかったが相手の女性からかなり恨まれる事となる。パーティー内の不和の原因は一つではなかったが解散に踏み切ったその出来事はシィナの心に大きな傷を残すことになる。
シィナはそんな事があってか、セウで少しだけ悪い噂が流れるようになった。
――シィナは同じパーティーの有望の男を誘惑すると。
それは元パーティーメンバーの女性が広めたのかもしれない。もしくはシィナに嫉妬した者が言ったのかも知れない。だが、元々声を発するのが得意ではなく、守ってくれる者もいなかったシィナはその噂にどうする事もできず、師匠のアドバイスもあって王都ブルガトリオに新天地を求める事になった。
王都ブルガトリオには『インペラドル』と呼ばれる迷宮があった。
最初、王都に来たシィナはパーティーを組むつもりは微塵もなかった。前回のパーティーでの出来事を引きずっていたからである。
だから最初はフリーの冒険者として活動していた。
週に何度かの休みを設けながら、その時々で違うパーティーに冒険者の一人として入り迷宮を攻略していく。
これはシィナ自身も自負を持って言えるが、彼女は実力のある冒険者だった。
それも只のアビリティを持った冒険者ではない。
“ギフト”を持った冒険者だ。
迷宮探索において、アビリティを持つ冒険者とギフトを持つ冒険者の立ち位置は大きく違う。
アビリティはその者が一つしか持てないものだ。使い方によっては手札のカードが二枚や三枚になることもあるが、大別すれば一つである。
だが、ギフト使いは違う。優秀であればあるほど、ギフトの幅はアビリティとは比べ物にならないほど多い。遠、中、近、全ての対応した違う形のギフトを発動できる。単体を狙うのかそれとも全体を狙うのか。はたまた仲間のサポートも出来る、となんでもできる。シィナは優秀でその全てを高水準で行えたため、パーティーによって違う役割を担う事ができた。
そのため、様々なパーティーに重宝されたのである。
正式なパーティーメンバーに誘われる事も多かった。
その中にはいいパーティーもあった。『インペラドル』の中で上位に入るパーティーやこれから深層を進もうとしているパーティー、はたまた新進気鋭の冒険者が集まった若いパーティーなど、シィナ自身が若い事もあってか多くのパーティーに誘われた。
だが、その全てをシィナは断っていた。
セウでの苦い経験があったからかもしれない。
とにもかくにも当時のシィナは冒険者として日々の稼ぎは得ながらも根無し草の日々が続いた。
そんな時に――出会ったのがルードルフだった。
彼のことは今でも簡単に思い出せる。
端正な顔立ちだった。まるで女性のように綺麗な顔。だが、シィナが覚えている彼の顔はいつも泥と汗にまみれていたように感じる。その端正な顔はいつも隠れていたのだ。
お世辞にも彼は才能のある若者ではなかった。
シィナと出会った時も忙しそうに町を駆け回っていた。
目覚めたアビリティは弱く、浅層のモンスター一匹すら倒せないような弱いものであったが、それでもルードルフは諦めず、町のどぶさらいなど冒険者以外の職でお金を稼ぎながら王都で冒険者を続けていた。
最初はシィナも注目していなかった。
よくある冒険者の落ちこぼれだと、いつかは辞めていく才能のない者だと思っていた。
だが、その見る目は次第に変わっていく。
彼はどれだけ周りの冒険者に蔑まれようと、どれだけの悪意に晒されようと、諦める事は全くなかった。来る日も来る日も迷宮に潜り、敗れて、それでも戦い続けるのだ。
思わずシィナはそんな彼に声をかけてしまったのだ。
「……どうしてそんなに頑張れるの?」
「夢がある。それ以外に理由なんているのかな?」
だが、返ってきた返事は、何を当たり前のことを聞くの? という彼の疑問だったのである。
そんな会話を切っ掛けにして、シィナとルードルフの仲は些細な会話から徐々に深まっていく。
その時の会話を今でもシィナはよく思い出す。
「今日は久しぶりに屋台のホットドッグを食べたよ。また食べたいな」
「珍しく休みを取ったよ。ここのところ頑張りすぎていたから配達中に倒れそうになってね。でも寝ているだけじゃもったいないから図書館で借りた本を読んだよ。パーティー論だって。将来の役に立ってほしいな」
「武器ってさ、どれがいいんだろうね? 剣? 槍? うーん、やっぱり剣がいいのかな?」
どれもルードルフの言葉だ。
どれも大切な思い出で、今も胸を占めている。
そんな風に彼と知り合ってからいつかの日、ルードルフのアビリティは進化する。
きっかけはルードルフがアリーシャと出会った事だった。彼女と知り合ったことで、新しいアビリティの使い方を知った。それは簡単な条件ではなかったみたいだが、確かに彼のアビリティは他の冒険者よりも一段上の強いものへと成り代わった。
それからのルードルフは大きく変わる。
いつものシィナとの会話は何も変わらない。
だが、彼と会う場所が変わった。これまでは殆どが町の中だった。彼が町で小銭稼ぎの労働をしている時によく見かけたのだ。ちょうどシィナの迷宮探索の前後の時間が彼の仕事と被っていたからかもしれない。
だが、彼が強くなってからは迷宮内で出会う事が増えた。すれ違う事だったり、遠目から見たり。
初めはルードルフ一人だけのパーティーだったため誰も彼の変化に気づいていなかった。
そして最初に彼の変化に気づいたのはアリーシャで、彼女はルードルフの隣に相応しい可愛らしい女性だった。
彼女のアビリティも特徴的だったが、パーティーにはとても貴重なものである。なんせハイスと同じ収容系のアビリティであり、その入り口は色々なところに作ることが出来る。戦闘ではあまり使えないが、“ワープ”というインチキじみた行為すらも行えた。
ルードルフとアリーシャは、たった数日のうちに数人の冒険者から認められる存在となった。多くの冒険者からもいずれ見方は変わるだろう、とそんな風に評されることもあった。
パーティー人数の最低人数とされている三人を下回る数で、多くのカルヴァオンを手に入れたのである。さらに迷宮の浅層は突破し、中層を安定して探索する冒険者へと成長していたのだ。
だが、まだ彼のパーティーには課題があった。
ギフト使いの存在である。
ルードルフは強い。強力なアビリティを持っている。だが、ギフト程の万能性はない。一対一で最も効果を発揮するアビリティだったため、強くても何があるか分からない迷宮だと安定性に欠けていた。
そんな時、シィナに転機が訪れる。
シィナがルードルフのパーティーに、フリーの冒険者として入ることになったのだ。
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