第十七話 ガーゴイルⅢ
昨日は更新をミスって、一日に三回も更新してしまった。
だけど日を空けるのは面倒なので、このまま更新しようと思う。
ナダとガーゴイルは逡巡すると、すぐに距離を詰めた。
両者はまっすぐ突きのように槍を伸ばす。お互いの槍が側面を掠り合って、それぞれの顔へと刃が到達しようとするが、ナダは首を捻って躱して、ガーゴイルは角で弾いた。
ガーゴイルはすぐに身体の向きを変えて、回転。尻尾を鞭のように振った。ナダはそれをしゃがんで躱し、下から偃月刀を跳ね上げる。
だが、上に高く跳躍したガーゴイルには浅い傷で終わって、上からグレイブが降ってきた。ナダはそれを後ろに飛んでまた躱すが、ガーゴイルはそれを予想していたのかグレイブを突き出す。ナダの胸当てにそれは見事当たるが、鎧の上を滑った。ナダにはダメージが殆どなかったが、留め金の壊れる嫌な音がした。
また一歩、ガーゴイルから逃げるように距離を取るナダの胸当ては、ジョイント部分が壊れて肩の装甲の一部がゆっくりと地面へと落ちていった。数々のガーゴイルの猛攻に留め金が先にイカれたのだ。ナダにそれを気にする余裕もなく、すぐにガーゴイルへと斬りかかった。
ナダは悩みが吹っ切れたおかげか、この戦いを冷静に観察し、思考できることができた。
だが、ガーゴイルと幾つも斬撃を交わらせながら、ナダはやはりこの戦いの分が悪いことを知った。
斬り合う度に、ガーゴイルの攻撃を避ける度に、身体には痛みが残って、鎧が傷つく。
ガーゴイルには勝つと誓った。
しかしその道は酷く険しいものだというのを実感させられる。
ナダは考えや覚悟は変わったが、戦闘力それ自体は変わっていない。急に腕力が強くなることもなければ、アビリティやギフトを手に入れたわけでもない。武器だって同じだ。
勝つには――アクセントがいる。
ナダが今いるのは、先へと続く道の近くだった。
するとガーゴイルは飛ぶように出てきて、先を塞ぐように立った。そしてガーゴイルはグレイブを構えたまま体当たりをしようとした。
ナダはそれを避けようとするが、もう一歩、ガーゴイルが踏み込んで、グレイブを回した。ナダは其れに反応して偃月刀で防ぐが、その上から潰されて飛ばされる。どうやらガーゴイルにとって、あの先は行かせたくないらしい。どうやらガーゴイルにも勝つ理由があるみたいだ。
尤も、ナダも負ける気は無かったが。
そんなことを考えたまま、ナダは数メートル吹っ飛んだ。
そこは偶然にも――入り口の隣にある壁だった。
ナダはガーゴイルへと視線をすぐに上げようとする時、視界の端に一人の冒険者が写った。
――イリスだ。
すぐに彼女は唇に笑みを浮かべた。
――手助け、いる?
ナダにはそんな声が聞こえた気がした。
懐かしくなった。アギヤにいた頃、それもまだイリスがリーダーだった頃の時代は、ナダは切り込み隊長か後衛で背後を守っていたのだが、度々数多くのモンスターに出くわしたことがある。その度にイリスはこちらの状況を見つけると、小さく響く声で先ほどのようなことを言うのだ。それだから、最早今では条件反射に近い形で、唇の動きだけでそれが再生された。
その時のナダの返事としては決まっている。
ナダは偃月刀を左手一本で持って、イリスの助太刀を断るように固く握った右の拳で左の胸の心臓部分を二回ほど強く叩いた。
ナダがアギヤにいた頃、よく使ったハンドサインだ。
その意味は、ここは俺に任せろ、とも、大丈夫、ともとれて、要するに助太刀不要。ここは独力で押し通るという意思表示。
イリスは笑みで返して、何も言わずに抜いていた細剣を鞘へと戻した。
そしてイリスはいつものようにゆっくりとその言葉を紡いだ。
「神よ、かの勇者に勝利という名の栄光を――」
ナダは余計なお世話と思いながらも、イリスのギフトを甘んじて受け取った。
尊敬する先輩が自分の勝利を確信してくれている。
それに優る安らぎは他にない。
そしてナダは腰のポーチなどを素早く外して身を軽くし――最後の猛虎丸を噛み砕いた。
◆◆◆
ナダとガーゴイルは、両者が同時に距離を詰めた。
そして青龍偃月刀とグレイブという二つの大槍で打ち合う。
ナダが真上から振り下ろすのを、ガーゴイルが下から掬い上げるように弾いて、ガーゴイルは体を回して尻尾を振り回すのを、ナダは偃月刀の柄で受け流すように防いで、二人の戦士は足を止めて戦い合う。
ナダも迷いが無くなったためか、それとも猛虎丸の底上げか、また先輩が見ているという重圧からか、もしくはイリスのギフトの効果か、ガーゴイルの数々の技と拮抗していた。
今、この場において、ナダとガーゴイルは種族の差はあれど、実力は拮抗していた。
そのため体重差があろうと、どちらかが一方的に打たれることはない。ガーゴイルのグレイブをナダが防ぎ、ナダの偃月刀をガーゴイルが防いでいる。
また、二人は回りながら、打ち合いながら、位置をまるで変えていく。
ナダが沢山の水晶の氷柱へと誘いこむように移動した。それらは少し前にガーゴイルがナダを殺すために落としたものである。それらは先が鋭いためか、床に刺さっている。二メートルほどの長さがあるため、少し身を屈めばナダの体程度なら隠せる。
ナダはそれらの間を縫うようにしてガーゴイルの視界から消えて、潜伏したまま、急に右から強襲した。
ガーゴイルはそれを受けるが、分厚い筋肉に阻まれて傷は浅い。すぐにナダの位置を特定したため、グレイブを大きく振り回した。氷柱など気にしない一撃だった。それは多くの水晶を破壊して、ナダへと迫る。
ナダはそれが氷柱の影で見えなかったため、腰に受けた。鎧のおかげで怪我はほぼない。だが衝撃はナダの身体に残って、丈夫な筈のサーコートはいとも容易く切り裂かれた。
ナダもそれからは氷柱に隠れることもなく、まるで氷柱を飴細工のように壊しながらガーゴイルへと攻撃していった。ガーゴイルもそれは同じだ。
ナダとガーゴイルは打ち合いながら、まるで水晶を飛沫のように周りへと飛び降らせる。二人が一度槍を降るごとに、水晶は簡単に破壊されて、まるでこの戦闘を祝福するかのように舞っていった。
その姿は美しく、まるで殺し合いには見えない。
ドブ臭いはずの二人の戦いは、まるで演舞のようであった。
だが、そんな戦闘は確実に二人の命を削っていく。
一撃ごとにナダの鎧は剥がれて、一撃ごとにガーゴイルの皮膚は切り裂かれて血が出る。
青龍偃月刀は頑丈だが数々の衝撃に耐え切れず軸が段々とずれてきており、グレイブも数々の荒いガーゴイルの使用に耐え切れず刃が欠けてきている。
終わりは近い。
殆ど鎧が剥がれて生身に近い形となったナダはそれを本能で感じ取っていた。
ガーゴイルも荒い鼻息がまるでそれを感じ取っているように聞こえる。
ナダは打ち合いから一旦離れて、落ちていた投げナイフをガーゴイルへと投げた。
ガーゴイルはそれを飛ぶように躱した。
ナダは切れる息を必死に整えて、向かってくるガーゴイルを待つ。
ガーゴイルは低空飛行でナダを一閃。ナダはそれを下へと押さえるように叩きつける。ガーゴイルはすぐに地面を足で蹴ってナダの槍を弾こうとするが、その時にはもうナダは横へと回りこんでいた。ナダは刃に近い部分を左手で持って、石突きに近い右手を引くようにしてガーゴイルの脇腹を攻撃。浅い。ガーゴイルの硬い筋肉に阻まれたそれは、決定打にはならない。ガーゴイルは自身に接近しているナダの腹部を蹴って退かせて、またグレイブの先を叩きつける。ナダはそれを防ぐが、今度はすぐに尾が飛んだ。ナダはそれを、身を固めるようにして受けるが、胸を強打されて肋骨が折れて肺を引っ掻く。血を吐いた。ナダは唇の端を赤くしながら、すぐに全体重をかけた偃月刀を沈めるように振って、ガーゴイルの左手首を切断した。黒い血が噴水のように飛び出た。ガーゴイルは大声を上げながらナダへと右手一本で、グレイブを振り回す。その中の斬撃の一つがナダの腹部を切り裂いて、また血が飛ぶが、内臓が出るまでは深くない。だが、そこをガーゴイルは蹄で前蹴りした。ナダの腹部は抉れて、傷がひどくなる。しかしナダも負けてはいない。それを受ける時に偃月刀を突き刺すようにして、ガーゴイルの攻撃を軽減していた。
ナダは急激に掠れる視界の中で、一つの言葉を思い出した。
――あんた、槍を使うつもりなら、大剣にはない突きをもっと活用しなさい。
ナダは血をまき散らしながら最後の力を振り絞る。
ガーゴイルから偃月刀を抜いた。
ガーゴイルは絶叫しながら縦横無尽にグレイブを振り回し始めた。最早、理性すら感じられなかった。
だが、圧倒的な暴力の前に、ナダは一歩も引かない。まるで小剣のように大槍を振るガーゴイルへと地を這うように迫り、脛斬り。だが、まだ浅い。すぐに上から石突きでガーゴイルに潰された。胸を押されたので、ナダはまた床に血を吐く。ガーゴイルが槍を退けて、踏み潰そうとする時にナダも転がるようにして避けた。
すぐに立ち上がったナダにガーゴイルの薙ぎ払いが襲った。
ナダはそれをもう躱しもしなかった。防ぎもしなかった。大量出血のせいで視界がぼやけ、体に奔る激痛のせいで思考が鈍り、それでも残ったのは胸に抱く大きな炎。莫大な熱量だけがナダを支配する。
ナダは絶叫しながら左手の中で槍を加速して、右手で石突きを押しながら全力で青龍偃月刀を――押し込んだ。
それはガーゴイルの首を貫くが、グレイブもナダへと当たる。勢いが留まることはない。それはナダの胸当てへと当たって、体を遠くの壁まで吹っ飛ばした。ナダは壁に叩きつけられた衝動でもう起き上がることもできない。どうやら頭を打ったらしい。頭部からは血が垂れ出て、腹部から血が止まる様子もない。また息をする度に咳き込む口からも血は流れ出る。
その時には既にナダの手から偃月刀は離れて、ガーゴイルに刺さったままだ。
ガーゴイルは両手で首を押さえて、そのまま暴れ狂う。
その咆哮はその部屋内を揺らし、荒ぶっているガーゴイルは周りに落ちている水晶やまだ形を保っている氷柱を砕くように部屋内を駆け巡ると、やがて徐々にその動きを弱めていって、数秒後にはその動きを止めた。
すると、ガーゴイルは石に戻って、ぼろぼろと形を保てずに壊れた石像のように崩れだした。偃月刀もそれによって抜かれて、地面にあっさり転がる。
ナダはその様子を半死半生で見つめながら、ガーゴイルの頭部と目があった。その瞳は今もなお赤く光っている。
水晶の欠片が舞い散る中で、ナダは朦朧とした意識の中で――目の前の輝いている瞳をずっと見つめていた。