第七十五話 底Ⅻ
まぎれもない冒険者だった。
強さが足りないのは分かっている。
『ラヴァ』というパーティーを通して、ナダの強さは嫌というほど知った。
アギヤにいたあの頃よりも、彼の強さは輝いている。
その暴力的なまでの強さの光は、同じようにはぐれを一人で倒したオウロであっても、彼の強さには届かない。他の者が苦労するようなはぐれであっても、ナダは一人で平気で殺す。
筋力?
技術?
判断力?
それとも反射速度?
まさか武器の切れ味?
ナダは強い。
だが、その理由の底はニレナには分からなかった。
彼の強さは言ってしまえば、再現可能な強さである。武器を持ち、モンスターを斬り殺す。それだけだ。武器の種類に寄らなければ、誰だって彼のように強くなれる“筈”だ。
もしもアビリティを使えば、もっと簡単に彼に近づける筈である。
筋力を強化するアビリティを用いればナダの腕力など簡単に超える事が出来るだろう。
武器を振るう技術はそう多くはない。そもそもナダはモンスター相手に絡め手は使わない。学園で幾つかある流派も習わず基本的な剣の振り方しか使わない、すなわち振り下ろし、袈裟斬り、逆袈裟斬り、左袈裟切り、左逆袈裟斬り、一文字斬り、左一文字斬り、突きの八つだけである。ニレナでさえ幾つかの流派を学んでいるので、ナダよりも技術は高いのだ。
判断力や反射速度は負けているのだろうか、ニレナには分からなかった。
武器の切れ味に関してはラヴァの冒険者が持っている武器は全てが一流である。素材に違いはあれど、そこに大きな差はない。
だから、極論を言えばニレナだけではなく“誰でもナダに成れる”筈なのだ。
特に大太刀を使うナダによく似た特大武器を使うオウロなら、簡単にナダと同じ強さに成れる筈なのに、誰も彼にはなれない。
ナダの強さには届かない。
彼のプラスアルファの力を持っている冒険者は数いれど、強さという単純な面でナダに勝てる冒険者はこのオケアヌスでは見なかった。
そもそも一人ではぐれであるガラグゴに勝てる冒険者がナダとオウロだけで、二人を比べるとナダの方が強いのだ。特にこの戦闘の前ではナダは一人でガラグゴを三体も倒していた。
あの時の光景をニレナは簡単に思い出すことが出来る。
マゴスに来た頃は、ナナカ、カテリーナ、自分の三人でさえ一体も倒せなかったガラグゴを、ナダは一人で三体も殺した。
冒険者としての輝きを、本当の意味でのナダの強さを、あの時に本当の意味でニレナは思い知ったと言ってもいいだろう。あの戦いですら、ナダにとっては全力ではないかもしれないのだ。
ニレナは、思う。
冒険者として研鑽を積んできた。
つまらない冒険に“飽きた”事もあったが、一日たりとて、迷宮探索の事を考えなかったことはない。
それにナダよりもニレナは年上で早く冒険者になっている。
さらに冒険者を幼き頃から夢見て、幼少時より英才教育を受けてきたのだ。
ギフト使いとしては一流で、“冒険者”としてもナダに劣っているなんてとてもじゃないが考えた事はなかった。
「――なんて、無様ですの」
そこまで考えて、ニレナは小声で吐き捨てるように言った。
その声はあまりにも小さくてシィナにはきっと聞こえなかっただろう。
惨めなプライドだと分かったのだ。
自分が勝っている点を比べて、ここは劣っていない、ここは負けるかも知れない、と一つずつ調べていく。
冒険者としての強さの前に、そんなもの意味はないのに。
幼き時よりも覇道を歩んできたニレナに立ちはだかるナダという大きな壁。まだイリスという壁の方が乗り越えられる気がした。ナダの壁が、今の自分にはどうしても越えられないからこそ、これまで自分は才能があった、強さがあった、それにふさわしい道を歩んできた、哀れな考えが浮かぶのだ。
それもこんな戦いの時に。
相手を殺すか、殺されるか、命がかかった大切な戦いで、無駄なノイズが生まれてしまうのだ。
ニレナは深く息を吐いた。
この冒険で自分は成長した、と。こんな多くのモンスターをギフトで止められるようになった、というそんなプライドから、このような戦いに不必要な考えを抱いてしまったのだ。
もしかしたら、とニレナは思う。
こんな時にそんな無駄な事を思ってしまう自分の弱さが、ナダと比べて冒険者としての輝きが劣っていると感じてしまうのだ。
いや、もしかしたら今の自分はラヴァの中で最も弱い冒険者にまで落ちてしまったとさえ、ニレナは感じてしまう。
だって、彼らは必死になって戦っているのだ。
ダーゴンと戦っているナダも、ヒードラと戦っているナナカ、カテリーナ、オウロ、ハイスも、また彼らを全力でサポートするシィナでさえも、歯を食いしばって戦いの事しか頭にない。
ニレナはそんな状況で自嘲気味に嗤った。
自分の浅はかな戦闘への向き合い方を嫌悪し、懐かしい友の声が蘇ったからだ。それは自分が何度も後輩たちに言った言葉でもある。
「――ニレナ、挑戦を止めない冒険者が強くなるの。周りを顧みるような冒険者に先はないわ。その為には冒険を楽しむことが私は大切だと思うんだけどね!」
暫くの間、会っていないイリスの声がニレナの耳に聞こえる。
かつて彼女は間違いなく由緒正しき“アギヤの血”を引き継いだ冒険者であり、言うならばナダ達のオリジナルと言っていいだろう。それは太古の英雄の血筋であるからこそ、アギヤの歴代のリーダーは大成してきた。
「イリスさん、たまにはあなたの真似をしてみることにしますわ――」
いつもはしない彼女の物まね。
自分を変える為に、一歩先に進むために、ニレナが思うイリスのように挑戦してみようと思うのだ。
この戦いで挑戦は色々とある。
『氷の世界』を使ってモンスターの動きを止めている状態で、多くのモンスターを殺すのも挑戦の一つだろう。もしかしたらガラグゴのようなはぐれを殺すことが自分への挑戦と言えるべきなのかもしれないが、そんな自己満足な冒険にニレナは興味がなかった。
はぐれの中でも最も強い一匹といってもいいダーゴンとヒードラという二匹と戦っている状態で、そんな弱いはぐれを倒すことがどんな挑戦になるのかとニレナは思うのだ。
そんな自己満足は、違う冒険で一人の時に潜った時にすればいい。パーティーに献身しない冒険者に何の価値があるのか、とそんな風にニレナは『氷の世界』の発展をどぶに捨てる。
だから――
「シィナさん――」
ニレナは背中にいるシィナに声をかけた。
「なに――?」
「――ダーゴンとの戦いに集中したいとは思いませんか?」
ニレナの挑戦は非常に簡単だった。
それは、“シィナの代わり”である。
「……出来るの?」
「ええ、もちろん、出来ますわ――」
ニレナはシィナの疑問に答えるように彼女の横に並んで、“もう一つのギフト”を使う。
そのギフトに名前などない。
いうならば――氷の足場、とでも言うのだろうか。シィナがこれまで作っていた水の壁を再現するようにオウロの足元に氷の足場を作る。
それだけではない。
一つ目の足場を作ると、次はナナカの足場を、カテリーナ、ハイスの足場も続けざまに作ってシィナの仕事を奪う。
「――このように、ね」
ニレナは優雅に笑った
だが、その美しい姿とは裏腹に、ニレナの状況は限界だったと言えるだろう。
ニレナは幼き頃のような感覚に頭が割れそうになる。
風邪を引き、全身が熱くなる感覚。特に額の部分に高熱が集まり、意識が朦朧とするような。
これが挑戦しているという事だろうか、とニレナは満足感に包まれていた。限界までギフトを使っている証拠だと。
「私は貴女を心から尊敬……する」
シィナはこれまでダーゴンとヒードラの二体を視界に入れていたが、完全にダーゴンへと狙いを定める。
「復讐――絶対に叶えて下さいね」
ニレナは満足そうに笑い、熱にうなされるようにギフトを使い続ける。




