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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第六十五話 底Ⅱ

 モンスターによって知能には大きな差がある。一般的に深い層にいるようなモンスター――つまり強いモンスター程高度な知能を有していると言われているが、実際はそう単純ではない。強くても頭の弱いモンスターもいれば、肉体的には弱くとも狡猾なモンスターもいる。

 ナダに襲ってきた鋭い牙を持つモンスターもおそらくは、強いが頭の弱いモンスターと言えるだろう。


 ナダは真っ正面から大口を開いてこちらを食おうとしている魚へと、強く大剣を振るう。魚の牙がナダに当たることはなく、滑らかに動く剣によって魚は真っ二つになった。

 斬られた事によってその魚は辺りに血をばらまいた。

 それにより、湖中にいた大量の魚の目がナダへと向く。その殆どが先ほどと同じく鋭い牙を持つ魚達である。だが、大きさはさまざまである。先ほどと同じ様な個体から、さらに大きな個体。また珍しいハンマーの形の頭をしたような魚もいれば、体がまだら模様の魚もいた。


 それらが血に飢えているかのようにナダへと一直線に向かってくる。ナダは彼らを目で見て、音を聞き、肌で感じる水の流れによってその全ての位置を把握する。

 最初に来るのは目の前から来る大きな魚だ。

 まるでナダを一口で飲み込もうかと思えるほど大きな魚だった。

 ナダは魚が自分を喰らおうとする瞬を見切り、横に移動する。そのまま横を通り過ぎる魚へと剣を横に置いた。ナダの剣は魚の口の端から尾びれまでを切った。

 それから右から来る魚を剣で斬り潰し、左から来る魚を剣で斬り潰す。地を這うように来る魚は上から突き刺し、魚が剣に刺さったままナダは迫りくる別の魚を切った。

 まるで渦が出来るほどの勢いで次々ナダはモンスターを殺していく。ナダの周りには死屍累々のモンスターがすぐに生まれるが、それでもナダは同じ場所に立ち止まることなく、足はまっすぐとピラミッドを目指していた。

 彼の進む道はレッドカーペットかのように、ナダの周りだけ青い海は赤く染まっていく。


 だが、ナダが赤くなるにつれて襲ってくる魚も増えていった。血の臭いに余計に引き寄せられたのだろう。

 ナダは自分より遥かに大きい魚に狙われている。その魚は地面をも砂をも吸い込む吸引力だ。

 ナダはその場からすぐに離れようとするが、今も別の魚が襲ってくる。別に襲ってくる魚はそれほど強いわけではないのだが、やはり身動きのとりにくい湖中だと逃げきることが出来ないため、結局は殺すしかない。ナダは大剣を振るって魚を殺している間に、大きな魚はナダを飲み込める位置にいた。

 雑魚を粗方殺したナダはすぐにその魚から逃げようとするが、自分の足では逃げきれない事を悟ると、大きい魚のピンク色のした口内を一瞬見てその中を身を投じるように地面を蹴った。


 ナダは大きい魚に喰われる。


「あっ――」


 ナダが斬った魚から出た血によって引き寄せられた魚達を対処している他のメンバーたちは、ナダのフォローに回れなかった。

 だが、ナナカは視界の端でナダを注目していた。

 だから食われたナダを見て思わず声を出してしまった。


 しかし、ナダを食った大きな魚の様子がおかしい事にすぐに気づいた。

 その魚は先ほどまで爆速で泳いでいたのに、食った直後から尾びれの動きが緩慢になり、白いおなかを上に見せるようになって少しずつ浮上していく。

 そして、魚のおなかから黒い刃が突き出た。その刃が腹を切り裂くように動き、中から真っ赤に染まったナダが現れた。

 どうやらナダはモンスターの体内に入って、殺したようだ。


 より赤く染まったナダはさらにモンスターを引き寄せる事となる。

 大きな魚の上に乗ったまま、ナダはモンスター達と戦う事を強いられた。上から、横から、前から、様々な方向から魚が襲ってくる。

 その中に一体として魚人はいなかった。

 ナダは剣で球を描くようにモンスターを斬っていった。

 だが、魚の上にずっといるので浮いて行くのだ。

 その魚の死骸を追ってついばむ小魚も現れ始めたが、彼らはナダを襲わない。動物的な本能で、絶対的な力量の差を理解しているのだろうか。


 それから頭上から降るように来るハンマーの形をした肉食の魚が、ナダを襲った。ナダは体を低くして牙から逃れ、下から振り上げて三日月を描くように剣を振るう。ハンマー状の魚は口から尾っぽまでを綺麗に二枚に捌かれた。

 赤い血が辺りに飛び散るが、中身まで見る魚上のモンスターはナダが昔に見た川魚とそう違いはなかった。白い骨、赤い身、赤黒い内臓。一つだけ違う点があるとすれば、地上の生物なら心臓がある場所に輝く緑色の玉だ。小型だが、魚の図体に対してはとても大きいものだった。カルヴァオンである。どれだけ姿が地上の生物と似ていても、やはりこの魚はモンスターだ。

 その事実に、ナダはより一層気を引き締めて襲ってくる魚を切っていく。


 だが、一つだけ、危惧している事がナダにはあった。

 せっかく底まで来たのに、このままだと水面まで上がることだ。

 だから今もなお多数の魚に狙われている状態でも、ナダはすぐに魚の上から飛び出した。

 無防備な水中でナダは大剣を振るっていく。それは地上で行っている地面に足がついている状態で行う剣術とは大きく違う。剣を振るえばその遠心力で体ごと車輪のように水中で一回転する。その角度を変える事は出来るが、切り上げや切り下げなどの違いはあまりない。ナダは上下左右に複雑に回りながら様々な方向から来る魚を切るために、必死になって体を動かすのだ。


 もうナダは、どこが天でどこがしたか分からなくなってくる。

 剣の重さによって少しずつ沈んでいく感覚はあるので、どこに底があるのか若干だけ把握しているぐらいだ。

 自由に身動きを取ることが出来ない水中でも、ナダは自分の身長に満たない魚を殺すことはそれほど苦ではない。


 だが、自分よりも遥かに大きい魚に関してはそうでもなかった。

 ナダの背後に自分を遥かに超える体長を持つ魚が、こちらを食わんとばかりに大口を広げている。

 ナダはばたばたと忙しく両手足を動かした。小さい頃に川で遊んだことのあるナダはもちろん泳ぐことが出来るが、只泳ぐだけでは水中で魚の機動力に人が勝つことは出来ない。

 このままだと大きな魚に喰われてしまう。

 先ほどは魚の喰うタイミングをずらすことで歯をうまいこと避ける事ができたが、この魚の口の中は無数に歯が奥まで生えており、入ればミンチになるのは避けられないだろう。

 ナダはなんとか体をばたばたと動かす。

 だが、少しだけ方向を変える事が出来ても、その方向に合わせて魚もこちらを喰らおうと向きを変える。


 ナダは剣の向きを変えて、大きな面を振るう事で推進力を得ようとも考えたが、そんな隙はこれまで同様襲ってくる魚達が許してくれない。


 ナダは焦る気持ちを抑えて冷静に魚達を切っている時に、ふと背中に“壁”を感じた。

 水中なので何もないはずなのに。

 ふと、ナダは下にいるシイナから視線を感じた。彼女はこちらに手を伸ばして口を大きく開けていた。


「使って――」


 その言葉はナダの耳には届かない。

 けれども口の動きからそう言っているのがナダには分かった。

 つまり、この“壁”はシィナがギフトで作り出したものなのだ。自分が動くための“地面”として。


 ナダはすぐにその壁に両足をつけて勢いよく――蹴った。

 その動きによって、ナダは大きな魚の頭上へと移動することが出来た。そのまままた両足を少しだけ移動させると、瞬時にシィナが壁を作ってくれた。ナダはそれを使って降り注ぐように大きな魚へと切りかかる。


 一撃だけではない。

 魚の側面を通り過ぎたかと思うと、すぐさま新たに作られた壁を蹴って反対側の側面へ。それを行った後は壁を蹴って頭側へ。すぐに尻尾側にも移動する。

 それから幾つか壁を蹴って、大きな魚を斬って満足したナダは地面へと降りた。


 僅か数十秒にも満たない時間であったが、ナダはもう三次元での動きをほぼ獲得していた。懸念材料があるとすれば、これは自分一人だけで行うことではないため、シィナとどれだけ呼吸を合わせるかが大切だという事。

 ナダは遠くにいるシィナと視線を交わす。

 もしかしたら今回の攻略の鍵は、これをいかに使いこなす事なのかも知れない。


 そうナダは考えていた。

 だが、数々のモンスターの死体の上に存在するナダに“一体のモンスター”が近づいていた。

 それはもしかしたら多数のモンスターを蹂躙するナダに怒ったからかもしれない。


 そのモンスターは、先ほどまでナダが戦っていた大きな魚と比べると随分と小さいモンスターだろう。ナダを丸のみするほどのサイズはない。


 特徴は他の魚人とよく似ている。

 そう大差はない。

 突出しているよどんだ両目、分厚くたるんだ唇、首の横についた大きなえらと、爬虫類のような見た目だ。


 二足歩行なのだろうが、水中ではその足を絡めるように纏めて一本の尾びれのように使って水中を進んでいる。手と指の間にはみずかきがあって、両手には鋭い爪が生えている。体は大きくて固い鮮やかな緑色の鱗に覆われている。


 そしてそのモンスターは自分が特別だと言う印とばかりに、黄金に光る三つ又の槍を持っていた。


 そのモンスターがナダに近づいてくると同時に、他の多くの魚人たちもナダへと泳いでくる。

 その中には湖外で殺した只の魚人、あるいはガラグゴも数多くいて、まだ見た事のない姿をした魚人も数多くいた。

 それらを引き連れているのが、黄金の三つ又の槍を持ったモンスターである。

 かのモンスターはまるで戦争を起こすがごとく、多数のモンスターを引き連れていた。


 まるで王だ。

 魚人の王だ。

 いや、この湖の王だと言ってもいいのかも知れない。


 ナダはそのモンスターをよく知っていた。

 その王をよく知っていた。


「――ダーゴン」


 シィナの、因縁のモンスターだ。

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