第六十話 マゴスⅥ
カテリーナの目の前で繰り広げられているガラグゴとの戦闘は、苛烈さを増していく。
徐々にスピードが速くなる
そもそも強力なはぐれ相手に、たった二人の冒険者で足止めをすると言うのが無茶なのだ。それを成している一因としては、ニレナとシィナのギフトが今もガラグゴの足元から絡みつき、動きを止めようとしているのもあるだろう。それとナナカのアビリティが相乗効果を生み、通常のガラグゴよりも大きく力を制限しているのだ。
だが、カテリーナのこれまでに所属していたパーティーでは、フルメンバーで戦ったとしても倒せるかどうか分からないモンスターなのがガラグゴだ。それをたったの三人で倒せなんて無茶がすぎる。最もそんなカテリーナから見れば、一人でこのガラグゴを倒そうとするナダとオウロが化け物なのだが。
カテリーナは平凡な冒険者だ。
だからはぐれを目の前にして足が止まるのは当然だった。
それなのに、目の前で戦っているナナカとハイスの二人が必死になって戦っている姿を見ても、思う事はただ一つ。
二人が特別な人間であるという事だけだった。
だが、本当にそうなのだろうか、という疑問をカテリーナは抱いていた。
それは一週間ほど前に行ったナナカとの会話の事だった。
右手で柄を持ち、左手で鞘を支え、今にも斬りかかりそうな姿勢でいながらも、ベッドの上で夜中に行った会話を鮮明にカテリーナは思い出していた。
「ねえ、才能って何だと思う?」
そう言ったのはナナカだった。
ふとした世間話をしていた最中に、ナナカが唐突もなく言ったのだ。
「ナナカのような者達だ――」
その時のカテリーナが告げたのは本心だった。
私以外の『ラヴァ』のメンバーとも、言いたげな言葉だった。
「私に才能があるって? そう言っているの?」
ナナカは鼻で笑うように言った。
「ああ、そうだが――」
カテリーナはすぐに頷いて見せた。
「確かに私も才能があると思っていた時期はあったわ。学園に入ってからすぐにアビリティに覚醒したし、剣の腕も悪くなかった。だって、学園でも上位だったもの。いいパーティーに所属していたし、アギヤにも勧誘された。調子に乗っていたと言ってもいいわ」
「そんな事があったら私でも調子に乗るさ」
カテリーナにはなかった人生だ。
注目されることはあったが、ナナカのようにより上のパーティーからスカウトされることはなかった。
「こう言っちゃなんだけど、アギヤに所属した時の私はオウロと同じぐらいの実力があるって言われていたの。オウロとは同級生だったしね。今では差がついちゃったけど、オウロと才能を比べればそう大差ないわ」
「それは凄いな――」
カテリーナは心からナナカを賞賛した。
はぐれを一人で倒したオウロと同じ才能と言うのは、冒険者として羨ましい限りである。
「でも――上には上がいた」
ナナカは語る。
自身とオウロは学年でも最上の才能の持ち主であり、ゆくゆくはラルヴァ学園を率いていくと評価される事もあったし、事実としてオウロは最高学年の八年生の時にはトップの冒険者として踊り立った。
だが、当時のナナカが所属した当時のアギヤには規格外の冒険者が“二人”いた。
それが――ナダとレアオンである。
ナダはアビリティを持たず、レアオンはアビリティを持っていたが直接戦闘に関わるようなものではなかった。
二人は戦いに関するアビリティを持たず、単純な力と技だけで当時の黄金時代と呼ばれた先輩と並び立った。
その中の一人であるイリスとは、アギヤにいた時から単純な戦闘力のみでは並び立った。いや、ナナカの知る限りでは、超えていたと言ってもいい。普通のモンスターからはぐれを殺す実力まで、二人はイリスを超えていた。同じパーティーに所属していたからこそ、ナナカにはそれが悔しいほどよく分かった。当時でさえそうなのだ。二人が学園から消えた頃は、確実に三人の先輩を超えていたと言えるだろう。
だから当時のアギヤは数あるパーティーの中でトップになったのだ。イリスが抜けてからもトップだったのは、ナダとレアオンの二人がいたからだ。
ナナカはイリス達の世代を除くと、自分たちの世代の粒ぞろいだったと思っている。自分やオウロ、アメイシャ、ケイン、クーリなど才能のある冒険者は大勢いた。彼らの多くが卒業後、すぐに輝かしい功績を取っていると耳にしている。それぐらいの実力は当然ながらあったのだ。
何故ならイリス達が卒業した後、学園は熾烈なトップ争いをしていたのだ。そこで勝ったのはオウロのパーティーであるが、他のパーティーとも差は殆どなかった。ナナカが作ったパーティーも卒業時には五位という結果だったが、きっと実力ではやはり他の冒険者とあまり変わらないのだろう、と思っている。
「だからね、カテリーナ。きっと私たちに差なんてないわ」
ナナカは弱く言った。
「どういう意味だ?」
「あなたは私やオウロ、もしくはニレナさんに才能があると思っているのかも知れないけど、実のところそれほど大きな差はないと思っている。私だって、カテリーナさんが持っているもので羨ましいと思う事は沢山あるわ」
「それは光栄なばかりだ」
「他の先輩だってそう、学園にいた頃は憧れの先輩は私の手が届かないぐらい遠い所にいると思っていたけど、実はそうではなかった。別世界にいたのはあの二人ぐらいよ――」
「……」
「だからカテリーナさん、あなたは卑下することはないと思う。私達にだって、そう差はないと思う――」
それはナナカからの慰めだったのだろう。
たぐいまれな冒険者が集まった『ラヴァ』の連携を合わせる深層への冒険の中で、カテリーナだけがいつも精神と肉体がぎりぎりの状態で戦っていたから気にかけられたのだと思う。
あの時は毎日の冒険をこなすのが必死で、ナナカの言葉がうまく頭に入らなかったカテリーナだったが、今にして思うと自分を気遣った発言だったのだろう。ナダはそんな事を気にしなさそうなので、今にしてみるとニレナの指示だったのかも知れないとカテリーナは思っている。
ナナカが言いたいことは、きっと簡単な事なのだ。
自分がどれだけ劣等感を抱えていようと、自分たちは同じ冒険者であり、環境や運の違いによってたまたまこうなっただけで大した違いはないのだと。
カテリーナは必死に戦っているナナカとハイスの姿を見て、その顔は確かに自分と同じ才無き者だと思った。
随分と昔にナダがガラグゴを倒す姿を見たが、あれと同じことは一生自分にはできない。そう確かな差を感じ取った。だが、ガラグゴ相手に必死になって戦う二人の姿は、自分でも真似できるのではないか、という気持ちになってくる。
しかし、カテリーナがすることは変わらない。
剣を持ち、待つことだけ。
ガラグゴの徹底的な隙を待つだけだ。
今までにも隙はあったのかも知れないし、もしかしたらなかったのかも知れない。
だが、待っている間に様々な疑問や悩みが生まれて、こうやって消えていくのだ。
既に足の震えはなくなっている。
理由は分かっている。目の前で戦っている二人の冒険者としての姿勢に感化されたのだ。彼のように、彼女のようになりたい。二人とそう変わりはないのなら、冒険者として輝いていなかった私だって同じようになれるはずだ、という勇気から体の震えが収まったのである。
それから暫く経った。
体感時間にしてはとても長い時間だったが、実際の時間は一瞬だろう。そんな時に、ガラグゴの体の動きが止まった。これまでに幾度となく足首に浴びせたナナカとハイスの剣技が実を結んだのだ。
「行くぞっ――」
カテリーナは大きな声を出した。
それは始まりの合図。
二人はガラグゴから大きく距離を取って、目を固く瞑った。
カテリーナは剣に力を込める。
彼女はハイスなどの冒険者とは違い、アビリティを鍛えてはいたが成長などはしなかった。彼女の『閃光』に出来る事と言えば、眩い光と共に光線のように一瞬で敵を切るだけだ。
カテリーナのアビリティに出来る事はそれだけだが、別の使い方も出来る。
構えた剣の刃を鞘から少しだけ抜いて見せる。
そして、眩い光を出した。カテリーナは正面にいたので、ガラグゴはまともにまばゆい光を見てしまった。ガラグゴは思わず目を瞑ってしまう。カテリーナはその隙に剣をもう一度鞘へと全て入れて、真正面に駆け抜ける。
ガラグゴは目が潰れて辺りが見まわせないので、緩慢な拳をそこらに振るうが自分へと向いていない拳を避ける事など簡単だ。
カテリーナはガラグゴの顔の前に飛び上がる。
全ての力を込めた二度目の『閃光』を使う。
カテリーナの剣が煌めく。眩い光が納まる頃には剣は既に振り切っており、カテリーナも重力に従って地面へと落ちていた。
カテリーナが水の張った床へと、ぴちゃん、と音を立てながら着地する。
ガラグゴの動きは既に止まっていた。
剣を鞘にしまったカテリーナがナナカとハイスの無事を確認するかのように目をきょろきょろとした頃に、ガラグゴの首が落下する。
カテリーナの胸に、ガラグゴを殺した達成感など殆どなかった。
今、彼女が抱いているのは仲間の安否と次の冒険への期待、まだ誰も見た事のない新世界へ自分が踏み込むと言う興奮だ。
そして、仲間の二人が“無傷”でいた事が分かると、カテリーナは左腕で小さく拳を作って勝利を味わった。




