第六十二話 湖中
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ナダはしょっぱい水を大量に飲みながらごぼごぼと音を立てる。
水で肺を満たすと息苦しさはなくなり、魚のように水中でも呼吸することが出来るのだ。これが水のギフトの力である。
ナダは慣れた様子で水中の中で目を見開くと、透明の水の中に色とりどりの魚人たちが泳いでいるのが見えた。それだけではない船のように大きなタコのような生物が水中に漂っていたり、クラゲのようなものが浮かんでいたり、大きな粒が沢山ついた海草が揺れている。
ナダが見た光景は“あの日”と同じだ。
マゴス内にあるもう一つの世界であり、そこは暗い迷宮内とは思えないほどキラキラとしていて明るかった。
水中はところどころにキラキラと粒子が舞い、緑色の海藻たちは艶やかに光っている。魚人だけではなく大量の魚も存在し、彼らは群れとなりながら水中を進んでいる。
それはナダがかつて地上で見た海中よりも不可思議であり、他の迷宮内と同じく地上の常識が通じない場所だった。
彼らの多くはナダに見向きもしない。興味がないのだろう。彼らは彼らで生活しており、戦いを繰り広げている。魚人たちは魚を狩り、また魚人を頭から食べる魚もいる。
船のようなタコはより大きなクジラのような生物に巻き付き、両者は壮絶な戦いを繰り広げている。以前に水中に潜った時には見ない生物だった。ナダはふと、二体をモンスターと言えばいいのか、それとも単なる魚と言えばいいのか分からなくなったが、そんな事に頭を使っている暇はなかった。
――見つかったからだ。
最初に水面近くにいるナダは、一体の魚人に見つかった。トライデントと呼ばれる三つ又の槍を持った魚人だった。彼はナダを見て、最初は戸惑っているようだった。魚人たちに連れられていないからだろうか。だが、ナダの足を見つめてヒレがないことが分かると、にたあ、と気持ちの悪い笑顔を浮かべて体をしならせた。
鈍重な地上とは違い、その魚人は槍を前に出しながらとてつもないスピードで突進してくる。まるでだ。水を斬り裂きながら真っすぐこちらへと向かってくる。ナダはそれから逃げるつもりなどなかった。
もとより、ナダは人だ。水の中で動くようには出来ていない。水のギフトの加護があっても、だ。
水のギフトの加護の効果は二つある。一つは水中での呼吸、もう一つが水の抵抗を減らす事だ。だが、抵抗が減っても水中に地面はない。足を踏ん張る場所などない。
だからナダは剣を大きく構えたまま待った。
好機は一瞬。それを掴むようにナダは両手で剣を強く握り、迫ってきた魚人目がけて神速で大剣を真っすぐ下へと振るう。だが、それはナダの普段使っている唐竹割りとは言えないだろう。足の踏ん張りがないので、ナダは車輪のように回った。
ナダの背中を引き絞った剣は魚人の槍よりも早かった。一瞬で魚人を八つ裂きにして、透明な海がナダの前だけ赤く染まった。
その血の臭いを嗅ぎつけたのだろうか。
別のモンスター、それも鼻の先に鋭い角を生やした魚だった。それは明らかに魚人ではなく、腕も足もない。代わりに持っているのはヒレだ。彼は獰猛な形相をしながら明らかにナダを狙ってきている。
ナダはその魚をぎりぎりまで引きつけてから横に避ける。体を大きく躍動させて全身で水をかくように。
だが、どうやら狙いはナダではなかったようだ。
死んでいった魚人目がけて大きな魚達が食らいついていく。瞬く間に魚人の四肢が無くなっていく。そして骨が露わになって、胸元にある大きなカルヴァオンをまた別の鋭い歯を持った魚が大口で食らった。
あっという間の出来事だった。
ナダはそれを遠くからあっけにとられた表情で見ていた。
どうやらこの湖中では独自の生態系が作られているらしい。迷宮内では珍しい光景だった。
モンスターがモンスターを襲うなど。
『ミラ』では度々みられる姿だが、他の迷宮ではほぼない。それは『ポディエ』であっても『トロ』であっても変わりはない。
『マゴス』であってもモンスターは人を襲うばかりでモンスターを襲う事は確認されなかった。
それなのに湖中ではそれが嘘かのようにモンスターがモンスターを襲っている。それだけではなく、モンスターの種類も数も、湖中の方がはるかに上だ。まるで全く別の迷宮に入った気分だった。
ナダは別の魚人には見つからないように大きな海草へ身を隠した。どうやら底から伸びている海草のようで、無数の主軸と葉が複雑に絡み合っている。葉一枚の大きさはナダの身長をも超えるほどだった。クリアブルーの水中では艶やかな緑色で光沢があり、ナダと同じように身を隠している小さな赤い魚も大勢いた。
そして仲間たちが湖へ入って来るのを待って、すぐにこの海草の元へと案内する。最初に湖に入ったナダが身を隠せる場所を探すのも仕事の一つだった。
仲間は魚人からの洗礼は受けなかった。ナダのおかげである。
七人は身長を超える海草で完全に身を隠した。
「これが深海か――」
オウロは水の中であぐらを組んでぷかぷかと浮きながら感慨深い事を言った。
七人は水の加護のおかげで、水中でも会話も出来るようになった。だが、大きな声で話すわけにはいかない。魚人たちに聞かれて襲われるわけにはいかないからだ。
「私の氷のギフトは発動しますわ。足場になれそうですわね。的確なサポートをするにはまだまだ練習が必要ですけど」
ニレナは水中に潜ってすぐ自分のギフトを確かめていた。
どうやらここでも問題なく発動するらしい。
したり顔を浮かべているのはきっと、地上よりも簡単にギフトが発動するからだろう。その証拠にニレナは右手の上に複雑な氷の結晶を浮かべて、それを握りつぶしてギフトの調子を確かめるように今度は魚人の彫刻を作った。
「私も……同じことができる。同じく慣れが必要だけど」
シィナは水をソファーの形に固めて座っていた。
だが、彼女の傍には水で作ったうさぎが跳ねて、猫が転がり、小鳥が飛んでいる様子を見るとどうやらここはシィナの庭らしい。
こんな複雑な動物を作っていたのをナダは見た事はないが、どうやらここだと簡単に作れるようだ。
「初めてくる場所だが、ここは過酷な環境だ――」
カテリーナは頭を下にしながら足を崩していた。
地面がない水中において、上も下もない。自由だった。だから七人とも思い思いの角度で過ごしている。ナダも体を伸ばしてくつろいではいるが、頭の場所がカテリーナやオウロとは違い、斜め上に伸びていた。
「だからこそ休憩が必要だね――」
既にアジェドと呼ばれる黄緑色の果実を食べているハイスは、むしゃむしゃと口を大きく動かす。
先ほどの戦闘において大きく体力を消耗したハイスは、今の自分に一番必要なものは休息だと理解しているのだ。
「その通りだな。とりあえずできるだけここで休憩を取る。先ほどのガラグゴ狩りで疲れただろう?」
ナダはハイスから受け取ったアジェドを大きな口でかじり、酸っぱそうな顔をする。
味が酷く酸っぱいのだ。顔が歪むほど酸っぱいのだ。
やはり何度食べてもこの味は慣れないとナダは顔をしかめていた。
ナダ達が身を隠している海草は、でっかいわかめだと思って頂けると幸いです。




