第七十四話 底Ⅺ
ニレナはずっとギフトを使っていた。
あの時、ナダがダーゴンと戦えるように『氷の世界』を使って、“彼以外の全てのモンスター”の動きを止めてから、ずっと絶え間なくギフトに力を注いでいる。
『氷の世界』は他のギフトとは違い、使ったら終わりのギフトではない。力を注ぎ続けなければすぐに氷塊は溶けて、モンスターは再度活動を始めてしまう。
もちろん以前のように『氷の世界』により力を込めて、相手を氷殺することも可能であるが、今のように見たところ千をも超えるモンスターの動きを止めながら同時に全てを殺すほどの力をニレナは持っていなかった。
ダーゴンとの戦いが始まって、そこからヒードラが乱入し、既に時間は多少立っている。他のパーティーメンバーが必死になって戦っているように、ニレナも必死になって戦線の維持の為に『氷の世界』を途切れさせないようにしている筈なのだが、
「ふわあ――」
ふと、あくびをしてしまった。
しかも戦いの途中に右手で口を押さえてしまうほどに。
ニレナはナダ達の邪魔にならないように遠くの位置で、シィナと背中を合わせてギフトを使っている。ナダ達の足場や呼吸の確保の為にシィナは彼らの方を向き、ニレナは反対を向いてその他のモンスターの動きを止める。
ニレナの仕事は重大だ。ニレナがいなければ数多のモンスターがナダ達に襲い掛かり、ダーゴンやヒードラですら互角もしくは若干分が悪い状況なので他のモンスターの加勢があればすぐに彼らは敗走してしまうだろう。
そんな重たい仕事を、さらにパーティーの中でニレナにしか出来ない重要な仕事を行っている筈なのに、ニレナは退屈になってしまっていた。
代り映えのしないギフト。変わらぬ戦況。維持し続けると言うことに対する飽き。
最初は大変だった。
『氷の世界』を使うようになって、ここまで多くのモンスターの動きを止めるのは初めてである。当初はこれだけの数のモンスターを相手に数分持てばいいだろう、と自分でも高をくくっていた。ナダ達には悪いが、どこかで自分のギフトは解けると思っており、その前に仲間が決着をつけると思っていたが、まさか余裕ができるとは思っていなかった。
何故なら使った時に体は軋み、頭痛がし、のだが、力が増しているのだろうか、今では二体程度の弱いモンスターならこれらのモンスターの動きを止めた状態でも“氷殺”できるようになっていた。
これは成長なのだろうか?
ニレナは分からなかった。
そもそもニレナは自身の成長をあまり感じたことがなかったからだ。
何故ならニレナは――天才だったからだ。
ギフト使いの実力は、基本的には迷宮に潜って何日でギフトに目覚めるかで“才能”が決まると言われている。もちろん、遅咲きのギフト使いであっても大成する者はいるが、基本的には才能が全てだ。何故ならギフト使いは迷宮探索において武器を使う事は少なく、ほぼギフトを使うだけだ。そのギフトを扱う才能が目覚める期間に影響しているため、才能が目覚めた時で決まると言われているのだ。
そんな中、ニレナはたったの“三日”だった。
それは学園始まって以来の速さであったのが、その数年後にとある冒険者に覆された。
それでなくても、学園では歴代二位の速さである。ギフト使いとしての才能は十二分にあると言ってもいい。
その理由は分かっている。
ギフト使いはそもそも血縁が重要だと言われている。過去に名のあるギフト使いの祖先は、力のあるギフト使いになる者が多いと研究が示している。
そんな中、ニレナはパライゾ王国が誇る貴族の内の一つである。
その血には様々な冒険者が宿っている。
力のある冒険者とはたとえ平民であっても、力のある貴族とされる。名高い冒険者の稼ぐ額は、小さな領地を経営している貴族を遥かに上回る。ニレナの家はそんな冒険者と多数の縁を結び、歴史を重ねてきた。
他の貴族よりも多く。
そんな末裔が、冒険者としての才能をもっていないわけがない。
その中でもニレナは一族の中で最高傑作と言われるべき存在だった。
ギフトを扱う術も、冒険者としての力としても、突出していたからだ。
そんなニレナはギフトに目覚めた時から、常にトップを走っていた。
ギフトを操る才能はもちろんのこと氷のギフトに関しては最初から小さなものを凍らせる、もしくは氷の結晶を作ることから始まるのだが、ニレナは最初から氷の薔薇を作る繊細さから弱いモンスターを凍らせることができるほどの力を持っていた。
彼女が低学年の時は、いつもどこかのパーティーから誘われていた。その時はパーティーに拘りがなく、様々なトップパーティーに移っていたのだが、ある時にそれは終わった。
それは“自分よりも才能があるギフト使い”からの誘いだった。
「――ねえ、私とパーティーを組まない?」
それは“自分よりも才能のある冒険者からの誘い”だった。
彼女は迷宮に潜ってから“僅か三時間でギフトに目覚めた冒険者”である。
その理由は納得できる。
何故なら彼女は“イリス”だったからだ。
イリスの事は幼少期から知っている。親の繋がりからだ。彼女は幼き頃から天真爛漫で、様々な事に才気あふれていた。そんな彼女がギフトに選ばれるのを当然だとさえニレナは思った。
彼女も自分と同じ貴族である。それも国内でも有数の。血は確か。幼少期からの才能は確か。
そんな彼女が自分と同じようにギフトに選ばれるのも当然である、とニレナは思っていた。
またイリスはニレナとは大きく違った。
彼女はギフトだけではなく、アビリティも持っていた。『双色』と呼ばれる存在である。
また彼女のギフトはニレナとは大きく違い、『勝利のギフト』と呼ばれるこの国にも殆ど存在せず、ニレナの氷のギフトのように直接モンスターに作用を施すギフトとは違い、このギフトを持つ者に勝利を与えるという酷く曖昧なものであった。そんな彼女のギフトの事をないようなもの、と評する者もごく少数いる。
だが、彼女はギフトを得た時に全身に光を纏っており、それはギフト使い特有の現象だった。アビリティ使いには絶対に現れない現象である。
ニレナも同じように全身に光を纏った。彼女の時は氷のような薄い水色の光に包まれたのだ。
そんなイリスはギフトと同時にアビリティに目覚めた。その才能はニレナ自身も認めるほど、冒険者として最上位だった。
ニレナの知る限り、ラルヴァ学園においてイリス以上の才能の持ち主はいない。だから彼女にパーティーに誘われた時、ニレナは二つ返事で頷いた。
ニレナはイリスよりか先に学園に入ったため、すぐに冒険者としての実力は抜かされると思った。
しかしながら、イリスの考えは違った。
イリスがアギヤを作った時、彼女はこう言ったのだ。
「ねえ、いいと思わない?」
「何がですの?」
ニレナは訊ねた。
「この五人でパーティー。あの二人は未熟だけど、鍛えればきっといい冒険者になる。どうかしら?」
イリスが言う二人とは、ナダとレアオンの事だった。
「本気?」
シズネが言った。
「ええ。初陣としてはいできでしょ? “弱い”とはいえ、強いモンスターを倒せた。私はいいと思うわ。決めたわ。私のパーティーメンバー。私、ニレナ、シズネ、レアオン、ナダ、これでアギヤを組む。文句は言わせない。いいわね?」
ニレナとシズネは頷いたが、ニレナは不思議だった。
それはアギヤを組む前の話。イリスがアギヤのパーティーメンバー募集で集めた冒険者で最後に残った者で急遽はぐれと戦う事になった。ナダとレアオンの実力は認める。イリスや自分よりも未熟な学年なのに対して、それなりの結果を修めた。
だが、二人は自分たちに並ぶ才能の持ち主だとは思わなかった。
特にナダはアビリティすら持っていなかったのだ。ここが才能の限界。浅はかな早熟の強さ。パーティーに入れても、いずれは自分たちと距離を離されると。レアオンはナダよりも才能があるようだったが、輝いていたわけではない。強い光を持つ自分たちと同じパーティーになるといずれは潰されるのではないか、彼らの為にならないのではないか、イリスの決定の後の夜、ニレナはそうイリスに告げたことがあった。
――だが、イリスの考えは違ったのだ。
「あの二人、きっと私よりも才能があると思う。特に“ナダ”は昔から私が世話を見てきたけど、間違いなく私よりは上よ――」
あの二人がアギヤに入るのは早すぎる、とニレナが告げた後、楽しそうにイリスはそう言ったのだ。
ニレナにはその理由が分からなかった。
イリス、ニレナは才能の根拠がある。シズネのアビリティは万能であり、同学年どころか学園内でも強いと有名だ。それはシズネがアビリティに目覚めた頃からの話である。
だが、ナダとレアオンはそうではなかった。
なのになぜそう言えるのかがニレナには分からなかった。
「ニレナは知らないでしょうけど、ナダはね、初めて潜った迷宮でモンスターを殺したの――」
イリスは語る。
ナダの強さを。
彼の輝きを。
それは誰もアビリティもギフトを持っていない頃、ラルヴァ学園に入った無力な頃の冒険者なら誰もが味わう事だ。迷宮に潜り、上級生たちのサポートはあるが、弱いモンスターに蹂躙される。何の力もない冒険者はアビリティもギフトもなくては基本的にはモンスターに立ち向かえないのだ。
ニレナもその経験はある。
最初の冒険ではモンスターに負けた。
それはギフトに目覚める前。
事前に家庭教師から習った剣でモンスターに立ち向かおうとしたが、学園から支給された剣は貧弱だった。すぐに折れて敗走した。
ニレナにとって苦い記憶である。
イリスが語るには、彼女も似たようなものだった。
最初の冒険では勇猛果敢にモンスターと戦った。それなりの時間戦えたらしい。だが、結局のところモンスターにダメージを与える事ができたが、剣が折れてモンスターを殺すのを諦めた。尤もイリスの場合は、その数時間後にギフトとアビリティに目覚めて負けたモンスターにリベンジすることが出来たらしいが。
だが、ナダは違うと言った。
彼も最初の冒険で剣は折れた。そこまでは大多数の冒険者と一緒だ。そこで諦めて敗走するか、もしくはその前にモンスターに大怪我を負わされるか、どちらの選択肢もナダは取らなかった。
ナダは、剣が折れた直後、その近くにある石を手に取った。そのままモンスターを石で殴り殺したのだ。
そこからナダはアビリティに目覚める事はなかったが、ずっとモンスターを殺しながら強さを磨いているようだ。
レアオンも同じだった。
モンスターと戦って剣が折れた。だが、それには気づいているとレアオンは語る。学園は冒険者にわざと“粗末”な剣を渡していると。だが、それでもおかまいなくレアオンは戦ったと。
そしてレアオンはモンスター相手に予定調和のごとく剣を折って、そして折れた剣でモンスターの目を突き刺して殺したのだ。
「ニレナ、私はね、世間一般では才能があると言われているけど、私自身は才能があると思ったことはないの。だって、最初のモンスターに負けた。あまり言いたくはないけど、モンスターに殺されそうで、怖くて、涙も滲んだわ。きっと皆の思う私からは想像もできない――」
ただの泣き虫な少女よ、とイリスは自嘲気味に笑う。
「気持ちは分かりますわ――」
ニレナも似たようなものだった。
初めて戦うモンスターは怖くて、あまり言いたくはないが、少しだけ“ちびったり”もした。
「でもね、あの二人は違うの。最初のモンスターに勝った。殺したの。私は思うの。ギフトやアビリティの才能がなくたって、強いのはああいう人の事を言うんだって。そして、強さこそが冒険者にとって最も必要な才能だって――」
「それがあの二人だと?」
「ええ、そうよ。ニレナ、私はね、思うの。“世間一般で言われる冒険者の才能”とはね、あってもなくても一緒だって。優れたギフトでも、強力なアビリティだって、持っててもモンスターを殺せなければ意味がない」
「一理ありますわね」
「――モンスターを殺す“力”が、冒険者には必要不可欠。あの二人にはそれがある。それも、二人共負けん気が強くて、それぞれに迷宮に潜る目的があって、才能があろうがなかろうが、あの二人には他の道はないらしいわ」
「それが“才能”だと?」
「私は少なくともそう信じているわ――」
ニレナには、最初はイリスの言う事が信じられなかった。
だが、アギヤを通じて気づいたのだ。
アギヤのリーダーはイリスだったけれど、中心はナダとレアオンだった。二人が競い合って、歴史あるアギヤの地位を新しく築いた。そのパーティーはラルヴァ学園でも、特別な功績を得る事が出来た。
それからニレナの考えは変わった。
自分には才能があるかもしれない。人から散々そのような評価を受けてきた。それは冒険者として成長した今も変わらないが、きっと自分にあるのはギフトや剣の才能だけだと。
それは、モンスターを“殺す力”には決して結びつかないかもしれない。
それでも、――ニレナは冒険者だった。




