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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第七十話 底Ⅶ

 ヒードラについて、ナダ達が知っている情報はそう多くはない。

 まずは名前。それは過去の文献から見つけられたのである。かつてアダマスがいた頃にも、マゴスというダンジョンは存在した。その当時の少ない情報の中に様々なモンスターの記述があった。


 例えばダーゴンもそうだ。彼の名前も、過去の冒険者が既につけており、それを現代の冒険者と学者が協議を重ねて、再度ダーゴンだと判明したのだ。

 ダーゴンは名前の特定まで非常に時間がかかった。そもそもダーゴンは他の魚人との共通点がとても多く、ダーゴンしか持っていない特徴をそう多くは持っていなかった。姿形は只の魚人であり、特徴らしい特徴は大きな体と黄金の三つ又の槍ぐらいだ。

 もちろん過去のダーゴンも黄金の三つ又の槍を持っていたが、只の魚人が似た槍を持っている可能性もあったため、確固とした特定にはいたらなかった。

このようにダーゴンの名前の特定は非常に慎重に行われていたのだ。

 体の大きさに関してもそうだ。確かに通常の魚人と比べると現代の見つかったダーゴンは過去の文献のように確かに大きかったが、ガラグゴのようにただのはぐれの可能性もある。もしくはまた別の突然変異のはぐれの可能性もあったのだ。

 そんな中で、ダーゴンを特定するのに至った要因は一つだ。ダーゴンを目撃した冒険者の中に、他の魚人がダーゴンの指示に従っているような場面があったと言う。それは一度や二度ではなかったようだ。

 その記述は過去の文献にもあった。

 ――ダーゴンは全ての魚人の長であり、彼に逆らう魚人はいないと。

 それもあって、ダーゴンは過去の文献のモンスターと正式に同じだと認定されたのである。


ちなみにガラグゴの情報は、過去の文献には残っていなかった。

只の魚人、いや過去の記述においては彼らの正式名称をバルバターナと名付け、冒険者たちは短く“バルバ”と呼んでいた。そんなバルバの中には大小、様々なサイズがいた頃から、もしかしたら現代とは違い、過去においては魚人とガラグゴに差異はなく同じく“バルバ”と呼んでいたと現代の学者によって推測されている。


 ヒードラもダーゴンと同じく、過去のモンスター図鑑の中にその名前があったのである。

 名前が特定するまではダーゴンとは違い、そう時間はかからなかった。

 ヒードラが何よりも特徴的だったのはその容姿である。ぬめりとした鉛色の胴体と石になっている無数の頭部が特に特徴的だ。他のマゴスのモンスターでは似たようなものは一つとして存在せず、また他の迷宮においても同じようなモンスターは存在しない。

 過去の文献においても、ヒードラは極めて異質なモンスターだと記載されていた。


 ナダがヒードラについて知っている情報はそう多くはない。

 能力としては水を操ることしか知らない。肉弾戦で戦った者はおろか、近くで相まみえた冒険者は知らない。もしかしたらいたのかも知れないが、生きて帰ってきたものは一人もいないのだろう。

 遠くからヒードラを眺めて、襲ってくる水の力から逃れた冒険者だけの情報しかナダは知らない。


 勿論、過去の冒険者の文献も見たが、そこにヒードラの討伐記録はなかった。弱点の記載もなく、どう戦えばいいかなどの情報もない。あったのは外見の特徴だけだ。

 それはダーゴンに関しても同じで、討伐に有利になりそうな状況は何一つなかった。

 それについて学者はこう言っていた。

 もしかしたら過去の冒険者達はダーゴンやヒードラと戦っていないか、もしくは“どこかの冒険者”が簡単に討伐して後世に情報が全く残らなかったか。


 そんなモンスターがナダ達の前に現れようとしている。

 ナダ達は既にダーゴンと言う強力なはぐれと対峙しているのに、もう一体別のはぐれと戦わないと行けないかもしれない。

 どうすればいい?

 そんな疑問を考えている余裕もなく、ナダの目の前にいるダーゴンが波をこちらへと向けようとし、渦を出し、三つ又の槍で突き刺そうとしてくる。ナダ達はその対処に追われていた。

 波はシィナが消してくれる。だが、渦は巻きこまれる前に自分たちで脱出しなければいけない。そしてこちらを突き刺そうとする槍に対しては自分たちで躱すか防ぐがしないといけないのだが、現在ダーゴンの前にいるナナカは一瞬ヒードラに気を取られてしまった。

 反応が数コンマ遅れる。

 その隙をダーゴンが見逃すわけもなく、黄金の槍を突き刺す。


「ちっ――」


 それに気づいたのはオウロだった。

 ダーゴンとナナカの体の間に入る。三つ又の間に大太刀をかませるのだ。そして槍の筋を変える。その際に、槍の端がオウロの体を掠る。出血したのである。大したダメージにはなっていないが、ダーゴンとの戦いにおいて『ラヴァ』のメンバーが負傷したのは初めてだった。

 湖中に、ダーゴンの血ではない赤色が混じったのだ。


 ヒードラというノイズ、それが混じるだけで『ラヴァ』の冒険はこんなにもうまく行かなくなった。

 そうでもなくても、もう少しで本格的にヒードラがこの戦いに参戦する。ヒードラの水を操る能力はダーゴンよりも上だ。ダーゴンよりも、大きく強力な渦を次々と自分の周りに生み出し、周りにいる魚人たちを粉砕している。

 『ラヴァ』の近くまでその影響が来ようとするが、それに抵抗するだけでシィナは限界だった。


 そうでなくても、そもそも目の前にいるダーゴンと戦わなければならない。

 ダーゴンの攻撃の多彩さは、先ほどと何ら変わらない。水を操る能力と槍を巧みに扱う技術。それに水中戦に特化した体。それだけでも厄介で、七人で全身全霊を込めて戦ってやっと少しだけ優位を築いていたのだ。


 だが、ダーゴンと戦い続ける『ラヴァ』のメンバーは、徐々に精彩を欠いた攻撃になっていく。まだ、大怪我はない。確実にダーゴンとの戦いで確実に削られていく。

 それもその筈。

 ナダ達は冒険者だった。

 脅威となるモンスターが複数いれば、どうしても他のモンスターにも注意が行ってしまう。そのモンスターが何をするか分からず、もしも自分たちに攻撃が向いた場合、それに対処しなくてはならない。

 彼らは優秀な冒険者であるがゆえに、ヒードラに注意を向けていた。だから“ダーゴン”だけに集中できない。その程度の集中力ではダーゴンに対応できない。


 まだ窮地には陥っていない。絶体絶命のピンチと言うわけでもない。

 だからこのまま何の選択もせず、このピンチに気づかなければ、きっと何もできずに『ラヴァ』はこの冒険に失敗してしまう。


 どうする?

 どうすればいい?

 ナダはダーゴンを相手しながら、この場においてどの選択が最も正しいか迷っている。

 ナダが思う最高の選択肢はヒードラがここに着くまでにダーゴンを倒し、それからヒードラを倒す事。どれだけ強力なモンスターと言っても、ナダが見る限り相性の違いはあれどダーゴンとヒードラにそう差は感じない。七人総がかりで冷静に対処すれば、きっと勝てるとナダは信じている。


 だが、この状況ではそれは叶わない。

 ならば、どうすればいい?

 どの選択が正しい?

 最善だ?


 ナダはリーダーとして、この状況に正しい判断を行わなければならない。そうでなければ『ラヴァ』は負けて、パーティーの誰かもしくは全員が死ぬことになる。

 だが、どんな選択が最善か分からなかった。


 ナダはちらりとオウロを見た。

 オウロもこんな選択をしたのだろうか。

 自分がリーダーを務めるパーティーが窮地に陥った時、どんな思いでどんな選択をしたのだろうか、と考えてしまう。彼の冒険の結果はとても悲惨なものだったが、そこに至るまでには苦渋の決断もしたはずだ。

 それをどうやって決断できたのだろうか、とナダは不思議に思う。


 オウロはその視線を一瞬だけ感じたのだろう。

 ナダへと少しだけ顔を向けて笑った。それは朗らかな表情だった。選択を出せないナダを怒るわけでもなく、悲しむわけではなく、リーダーとして最大限の信頼をした上で、このまま悩んでいるナダを受け入れるという事だった。

 オウロがしたことは、結局のところ、視界の端でヒードラを入れながらダーゴンと戦うという事だけだ。

 ヒードラからいついかなる攻撃が来ても対処できるように。


「――ナダ」


 そんな悩んでいるナダへ言葉を向けたのはハイスだった。

 この七人の中では最もパーティーリーダーの経験が長く、様々な選択を選んできたハイスだった。

 彼はダーゴンと戦っている最中にナダと自身の入れ替える時の、ほんの短い間にナダにこう言った。


「――好きにするんだ」


 残念ながらナダは、こうした方がいい、という安全策はハイスからはもらえなかった。

 ハイスもこの状況において、これまでのリーダー経験から様々な選択肢が浮かび、消えて行った。その中には“この場から全員で逃亡”という安全策とも言える選択肢も頭に浮かんだ。

 もしこれが自分のパーティーなら自身が選ぶ選択肢を選んでいただろうし、他のパーティーにフリーの冒険者として入るなら絶対にハイスはリーダーの選択肢を自分が思う方で狭めたはずだった。

 だが、ナダにはそれはしない。

 どれだけ冷たいと思われても、ハイスはナダの選択肢に任せたかったのだ。それがハイスの思う信頼だったから。


「ちっ――」


 ナダは舌打ちをする。

 悩んでいる暇はもうない。

 まもなくヒードラが到着する。

 他のパーティーメンバーに視線を送っても、誰もがこちらに選択を預けるばかりで誰一人として意見すらも言わなかった。特にニレナとナナカに関しては、左胸を強く叩かれる仕草をされた。それはアギヤ時代にナダが最もしたサインだった。

 ナダの場合は相手への信頼感として、ここは一人で戦うという意味で使ったが、きっと二人の意味は違うだろう。

 相手への信頼感。自分はこの場で精いっぱい戦い、リーダーであるあなたに従うという意思表示。つまり二人は冒険者として、生きるも死ぬも、全ての選択を自分にまかせてくれてる。


 なんと重たいのだろうか。

 ナダは自分だけのパーティーを時間をゆっくりとかけて作って、ここまで磨き上げたパーティーメンバーに全面の信頼を置かれる事が、こんなにも重たいのだろうか、と“初めて”実感していた。

 これまでのリーダーもそうだったのだろうか。

 ナダはこれまでこんな窮地に指示を出した事など無く、いつもパーティーのリーダーに従って、自分の持ち場で全力で戦うだけだった。彼らもこんな重圧の中で、色々な決断を下していたのかと思うと、なんとリーダーは重たい職業なのだろうかと改めて実感してしまう。

 リーダーを絶対にしたくないという冒険者も、今のナダには納得できた。


 だが、ナダは思わず笑ってしまった。

 こんなにも信頼されているパーティーメンバーに恵まれた事が、こんなにも嬉しいのかと。

 絶体絶命のピンチには変わらないのに、嬉しくて笑みがこぼれてしまったのである。

 彼らを死なせるわけにはいけない。

 だからと言って、ナダに浮かんだ作戦は一つしかなかった。それ以外の作戦などないのだ。頭があまり回らないと言ってもいい。

その選択をナダは大声で言った。


「――ダーゴンは俺が戦う。他の奴らはあいつを止めてくれ」


 ナダは自分の言葉を聞いて唖然とするパーティーメンバーを見ても、彼らの信頼に応えないと行けないと思うとやはり笑みしかこぼれなかった。

 そもそもナダはこれ以外の作戦が思い浮かぶほど、頭がよくなかったのである。

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― 新着の感想 ―
こんな時に新手があらわれなくても良いのにー! お話だとわかってても、もー!あー!!ってなります!!
[良い点] おもろかった [気になる点] 1話が短くなってる気がした
[一言] 更新楽しみにしてます
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