第十八話 秘宝
イリスはガーゴイルが崩壊すると、すぐにナダへと近づいていた。
ナダの状態はイリスがこれまでの経験から言って、死の一歩手前だ。ナダの友人であるダンの予想と気遣いに感謝しながらポーチを開けてすぐに治療を開始した。
そこには薬の品種などが分かりやすいように種類ごとに別れて、また糸や針、はたまた包帯なども用意されている。薬が入っているビンには一つ一つにラベルが貼られており、どの効果を示すかも一目瞭然だ。
イリスはナダを仰向けにして、すぐに痛覚を和らげる薬をナダへと振りかけた。だがそれは傷には沁みるようでナダは低い呻き声を出す。
それからすぐに針に糸を通して、あるビンの薬に針と糸を漬けてからナダの傷口を縫い始めた。腹部の傷だ。他のも重症だが、これを塞がなければ大量出血で死ぬ可能性が最も高いのだ。イリスは慣れた手つきで縫合を終えると、その上から今度は別の薬をかける。傷の修復を助ける薬だ。それから今度はまた新しい薬をかけた包帯を腹部に回す。
それが終わると今度は頭部の治療だった。ぱっくりと開いた傷をまた糸で止めて、その上から先ほどと同じように包帯を巻いた。骨が折れているだろう胸元は治療法があまりないので、きつめに包帯を巻いていく。
それからナダに何本かの薬を飲ませ始めた。
やはり市販の薬とは違い、最初は意識が朦朧としていたナダも徐々にはっきりとしてくる。
いや、そうでなければ困るのだ。
イリスも体力や筋力に自信はあるが、巨漢であるナダを一人で運べるほどではない。帰るためには自分で歩いてもらうしかないのだ。
「……ナダ、どう? 大丈夫?」
イリスは体力が少し回復して、上体を起こしたナダに声をかける。
「最高だよ――」
イリスの心配を知ってか知らずか、ナダは滾った目をしていた。
「最高って、あんた――」
イリスは予想もしない返事が帰ってきたことによって困惑していた。
「イリス、そっちの薬を全部取ってくれ」
ナダはイリスの発言を遮るようにして、彼女が持っている鞄を指差した。それには見覚えがあった。整理された中身と、周りの薬の空き瓶一つ一つに丁寧に貼られたラベルにはダンの几帳面さが伺える。ナダはそれらの薬をよく活用するので、どんな色の薬がどんな効果を出すか、よく分かっていた。だからその中の薬を三本纏めて渡してもらい、一気飲みした。
その刺激に胸や腹が痺れるが、徐々にその感覚も麻痺してくる。
急速に肉と肉が引っ付くのには激痛が奔るが、長い冒険者生活によってそれも慣れたナダにとっては大事ではない。
心配するイリスに肩を借りながら立ち上がった。
その際、血が足りないせいか、足がふらふらとなる。そこでイリスからまた別の薬を貰った。今度は造血剤だ。それを一気に飲むと、少しはそれもましになった。ここまで大量の薬を短時間に使ったことに、またダンからお叱りを受けるな、とナダは考えつつ、イリスの肩を借りながらガーゴイルの石像の位置まで移動した。
ナダは無言だった。
そんな彼へ、イリスは閃いたように声をかけた。
「ナダ、それよりも――」
イリスが一つの方向を指さした。
そこには新たな黒い道が広がっていた。
「あそこは――」
「おそらくだけど、後輩たちが噂していた秘宝の在処じゃない?」
おどけてイリスは言った。
ナダはそれに微笑しながら、イリスから離れて青龍偃月刀を拾い上げる。この先に何があるか分からない。もしイリスに肩を借りたままだと、咄嗟の攻撃に判断できないと考えたのだ。ナダは偃月刀を杖のように使って体を支えた。
先にはイリスが進んで中へと入る。
すぐにイリスは出てきた。
「ナダ、先は小さな小部屋よ。軽く見たけどどうやら先は無さそうね。ついでにモンスターもいないみたい。あの怪物はあんたが倒したんだから、この先はあんたが初めに見たほうがいいわ」
イリスはナダへと駆け寄って、また彼の方の下から腕を回して体を支える。そうするとナダも偃月刀を手放した。
ナダはイリスに体を支えられながらその小部屋へと入った。
その中はガーゴイルがいたところと同じく、一面が水晶で出来ていた。だがこの入口以外に黒い道は無くて、すぐに行き止まりのようだ。
先へ行った先に、少しの階段があり、その奥にはひっそりと場違いな棺が存在していた。それは土色の石で出来ており、どう考えても不自然なものだ。
ナダも冒険者生活で数度しか見たことがないものだ。
「ナダ――」
興奮しているイリスにナダは冷静に言った。
「近づいて開けてみようぜ」
ナダの言葉にイリスは何度も頷いて、その棺まで向かう。階段を上がる時は苦労したが、イリスの支えによって何とかナダは棺まで辿りつけた。
二人は棺の前に立つと、顔を合わした。
「ナダ、何が入っているのかしら?」
ナダはこの棺の中に入っている宝がどんなに高価な物であっても、その所有を求めるような人物ではないと知っているが、その興奮した姿には一抹の不安を感じる。
これまでイリスとアギヤにいた時、同じような棺に出くわしたことがある。その時の中身は精巧な盾だった。それにはよく覚えていないが特殊な効果も含まれていて、武具としては最高ランクだったが、誰か盾を使う別の先輩に所有権が渡ったためよく覚えていない。
ナダとしてはあまり財宝に興味が無いので、この中身にあまり期待は抱かないが、イリスは違うようだ。
「さあな。どうせ期待はずれの物だよ」
「聖剣かもしれないわよ。もしくは、天剣とか?」
イリスのいうことにも一理あるとは思う。
特殊なモンスターの先にある棺に、そういった伝説の武器が発見されたことも珍しいがないことではない。
「じゃあ、開けてくれよ。今の俺は体が動かない」
出来ることなら自分で棺を開けたいナダだったが、今の状態では其れも叶わない。一人で立つのがやっとな状況だ。
イリスは口では「しょうがないわね」と言いながら、喜んでナダから離れてその棺の前へ両膝をついて、ゆっくりとその蓋をずらすようにして開けた。
中からは長い間開かれてなかったため、新しい空気が漏れだして、その中身が二人の目に触れる。
「え……」
イリスはその中身を見て、呆気無い声を出した。
「あはははははははははは!」
ナダはその中身を見て大きく笑い出した。
何故なら中には――三本の爪が生えた龍の足あとが残っていたのだ。
それ以外には埃しかない。
「これって――」
イリスの残念そうな声に、ナダがわざわざ分かりきっていることを説明しだした。
「アダマスの紋章だ。あの英雄の後には龍の足あとが残る。これもきっとそうだ。あー、腹が痛え! 要するに財宝なんて何一つとして残されていなかったんだ! 滑稽だな! 俺達も、他のパーティーも! 全部、英雄が持っていった」
ナダは腹が捩れるまで笑った。
ひとしきりそれが終わると、ナダは棺から背を向ける。財宝が隠されていないのなら、ここにはもう用が無いのだと言わんばかりに。
「待ちなさいよ、ナダ――」
だが、それをイリスは止めた。
「何だよ?」
「あんたもガーゴイルを斃してここに入れた記念に、何か残して行ったら? 例えば、まるでアダマス様のように新たに紋章を書くのも一興なんじゃない?」
イリスの提案にナダは振り返らず告げた。
だが、ナダはにかっと笑った。
「俺は無だ。何も持ってないし、何も残すつもりがねえ」
「そう。つまらない男ね――」
彼の返事が予想外だったので一瞬呆気に取られたイリスは、笑いながらそんなナダの体を支えるように、急いで駆け寄ったのだった。
明日か明後日が完結予定。




