第五十六話 マゴスⅡ
マゴスに入ると、ナダが先頭に立った。
それからオウロ、カテリーナが続き、ニレナ、シィナが横に並ぶ。その後ろにハイス、ナナカという編成だった。
マゴス内での七人での攻略は、ここ一か月の間に何度も繰り返した。
どういった編成が効率がいいのか、また安全なのか。様々な編成を試した。ギフト使いの位置、一番前に立つ冒険者は誰か、そして殿は誰なのか。誰がメインになって、誰がサブに回るのかなどの組み合わせを数多く考えた。
湖のほとりに辿り着く前に出来るだけ体力などの消費を抑える冒険を考えた結果、現在のような形になった。
七人がいるのはまだ浅層だ。
前に立ちはだかるのはいつものモンスターである魚人、あるいはバルバターナだ。はぐれと比べると体も随分と小さいが、数だけはわらわらと多い。前には七人ほどいるだろうか。
一般的にはパーティーで協力して狩る相手であるが、この一か月、彼らの多くが一人で迷宮に潜ってきたので雑魚に等しい敵だった。この中にいる七人なら誰でも一人で狩れるだろう。
迷宮にソロで潜ることはなかったニレナとシィナであっても、もともと遠距離攻撃を持つ彼女たちにとっては浅層のモンスターはギフトの一撃で倒せるので問題はない。
だが、実際にモンスターに刃を振るうのはナダの役目だった。
陸黒龍之顎を持ち、一振りで二体の魚人を纏めて殺し、切り返す刃で三体の魚人を殺す。長い刃はモンスターを纏めて輪切りにすることに適していた。
ナダは呼吸をするのと同じくらい自然に魚人を殺し、あぶれた魚人をオウロとカテリーナがそれぞれ殺すのだ。
この程度のモンスターのカルヴァオンは回収せず、七人は先へと進む。
浅層を突破するために何体もの魚人を倒すことになるが、いずれもナダがメインになって殺していた。中層になってもそれは変わらず、深層になっても一緒である。
ナダがモンスターを殺す理由は簡単である。七人の中で最もモンスターを殺すのが上手く、体力が一番多いからだ。ナダは体力が切れる事は殆どない。重たい武器を持っていようと、荷物を背負っていようと、これまでの冒険で体力がなくなることは殆どなかった。
それはソロでの冒険をメインに行うようになってからは顕著であり、死なない限りナダはいつまでも戦う事ができる。『ラヴァ』が本格的に始動してからナダはメンバーの中で一番矢面に立って戦っているが、大怪我を負う事もなく、常に最高のパフォーマンスで冒険していた。
最初はリーダーであるナダが先頭に立ち、常に戦う事をハイスやカテリーナは反対していたが、深層で激しい戦闘を繰り広げても只のモンスター相手なら息一つ切らすことはなかった。
また索敵範囲もパーティーの中でナダが最も広く、モンスターを見つけるのが最も早いため先頭にいたほうが都合がよかった。
そんな冒険の結果によって、ナダはメンバーの意見を握りつぶしたのである。
勿論、理由はある。
ギフト使いであるニレナとシィナはこの後、“大規模なギフトを使う予定”があるため、湖に近づくまでにギフトを使って欲しくない。
ギフトは無限に使えるわけでなく、使えば使うほど威力が弱くなり、次第には発動できなくなる。特にシィナに関してはギフトが使えなくなると、湖の中に入るのに死活問題となるためギフトを使わないよう事前に言ってある。
だから迷宮内で二人の仕事は遅れずに付いて行くだけであった。
オウロとカテリーナはナダが殺し損ねたモンスターをそれぞれ斬るが、どちらもアビリティは全く使っていなかった。
オウロは雑魚に使えるような便利なアビリティでないため、大太刀を使い一刀でモンスターを斬り捨てる。オウロの実力は元々高かったが、ソロでの冒険を経た結果鋭さが増していた。
またカテリーナもアビリティを使っていなかった。
彼女の持つ『閃光』はモンスターを斬ることだけに適した優れたアビリティであるが、そう連発できるものでもなく、体力の消費も激しい。
以前のカテリーナであれば浅層の敵ならまだしも、中層の敵なら『閃光』を牽制、もしくは必殺の一撃として放っていたが、今となっては中層の敵ならば自らの持つ剣技のみで問題ない。カテリーナは二太刀、あるいは三太刀で華麗に敵を殺して行く。深層のモンスターならば五太刀ほどは必要だろうが、アビリティは必要なかった。
ナダの迷宮攻略のスピードがあまりにも早く、後方にいるナナカとハイスには仕事がなかった。
後ろからモンスターが現れる事が殆どないのである。
だからそれぞれハイスはオウロと、ナナカはカテリーナと、適宜場所をスイッチしながら体力を温存しながら前に進む。
ハイスもナナカもアビリティを使っていない。
それほどの実力は持っている。
ナダ達は深層に潜って暫く経つが、殆どの敵をナダが一人で倒す状況は変わらなかった。
休憩をよくとり、体力を残しながら迷宮を進む。
ここまでの道は手慣れており、七人は誰一人と言葉を発することもなかった。無駄な体力を使わない為である。
この日の為に、深海へと通じる湖の道へは事前に三度ほどシミュレーションしている。
どの道が一番早く、体力の消耗が押さえられるのか。どこで休憩を取ればいいのか。どんなモンスターが出現することが多いのか、などこの日の為に七人は周到な準備をしていた。
その想定は薬の量や食材の量にまで及んでおり、どこで休憩するかも事前に相談していた。
ナダ達が休憩の場所として選んだのは、ドーム状の広い空間である。中にいたモンスターは多少強いモンスターであったが、ほぼ全てをナダが一撃で殺した。はぐれでないモンスターなどナダにとっては大多数の魚人、あるいはバルバターナと同じに過ぎない。
ナダ達はモンスターの死体を横に寄せてドーム状の場所の真ん中で休憩を取る。
ハイスのアビリティから取り出した水を飲み、軽食を食べる。果実や乾パン、干し肉、どれも保存の効くものばかりだ。迷宮内で火は焚けないため、七人は冷たいそれらを水で流し込むように食べた。もちろん味は美味しいわけがない。
食事がすむと、絶対に一人は見張りを立てて七人は順番に眠りへと落ちる。腕を枕にして固い床の上で瞳を閉じるのだ。
既に冒険者を長い間続けている七人にとって、迷宮内で睡眠を取るなど普通の事だ。自分が寝る番になると剣などを握ったまますぐに寝息を立て始める。
ただモンスターが現れるとすぐに見張りの者が全員を起こして、モンスターの迎撃に当たる。
だが、この空間に入ってきたモンスターを殺すのも殆どがナダだった。
仲間の声に真っ先に反応し、駆け出すのである。
七人に休憩の時間は均等に与えられているが、ナダは目を瞑りながらも決して眠ってはいなかった。眠らないのではない。眠れないのだ。
迷宮に潜ればよくあることだった。
風のように体が軽く、心臓から流れる熱が自分の体の中を回るような感覚に満たされるのだ。体に疲労はなく、戦おうと思えばずっと戦える。事実として、ソロの時にこんな休憩をはさむ事など一度もなかった。
体が疼いているのをナダは感じる。
腕がモンスターを斬りたがっているのを押さえる。
殺せ、殺せ、殺せ。
そんな言葉が自分の中で熱と共に巡っているようにも思えるのだ。この感覚に落ちるのは初めてではない。
心臓が石のように固くなってから、幾度となく同じよう感覚に陥った。
だが、そんな衝動に身を任せるほどナダは愚かではない。仲間だっている。彼らは休まなければ最高のパフォーマンスを発揮できない。
だからナダは目を瞑り、休む“ふり”をしながらその時を待った。
そして七人とも仮眠が終わると、また食事を取り、お茶を飲んで頭を覚ましてから迷宮を進む。
湖のほとりに差し掛かるのは、ドーム状の空間を出てから僅か三十分ほど後のことだった。




