第五十八話 マゴスⅣ
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オウロも三体の内の一体のガラグゴと相対していた。
持つ武器は黒い大太刀である。
度重なるソロでの冒険において、オウロはかつての黒騎士たちと同じ選択肢を選んだ。より大きな武器を、より重たく、より刃が分厚く、決して折れない武器を求めたのである。
オウロはガラグゴを見ながら心に暗い炎が宿っているのを感じている。
奴だ。
奴に仲間を殺されたのだ。
オウロが目の前のガラグゴを深く観察すると、足の甲に深い傷跡が残っているのが分かった。未だに忘れる事が出来ない記憶の中にある『へスピラサオン』のフィリペの斧の傷と一致する。
オウロは体に力が入るのを感じた。
かつて、夢の為に集めた仲間を殺された要因となるモンスターの一体が目の前にいるのだ。
殺意が高まるのは当然の事だった。
『へスピラサオン』のロドリゲス以外のメンバーは、オウロにとってはここ数か月で仲間になった。それも義理や情ではなく、能力と契約によって仲間になったビジネスライクな関係である。
彼らにオウロはそこまでの情はなかった。長い年月過ごしたわけでも、特別な関係でもないのだ。当然ともいえるかも知れない。
だが、一度は彼らのリーダーになった。
本来、リーダーとはパーティーメンバーの安全を守り、利益を与えるものだ。それなのにオウロは彼らに何の利益も与える事が出来ず、死だけを与えてしまったのだ。
リーダーとして最も酷い所業である。
オウロは彼らに下げる頭しか持っていないが、もう死んでしまった彼らに与えられるものなど持っていない。教会で懺悔はした。遺族に金も送った。だが、そんな事は彼らにとって何の慰めにもなりやしない。
もし自分が彼らの立場だったら、とオウロは考えたら望む事は一つだろう。
復讐を。
命を奪ったものに死の鉄槌を。
自分ならばそれを望む。
残る二体のガラグゴがあの時のガラグゴと一緒かどうかはオウロには分からない。だが、心配などしていない。今の自分には信頼できる仲間がいる。その中の一人は絶対に一人でガラグゴを倒すと信じている。もう一体のガラグゴだってきっと他の仲間が倒してくれるはずだ。
だから自分はこれを倒さなければならない。
死んでいった仲間の為の。
今いる仲間の為に。
そして何より、自分の為に。
あの日の雪辱をはらすために。
オウロはそんな思いを抱えながらどれだけ剣に力を込めようと、決して自身の持つ『蛮族の毒』を使いはしない。
これはオウロが最近気づいた事だが、真に剣へ集中しようと思えばアビリティの使用は邪魔だという事だ。
アビリティを使えば、頭のどこかを使う事になる。もちろん訓練すればするほどアビリティは息をするように使えるようになるが、それでも頭のどこかを使うのに変わりはしない。
それは剣においては雑味であり、邪魔と言う事に他ならない。
他のアビリティなら話は変わるかも知れないが、オウロのアビリティは遅効性だ。効くのに時間がかかる。強大な敵を仲間と共に時間をかけて倒すのなら非常に強力だが、一人だとその時間の長さが逆に命取りになる事が多かった。
だからオウロはアビリティを使わない。
使わなくても倒せるぐらいの力はある。
筋力も、技術も。持っている剣も。
はぐれでさえも倒せるとオウロは思っていた。
だからオウロは上段に構えた剣を、ガラグゴに向けて真っすぐ下へと振り下ろした。
こちらへと振り下ろすガラグゴの拳を、すれ違うように避けながら。
オウロの剣は紙一重。ガラグゴの鱗を撫でるように斬り裂く。もう一歩近づけば、迫りくるもう一方のガラグゴの拳を避けることができなかっただろう。オウロは剣を振るうと同時に、横へと足を滑らす。ガラグゴの拳から身を逃がす。
オウロとガラグゴの攻防はそれから何度も続いた。
ガラグゴの攻撃が髪の毛一つほどの距離を保ちながらオウロの体の横を通り過ぎていき、ガラグゴの体にはダメージにもならないような傷がオウロの剣でつく。似たような戦況がずっと続く。一度として、同じ状況ではないが、細かい駆け引きが続くのだ。
どちらも一歩も退かぬ攻防である。
もう一歩踏み込めばガラグゴに致命的な一撃を与えられる事が分かっていても、オウロはその一歩を踏み出せなかった。
ガラグゴの攻撃は酷く単純だが強力である。一撃でもまともに当たれば瀕死の状態になるだろう。そのリスクを考えると、オウロは無理やり距離を詰めてガラグゴに迫るわけにはいかない。
パーティーメンバーがいれば、誰かが注意を惹きつけてくれる。隙を作ってくれる。そこで攻撃力ある誰かが致命傷を与えて、畳みかけるように仲間の皆で攻撃すれば勝てる。
ガラグゴ程度のはぐれならきっとそうだ。
だが、そんな心強い仲間は、この戦いに手を貸してくれない。
一人でこのはぐれを倒すしかない。
前に一人ではぐれを倒した時の最初の一撃は、相手の攻撃を受けるリスクを考えた上で攻撃し、反撃を食らった。
それでも相手の攻撃に食らいつき、命が危ぶまれる状況でなんとかはぐれを殺したのだ。もちろんその後にまともな冒険を続けられるような体ではなかった。
今回の冒険では、そんな戦いをするわけにはいかない。
この先にも、数多くのモンスターを殺さなければいけない。
ここで怪我を負うわけにはいかないのだ。
だからオウロは攻めあぐねている。
あの時には取れたはずのリスクが、この場では取れないのだ。
オウロはガラグゴと駆け引きを続けながら、ナダとの会話を思い出す。
この日の為に、ナダにどうやってガラグゴを一人で無傷で倒したのか聞いた事があるのだ。
その時に彼はこう言った。
「相手の攻撃を見極めて、隙をついて武器を振るう。その時に全力だったら殺せただけさ――」
と簡単に言って見せた。
オウロはその時唖然としたが、ナダにはそれ以上何も聞かなかった。
その時、オウロはナダの事を思い返したのだ。
オウロが思うに、ナダはモンスターを殺す、その一点においては天賦の才を持つ。
アビリティは持っていない。ギフトもない。
だが、それ以外の才能においては、ラルヴァ学園でも至上のものを持っていた。
誰よりも大きい体。一般の冒険者よりも強い膂力、大きな武器をずっと振るえる体力。技こそ学園で覚えたものだが、入ってから覚えたにしてはキレがいい。それに広い視野、高い動体視力、反応速度などあらゆる能力が冒険者の中でも最上位だ。
そして、オウロが何度か共に冒険をした感想としては、何よりもモンスターを殺す嗅覚が凄いと思っている。初めて会ったモンスターであっても隙を見つける能力が高く、どんな状況でも活路を見つける。初めて会ったモンスターでも、すぐに戦うのに慣れる事が出来るのだ。その上で、どんなモンスターも殺してきた。
それは冒険者として、最も必要な能力の一つである。
またナダの強さはそれだけではない。
彼が最も強い才能は、その折れない心だ。例えアビリティやギフトがなくても、強いモンスターに出会っても、どんな状況に出くわしても、ナダが諦める所をオウロは見た事がなかった。
オウロには、ナダのような才能がない。
そもそもモンスターを殺すという一点において、彼の右に出る冒険者はラルヴァ学園にはいなかった。
それは、ナダが生まれて初めて迷宮に潜った時に知った事なのだ。
ナダが初めて迷宮に潜った時は、オウロも同級生として一緒に初めての迷宮探索を行った。
同級生たちが初めて見るモンスター相手に怯えているところに、ナダは怯える様子もなく皆の前に立った。それも支給されたぼろぼろの剣で。もちろんモンスターに当たった剣は簡単に折れて、ナダの武器はなくなった。
だが、ナダはそこで怯える事もなく、近くにあった石を手に取ってモンスターへと殴りかかった。何度かの攻撃を食らっても、そのまま殴り殺したのである。
それがナダの強さなのだ。
オウロの知っている彼の強さ。それは時が経つ毎に磨きがかかり、今ではトップ冒険者の中でも頭が一つ飛び出ている。
オウロはナダのようになれるとは思っていない。
あんな才能はない。
あるとすれば、ナダよりも長い訓練を行ってきたと言う自負だけだろう。オウロは幼き頃より訓練をしてきた、その事実のみが彼を支えている。それでもナダに勝てるとは思わない。
だが、ナダに負けているとしても、オウロはガラグゴに負けているとは思わなかった。
ナダにはない積み重ねが、オウロに力を与えるのだ。
オウロはこのままでは勝てないと思ったからこそ、この日の為に用意してきたものを腰のポーチから取り出した。それは苦無と、輪状になっている後部に張り付けられた細い糸だ。
オウロはそれを幾つもガラグゴに向かって投げた。
だが、それはガラグゴの肌を直接狙ったものではない。
ガラグゴの横を通り過ぎて行った。
それが一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。どの苦無にも糸が張り付けられており、目に見えないほど細い。
苦無はガラグゴに一つも当たらないが、確実に糸はガラグゴの足に絡まっていく。
これがオウロの用意した秘策だった。
糸はミラに存在するモンスターである『フィオニャ』と呼ばれる蜘蛛によく似たモンスターが排出するもので、その強靭さは地上にあるどんな糸よりも上だ。冒険者の使う鎧を繋ぎ合わせるのにもよく使われている。
そんな糸が、ガラグゴの足に絡まった。
延々とガラグゴの動きを止めるなんて、オウロはそんな野暮な考えは抱いていない。
一瞬だけ、動きが止まればいい。
今の自分にはそれだけで十分だ。
大股でこちらへと近づいてくるガラグゴの足が、もう一方の足と絡まっている糸によって一瞬だけ止まる。体勢がぐらつく。だが、即座にガラグゴが腰を落として足に強く力を入れた事によって、オウロの用意した糸はすぐに引きちぎられた。
だが、オウロは既に自分の剣が届く範囲まで、ガラグゴへと近づいていた。
いつからだろうか。
体に熱を感じるのは。
あの白いガラグゴを倒してからは特に強く体を巡っているように思える。そしてこれが自分に力を与えてくれる。
オウロはこれまでより強い力を感じながらも、決してそれに振り回されることはなく体に染み込んだ剣で大太刀を振るった。
狙いは軸足の膝関節の鱗の隙間。ガラグゴから鮮血が飛び出る。だが、浅い。骨までは斬る事ができなかった。肉だけだ。
糸を引きちぎったガラグゴが拳を握って攻撃しようとするが、もはやオウロにとってそれらの拳は止まったかのように遅い。オウロの付けた傷によって膝に力が入らず、これまでと同じような力が入らないのだ。
また簡単に避けられる理由はそれだけではない。オウロは負けたあの日から、ガラグゴの動きは何度も頭の中で振り返ったのだ。次は勝てるように、次は殺せるようにと。だからこの程度躱せないといけない。同じモンスターに二度もやられているようでは、一流の冒険者とは言えないのだから。
オウロはそれからもガラグゴへ、剣を幾つも振るった。まずは足を重点的に攻撃し、動きがより遅くなれば、次にこちらへと攻撃してくる腕を。確かなオウロの剣は確実にガラグゴの命を削っていく。
無数の傷をガラグゴに作り、それでもタフなガラグゴは死ぬことはなかったが、徐々に動きに繊細さがなくなる。
ガラグゴは雄たけびを上げた。
だが、その程度で怯えるオウロではない。
必死の形相になってガラグゴはオウロを殺そうとするが、オウロはまるで作業のように淡々とガラグゴの攻撃を見切り、少しずつ剣で傷を付けて行く。
オウロが三十を超えるほど剣を振るった時だろうか。
遂にガラグゴの片膝が落ち、それから十も剣を振るわないうちにもう一方の膝が落ちた。そうして逃げ出すことのなくなったガラグゴを中心にオウロは回るように傷を与えていく。
そして最後に――無抵抗のガラグゴの首を刈り取った。




