第五十五話 マゴス
ハイスが仲間に入ってから既に一か月は経っている。
その日、ナダ達は神妙な面持ちでオケアヌスの町を歩く。七人ともホーパバンヨを着ており、武器も持っている。
だが、誰一人として腰にポーチは身に着けていなかった。最低限の武器しか体に身に着けていない。薬だって持っていなかった。その要因は七人の中で一番後ろを歩いているハイスだろう。
彼のアビリティは『秘密の庭園』と言い、物を収納する能力を持つ。薬や食料、飲料水などは全てハイスが持っているのだろう。
七人は、最も体が大きいナダを先頭にして歩く。
その後ろをニレナ、ナナカが続き、その後ろにシィナとカテリーナが、オウロも当然ながら付いて行っている。
ひと月前まではナダの異端さのみが目立つパーティーであったが、七人で迷宮に潜った結果コンスタントに深層に潜り、短い期間に様々な記録を打ち立てた。
はぐれの討伐数。一日でのモンスターの討伐数やカルヴァオンの取得量などだ。
その結果、オケアヌスにおいて、ナダがリーダーのパーティーである『ラヴァ』は、マゴスにてトップだと認知される。今だって町中ですれ違う多数の冒険者からナダ達は注目されていた。
ナダ達のパーティーについては様々な話が飛び交っている。
曰く、あぶれ者の集まり。
曰く、冒険者として二十年以上のキャリアを持つ冒険者が一人もおらず、パーティーメンバー全体がまだまだ若い新気鋭のパーティー。
曰く、マゴス攻略の為に組合が作ったパーティー、とも。
話の真偽が未だに様々な冒険者の間で議論されているが、ナダ達はそのいずれの噂にも反応せず、愚直に迷宮に潜り続けている。
冒険者としての名声を欲しいがままに手に入れながらも誰一人としてそれにあぐらをかくことはなく、浮かれている様子もなく、冒険者として酷く生真面目に迷宮攻略へと勤しむのだ。
その姿勢には感心する冒険者も多かった。
だが、あくまでそれは『ラヴァ』としての冒険の形に過ぎない。
ハイスが加入してから日数に換算すると、僅か半月の間しか『ラヴァ』として活動していなかった。
それ以外の時間は冒険の準備として、それぞれの鍛錬に時間を当てた。
その一環として、ナダ達は一人で迷宮に潜ることが多かった。仲間と言う安全策を取り払い、一人での迷宮探索によって神経を研ぎ澄ますのだ。
既にナナカはたった一人で中層に潜ることに成功している。多くの道具を使い、幾つものサブの武器を携帯し、危なっかしい目に会いながらもナナカは安定して中層に挑むことができていた。
日を追うごとにナナカの剣は鋭くなり、研ぎ澄まされている。
たったの一か月ではあったが、されど一か月だ。
短い期間にナナカは冒険者として大きく成長した。
トップパーティーに所属する冒険者としては十分な実力を持つが、『ラヴァ』の中での実力は一番下だった。
ナナカよりも年上であるカテリーナは、中層への挑戦を一人で迷宮に潜って僅か半日後に突破していた。
きっと元々それぐらいの実力はあったのだろう。
幼き頃より鍛えた剣技。ラルヴァ学園にて鍛えた冒険者としての実力。そして卒業してからの長い冒険者生活で培った経験。
これまでずっとフリーとして活動していたのは、パーティーに恵まれなかったからだろう。実力のある冒険者が、全員活躍できるわけではない。どれだけ才能があろうと、どれだけ実力があっても、パーティーの一員としても認められなければ、冒険者として力を発揮できない。
きっとカテリーナはそんな数多くいる冒険者の一人だったのだろう。
きっかけさえあれば、簡単に活躍できるのだ。現にカテリーナは『ラヴァ』に所属してから羽ばたけた。
冒険者としての実力はナナカより少し上程度だが、経験の量だけを言うならば『ラヴァ』の中で最も上だった。ダンジョンに潜っていた日数なら七人の中で最も長いだろう。簡単に言えば、それだけ長い間五体満足に活動するほどの実力はあるのだ。
七人で潜った時には先輩の冒険者として、ナダにアドバイスすることも多い。
ハイスもナダに中層へと潜るように命じられてから、すぐに中層は突破した。
それだけではなく、深層と中層の境目へ挑戦するほどの実力を持っていた。剣のみの実力もさることながら、アビリティによるサポートのおかげも多いだろう。
彼は他のソロで潜る冒険者と違い、荷物を潤沢に迷宮内に持ち入れる事ができる。薬も、武器も。また手に入れたカルヴァオンを持ち運べる量も多い。ソロで活動する上で、ハイスには最も難点である荷物の厳選が必要なかった。
そんなハイスを超える冒険者が、オウロであった。
中層ではぐれを倒したオウロはソロでの冒険のコツを掴んだのか、一人で深層へと潜っていた。
まだまだ危なっかしい場面も多く、生傷も絶えないが、しっかりと実力は伸ばしている。まだまだ二十歳と伸び盛りなのもあるだろう。オウロははぐれを倒してからも着実に成長していた。
そしてナダは当然のように一人で深層まで潜っていた。
それはこれまでと変わらない。
数か月前と同じく、たった一人で深層に潜ってモンスターを狩るのである。常軌を逸した行動でありながらも、ナダにとってもはやただの深層のモンスターは只の雑魚に過ぎない。はぐれもおらず、数で群がるだけのモンスターなど道端の小石に等しい。
ナダが一人で深層に潜っているのは訓練ではなく、資金の調達だった。ソロでの冒険で満足に稼げるのはナダぐらいである。他の冒険者は一人で迷宮へと潜ることはできたとしても、稼ぐことはできない。消費する薬などの値段の方が高い。満足にカルヴァオンを持って帰る事ができない。
だが、この程度、ナダにとっては訓練にすらならなかった。
ニレナとシィナは一人で潜ることはなかった。
だが、以前と同じようにニレナは氷の、シィナは水のギフト使いとして、訓練をひたすら行っていた。
ギフト使いとして個々の実力を高める事も当然行うが、ギフト使いとしての連携も課題の一つだった。かけ合わせもその一つであり、連続攻撃、波状攻撃、様々なギフトを互いに探り合う。
水と氷、同じ空間内では互いに作用しあう。息が合わなければ互いのギフトは干渉し威力が落ちるが、息が合えば相乗効果で掛け合わさなくても威力が上がることもある。
それが水に満ちた空間なら尚更だ。
二人はお互いに意見を出し合いながら高みに昇って行く。
そうやって七人はこの一か月ほどの時間を過ごしていた。
そして昨日、ナダはパーティーメンバーを集めてこう言ったのだ。
「準備はそろそろ十分だろう?」
パーティーメンバーは集まった。
それぞれの実力も高まっている。
資金も集めた。ナダの稼ぎだけで足りない分は仲間が補完してくれた。オウロはこの時の為に全ての資産を放出してくれた。ハイスも資金を援助してくれた。ニレナだって足りない分は出してくれたのだ。
そして足りない回復薬などの薬、投げナイフなどの道具はハイスやニレナの伝手によって集めた。どれも最高級の物を集めており、特に回復薬に関しては癒しのギフト使いの加護があるものを選んだのだ。
「――行くぞ。深海へ」
今日、ナダ達は湖の底へ挑もうとしている。
全員がそのために準備を積んだ。
そして――マゴスの前に辿り着いた。
余談ですが、ナダとナナカもオウロと同じく現在二十歳です。




