第六十四話 底
あけましておめでとうございます。
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ナダはダーゴンを睨むシィナの肩を掴むと、意外にも返ってきた言葉は冷静なものだった。
「……分かってる。ここで飛び出したりはしない。私はあれにはそもそも勝てないから」
それは冒険者としては正しい判断だった。
シィナはダーゴンに勝てない。それを彼女自身も強く認識していた。勝つためには仲間の力がいる。
だが、この場でダーゴンに挑むことに賛成する仲間はいない。特にリーダーであるナダが肩を止めて自分を止めた事から、今ダーゴンと戦いに行こうとしてもすぐに止められるだろう。
「“今回”は戦うつもりはないぞ――」
シィナの持つモンスターへの復讐心は、冒険者なら誰もが持つ感情の一つだろう。
“未だに仲間をモンスターに殺された事がない”ナダにとっても、似たような思いを抱えた経験を過去に持つ。だから彼女の気持ちは痛いほどよく分かるのだが、今回の冒険においてダーゴンと戦う予定はナダにはない。
――ナダの目的は、底の攻略だ。
迷宮の深奥に行き、アダマスと同じ道のりを歩くことである。
そこにダーゴンを倒すと言う目的はない。
だが、ナダはシィナの気持ちが分かるからこそ、こうも思うのだ。
自分の目的を達成した後、他の四大迷宮に潜る前にダーゴンを倒すと言う寄り道をしてもいいと。
そもそもシィナは自分の目的に心底協力してくれている。その為には少しぐらい彼女に報いてもいいとさえ思うのだ。
最も、この冒険の後に自分が生きていたらの話であるが。
「……分かっている。それも込みで私はパーティーに入った」
シィナが睨むダーゴンは、やがて海の彼方に消えて行った。
彼女の頭の中では、今後どうやってダーゴンを殺すかのみを考えてそれに向けて行動するのだろう。
「とりあえず、まだ下に向かうぞ――」
ナダの言葉通り、七人は下に向かう。
意外な事に、七人の冒険は順調だった。海草に身を隠れて下に進んでいくときに魚型のモンスターに見つかり、襲われる事はあったがその殆どをナダがククリナイフで対処していた。
モンスターにそれほど襲われることがなかったためだろうか。
だが、ナダ達は熟練の冒険者である。
そんな状況であっても焦って攻略することはなく、危険がほぼないからこそ休憩をいつも以上に長くとりながら下へと進むのだ。
ここから底の、より奥へ進もうとした時に、モンスターと戦う事がないとは言えないからである。いや、七人の誰もがガラグゴよりも恐ろしいモンスターと戦う事になることを想像しているからだ。
「ねえ、ナダ――」
底へと泳いでいる時にナナカが口を開いた。
小声である。
「何だよ?」
「あんたはさ、この先どんなモンスターと戦うと思うの?」
ナナカはこれから先の冒険に不安があるのか、震えた唇で言った。
「さあな。だが、ガラグゴよりは強いだろう」
ナダは遠くにいる数多のモンスターを見ながら言う。
彼らの多くは地上に進出することすら出来ない魚の形をしたモンスターである。大きなものから小さなものまで様々だが、その強さはよく分からない。ナダが何度も狩っている小さなモンスターは、地上の浅い層にいる魚人よりも明らかに弱いが、彼らの強さがこの湖の中で標準的な強さのモンスターとは考えられない。
「それってはぐれってこと?」
「そうかも知れないが、はぐれかどうかを決めるのは俺たちじゃねえだろ」
ナダの言う事は尤もだった。
はぐれとは、出現場所もしくは生息域から大きく外れた場所に現れたモンスター、もしくは通常のモンスターとは一線を画するモンスターの事を言うが、それを判断するのは冒険者ではなく、迷宮学者と呼ばれる専門の者達だ。
だからこれは例えばの話であるが、深く強いモンスターしかいない階層に浅い階層で出現すれば、そのモンスターもはぐれと呼ばれるのだ。
「確かにそうだけど、それは学者の話であって私たちの話じゃないでしょ? 私たちが言うはぐれとは強いモンスターのことよ」
だが、ナナカの言う通り、冒険者が言うはぐれとは単純に強いモンスターの事である。
俗に初心者狩りと言われる浅い階層に出現する深い階層の強いモンスター。
階層や場所に関係なく出現する特異な強いモンスター。
もしくは、軒並み外れた強さを持つモンスターである。
「それはダーゴンかそうではないか、って話か?」
ナダはちらりとシーナを見てから言った。
「そうとも言いたいところだけど、マゴスで出現するはぐれはそれだけじゃないでしょ?」
「……そうだな」
ナダは頷いた。
未だにマゴスで討伐されたことのないはぐれは他にもいて、現在四種類と言われている。
最も、影を見ただけで存在すら不確かなモンスターもいるので、四種類全てが存在するとは思えない、がナダの考えである。
その中の一つがダーゴンである
「あんたはそのどれと戦うと思うの?」
「考えても無駄だろうが。邪魔なものは全員殺すそれだけだろう? わざわざ仮想敵なんて考えねえよ」
「単純ね。なら、私は……シィナの為にダーゴンと戦う事を望むわ。あんたなら殺せるんでしょ?」
まるでシィナに花を持たせるようにナナカは言う。
「必要があればな――」
ナダは海の奥に消えたダーゴンの姿を想像しながら言う。
頭の中で考えているのは一つだった。
あのダーゴンはどれほどの強さか。どんな攻撃をするのか、どこが弱点なのか。どうすれば殺せるのか。
その曖昧な思考は徐々に具体的になっていく。
ラゴスティームのような特殊な技はあるのか、それともガラグゴのように肉弾戦だけなのか。体の大きさは目に見える範囲なのか。それともどこか一部が伸びるのか。刃はどこが通る? 体の節か、それとも目や口内のような生物なら当たり前の弱点か。もしくは龍の逆鱗のように体に弱点があるのか。
など、ナダは下へと潜りながら深く考え込んでいた。
それらは冒険者としてごく普通の思考であり、ナダが常日頃考えている事である。
それから七人が底に到着するまで困難は殆どなかったが、時間は多数かかった。
途中には仮眠を取り、休憩するほどの時間さえ七人は取った。
シィナのギフトが途中で切れる事はなかった。切れそうになるとシィナは新たに同じギフトを皆に施すのだ。またこのギフトはシィナが眠りに落ちたとしても効力がなくなる事はなかった。
そして、七人は海底に辿り着く。
さらさらとした白い砂が敷き詰められた地面が遥か彼方まで広がっていた。そして周りには大きな岩もあれば、色鮮やかな珊瑚もあり、そこらかしこに巨大で一種のモンスターのような海藻もあった。その岩や珊瑚などそれぞれに独自の生態系が広がっており、魚の種類も大きく違った。だが、岩などに隠れている魚はどれも小型だった。
目を細めて遠くを見てみると山のようなものまである。ナダは湖の中に山を模した風景を再現するなんて意味が分からないと思いながらも、あまり気にしない事にした。
「休憩が足りないやつはいるか?」
ナダは未だに海藻に隠れているラヴァのメンバーに確認のように聞いた。
この先に身を隠す岩場や海藻は確かにあるが、先にある緑がかったピラミッドを目指そうと思えば身を隠す場所がないところも多かった。
「必要ない――」
そう言ったのはカテリーナだった。
他のパーティーメンバーも同じように頷いていた。
「じゃあ、行くぜ――」
ナダはその返事が聞けたことに笑顔になりながら海藻から身を出した。
もちろんその手には陸黒龍之顎を持っている。下についたことで、ハイスから出してもらったのだ。
さらさらとした砂浜をじゃりっと踏む。
その振動に引き寄せられたのか、大きな魚のモンスターが襲ってきた青い目は点のように小さい。体の腹側が白く、上側は黒かった。
それは人よりも大きな体を持ち、鼻の先が尖っているのでまるで一本の槍のようだった。
だが、ナダに近づくにつれて、大きな口を広げると三角の鋭い歯が無数に生えている。その姿は圧倒的な捕食者であり、今にもナダに食らいつかんとしていた。
ナダはそのモンスターを迎え撃とうと、大剣を大きく振り上げた。
最後に襲ってきた魚のイメージはホオジロザメです。




