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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第六十九話 底Ⅵ

 ダーゴンの微かな血は水に混じりすぐに濃い赤から霧散して薄くなっていくが、それをかき消すように槍が振るわれた。水の力が纏われている槍だ。勿論、狙いは自身を切ったナダである。

 ナダはそれを剣で受けただけだった。躱すことも、受け流すこともしない。ただ、剣で受けただけだった。

 本来なら細かい水の刃がナダを襲うが、それはギフトで防いでくれる。

 ナダの目的は、ダーゴンの注目を奪う事だけだった。


 ダーゴンの固い背中に、ナナカとカテリーナの二人分の剣が当たる。だが、ダメージはない。それも込みで二人は攻撃したのだ。

 一瞬の隙を狙う事が目的だったのだ。

 自身を切りつけようとするダーゴンの槍の力がごくわずかな時間の間だけ緩んだ。

ナダにはその隙だけで十分だった。

 これまで多数の強力なモンスターと戦っており、一人ではぐれを倒すこともあった。その際にはたった一人でモンスターの隙を作り、その機会を見逃さず、殺してきた。

 そんなナダにとって、たった一瞬の隙があるだけでも十分だった。これまでと同じようにダーゴンの剣を真正面からぶつかり、力と力の押し引きをするのではなく、剣の軌道を変える。相手の槍に逆らおうとはせず、側面を撫でるようにして槍を躱す。

 そしてまたしてもダーゴンの腹部を切りつけた。


 それと共に、ダーゴンを中心に渦が発生されてナダはそれに巻き込まれるが、確かにダーゴンの怪我の具合を確認していた。

 腹部に新たに刻まれた傷を。

 ナダは満足したように渦に巻き込まれて下流へと流される。


 ダーゴンの周りから渦が消えたのと同時に、ラヴァのメンバーが二人も斬りかかっていた。

 オウロとハイスである。

 ハイスはアビリティを使っていない。今度はハイスがダーゴンの目の前から攻め、オウロが背後から攻める。息がぴったりな二人はほぼ同時にダーゴンへと斬りかかっていた。ダーゴンは水の流れによって二人の気配に気づいたのか、またしても上部へ逃げようとする。先ほどと同じ行動である。

 それを阻止するように、既に上空にはカテリーナがいた。

 彼女はダーゴンの動きを止めるように『閃光セントリカオ』を使って強い極光を出し、ダーゴンの目を潰す。さらに今度は先ほどとは違い、真正面から光線のように斬りかかる。きっとダーゴンにとっては光が見えたと同時に剣が自分を襲ってきたのだと勘違いするだろう。

 それは。カテリーナにとっては最強の一撃。おそらくは一撃だけに限れば、『ラヴァ』の中でも最も破壊力の持った攻撃である。特にこの一撃はカテリーナが一切の油断なく力を“貯める”暇さえあり、また度重なる戦闘によって精神が昂っているカテリーナにとっては、過去最強の一撃である。


 目が見えないながらも、ダーゴンはカテリーナの剣を黄金の槍で止めた。

 だが、これまでの誰とも違い、カテリーナの剣は確かにダーゴンをほんの少しだけ押した。それだけの威力があったのだ。

 だが、ダーゴンはすぐに体勢を立て直し、その勢いのままカテリーナに切られることはなく何とか持ちこたえた。


 カテリーナは自分の剣がダーゴンに届かない事に少しだけ残念そうに思うが、あとは仲間に任せばいいと楽観していた。

 その通り、オウロとハイスが互いに行違うようにダーゴンの腹部を切りつける。やっと二人も一撃を入れたのだ。

 二人は先ほどナダが受けた反撃を見ていたため、ダメージを与えてすぐにその場から離れた。

 確かに渦は発生しており、本来なら人を圧死させるほどの激しい渦が生まれていた。既にオウロとハイスは避難している。だが、カテリーナが巻き込まれているが、先ほどのナダと同様にシィナのギフトによってカテリーナは守られている。

 それにダーゴンも気づいているのか、より確実にカテリーナを殺そうと渦に巻き込まれて身動きの取れないカテリーナを槍で突き刺そうと狙っている。


 それを何とかしようとナナカが『鉛の根シュンボ・ハイス』を使い、ダーゴンの槍を持っている手を拘束しようとするが、その程度ではダーゴンの腕は止まらない。またナナカは槍を剣で止めようとするが、それでもダーゴンの腕は止まらない。

 ――だから、ナダが槍を大剣で強く弾いた。渦で飛ばされたナダは、この時には既に戦線に復帰していたのだ。

 ダーゴンはナダに突き刺そうとするが、動きが悪い。目がまだつぶれているからだろう。力は先ほどとあまり変わらないが、狙いがぶれている。ダーゴンの槍の隙間を縫ってナダは身を横にずらして躱し、先ほどオウロが付けた傷をより深くする。

 またナナカもナダの攻撃の下で、ダーゴンに新しく傷をつけており、その間にカテリーナは渦から脱出していた。

 それからナナカとナダはダーゴンからの攻撃から逃れるようにすぐに一定の距離を付こうと離れる。その後にダーゴンを中心に水の攻撃が放たれるが、既に『ラヴァ』の面々は回避している。


 そしてダーゴンの攻撃が止んだと同時に、今度はオウロとカテリーナが果敢に攻めていく。


 徐々に、徐々に、『ラヴァ』の攻撃はダーゴンに通じていた。

 不利な水中戦で、全員の息が整った攻撃により、少しずつだがダーゴンにダメージを与えている。

 七人とも共通の意識が生まれていた。

 このままダーゴンと戦っていれば、いつか自分たちは邪魔なダーゴンを倒し、迷宮の底へとたどり着くことが出来る。

 冒険者の誉れを得る事ができる、と。


 『ラヴァ』とダーゴンの攻防が進むたびに、一方的にダーゴンの傷が増えていく。

 簡単に言えば、圧倒していると言ってもいい。

 七人の実力は明らかにこの湖に住まうモンスター全てを超えていた。


 類まれなるはぐれを覗いて全てのモンスターの動きを止めるニレナ。

 六人の仲間の呼吸を繋ぎ、動きをサポートし、必殺のダーゴンの水の攻撃さえ防ぐシィナ。

 条件が合えばダーゴンの動きを限定的にも止めるアビリティを持つナナカ。

 ダーゴンの目を潰すアビリティを持ち、時にはダーゴンを押すほどの威力を持つ一撃を放てるカテリーナ。

 未だに当たってはいないが、きっと当たりさえすればダーゴンに致命傷を与えるアビリティを持ち、そうではなくても只の剣技だけでダーゴンに傷を与えるハイス。

 仲間との連携があれば、ダーゴンに度重なるダメージを与える事が出来るオウロ。

 そして、ダーゴンの槍を一人で躱し、傷を与える事が出来るナダ。


 この七人が入れば。

 特にそう強く思うのは、この中で三人いた。

 まずはマゴスの完全攻略を望んでいるナダ。

 次に深海の底を夢見ているオウロ。

 そしてダーゴンの撃破を望んでいるシィナである。


 だが――そんな風にうまく行っている時に最初に異変を感じたのは、ニレナだった。

 自身が使っているギフトに異変を感じる。これまではそんなことなかったのに。

 まるで自分のギフトを“食いちぎられている”ような気がする。

 それからすぐに異変の正体に気付いた。


 ――氷漬けにされているモンスターの集団から、“それ”は現れた。

 まるでダーゴンを傷つけられていることを怒ったからかもしれない。

 そのモンスターは、ダーゴンと比べると遥かに大きい胴体を持つ。ナダなど簡単に丸のみにすることが出来るだろう。


 また他の魚人とは大きく異なる特徴を持っている。

 それには胴体の上に無数の首の上に無数の顔がついていた。人間や同種族である魚人、地上では見ない大きな鳥、牙と角が生えた龍に似た何か、またそれら以外の恐ろしい怪物の頭部さえあった。中にはナダがポディエで見たアラニャという蜘蛛のモンスターに近い頭部さえあった。

 それらの頭部は全てが石でできており、全ての者が酷い苦痛を訴えたかのような表情で固まっている。


 また“それ”は完全に水中に特化した姿をしていた。大きな尾は一つであり、それをくねらせてダーゴンよりも遥かに速いスピードで進んでいる。

 手はなく、灰色の胴体に背びれや胸ひれがついているだけだった。

 “それ”は配下を一人も連れていなかったが、湖中を進むたびに周りに無数の渦を発生させ、その一つ一つが小さな魚人を巻き込み粉砕している。


 かのモンスターはまるでこの湖中の全てを破壊するかのように、『ラヴァ』の七人へと近づいてくる。


 まるで破壊者と言うに相応しいだろうか。

 それとも全てを排除しても、モンスターとして冒険者を排除しようとしているのだろうか。

 その姿は湖の王というよりも、最もモンスターらしいモンスターだった。

 迷宮に住まう怪物らしい姿だ。


 ナダはそのモンスターの事を聞いた事があった。

 このマゴスにおいてダーゴンと同じく、未だに討伐例がないはぐれの一つである。その目撃情報は殆どなかったので、注目する冒険者すらないに等しかったが、ナダはこのマゴス攻略を本気で目指していたためどんな小さい情報も頭の中に入れていた。

 そのモンスターの名前は――


「――ヒードラ」


 このマゴスにおいて、ダーゴンと同じく強力なはぐれだ。




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