第五十四話 パーティー名
いつもナダ達が集まっている個室に、冒険者たちが集まっていた。いつもはナダ、ニレナ、ナナカ、シィナ、カテリーナ、オウロの六人だけであったが、この日はもう一人増えていた。
ハイスである。ナダとオウロの隣に挟まれるように座っていた。
ナダとハイス以外の五人はそれぞれ怪訝な表情をしていた。特にニレナに関しては、ナダへの視線が特に厳しかった。
「今日、伝えるのは連絡事項だ。新しくハイスが仲間に加わった。サポート能力に優れたアビリティを持つ優秀な冒険者だ。よろしく頼む」
「ご紹介に預かったオレがハイスだ。知らない者が殆どだと思うけど、これからの短い間よろしく」
ハイスは立ち上がって頭を下げる。
ナダはその様子を満足そうに見つめていた。
それは――ハイス達がラゴスティームを倒してから次の日の事だった。ハイスからナダへ以前の提案を受け入れると言う話があったのである。
冒険が終わってすぐに『コーブラ』の中で多数の議題に及ぶ話し合いがあり、仲間同士で話し合った結果、一時的ではあるがハイスが『コーブラ』から離れてナダのパーティーに所属することに決めたようだ。
理由としては沢山あると、ハイスは語った。
パーティーメンバーのほぼ全てが負傷して回復に時間がかかるため、これまでと同じような冒険をすぐに行うのは難しい事、マゴスの完全攻略が済めばニレナを手放すとの約束の事などナダのパーティーに加わる利点は数多くあるが、一番の理由はそうではなかった。
ハイスがナダのパーティーに所属した理由を次のように語った。
「オレは――冒険がしたくなったんだ。ナダ、君とする冒険がね」
結局のところ、ハイスはナダに感化されていたのだ。
ナダのパーティーに所属する表向きな理由は数多くあったし、利点も数多くあったが、ナダのパーティーに所属した最大の理由はそんな頭で考えて出た結論ではない。
ハイスはナダとの冒険を心で、決めたのだ。
その為に仲間も説得した。ハイスの信頼する仲間たちはその事を快く受け入れてくれて、背中も押してくれたのである。
ナダもハイスがパーティーに加わることに喜んだ。
こうしてハイスはナダのパーティーに正式に入ったのだ。勿論他のメンバーには一切の相談をせず、ナダは一人で決めたのである。
「……ナダさん、言いたいことは沢山ありますけど、またパーティーメンバーを独断で決めたのですか?」
ニレナは暗にオウロの時もそうだった、とでも言いたいのだろう。
「ハイスが弱い冒険者なら文句も受け付けるさ。だが、トップパーティーの『コーブラ』のリーダーなら文句もないだろう? 特にニレナさんはその実力をよく知っているだろう?」
「……確かにそうですが」
「なら問題はないな」
「あるわよ!」
ナダが次の話に移行しようとした時、大きな声で言葉を遮る者がいた。
ナナカである。
彼女はテーブルに手をついて大きな音を立てた。
「何だよ?」
「あんた、この前に言ったわよね? 戦力アップの為に私に一人でダンジョンに潜れって!」
「ああ、言ったな。で、どうだったんだ?」
流石のナダもそんな事は忘れていた、とは言えない。
ナナカに中層に行くように指示してから、色々な事があった。胸躍るような冒険にも行ったので、すっかり頭から抜けていたのだ。
だから中層に潜ったかどうかをナナカに確認すらしていなかった。
「ちゃんと潜ったわよ! 見てみなさいよ! このカルヴァオンを! この素晴らしい輝きを! ちゃんとあんたの言う通りこなしたわよ! 何か私に言う事はないのかしら?」
「よくやった。冒険者として見違えるほど成長したな――」
嘘ではない。
ナダが見る限り、ナナカは冒険者として一皮向けたように思えた。何が変わったのかは迷宮に潜って見ないと具体的には分からないが、ソロでの冒険はナナカに冒険者としての刺激を与えたようだ。
「当然よ――」
ナナカは豊かな胸を自信満々に張った。
「マゴスでの冒険でも期待しているからな」
だが、ナダが思うにオウロやハイスほどの成長は感じられなかったが、それは胸に秘めておくことにする。
「そうじゃないわよ! そいつの事を私は知らないけど、私と同じほどの実力があるって言うの? まさか私だけにあんな無茶な命令をするんじゃないでしょうね?」
「確かにナナカの言う事も一理あるな」
「あんたの勝手にはうんざりしているのよ。そいつにマゴスの深淵を目指せるだけの実力があるっているの? どこの誰だかは分からないけど、力不足なんじゃないの?」
ナナカは怒ったように言う。
だが、それはハイスよりもナダの身勝手な行動に対してだった。
「君が誰だかは知らないけど、オレよりも実力があるって? 笑わせるな。そもそもオレの名前を知らないなんて冒険者としてモグリもいい所だ。マゴスで活躍している冒険者を知らないんて、情報不足にもほどがある」
ハイスは憤慨しながら言う。
「そうだな。新メンバーであるハイスもせめてナナカほどの実力があることは示さないと行けないな」
ナダは片目をつぶって、したり顔でハイスへと目を配った。
「ナダ、何が言いたい?」
「ハイス、皆がお前の実力を疑っているんだとよ。それを晴らすために、中層まで一人で潜ってカルヴァオンを取って来てくれないか? 簡単な話だろう?」
「……本気か? 正気じゃないぞ」
「そうか?」
ナダは首を傾げた。
ソロでの冒険が長いためか、中層程度ならあまり危険とも思えない。はぐれを一人で狩るのはリスクが伴うが、普通の冒険ならナダにとっては散歩と変わらない。
それに同じような冒険は既にオウロ、ナナカがこなしている。ハイスにもできるとナダは踏んでいた。
「ナダは、オレを殺す気なのか?」
ハイスはこの部屋に来て、初めて動揺した顔を見せた。
「そうでもないから、さっさと行って来いよ」
ナダは面倒くさそうに言った。
「ニレナさん、確かナダはニレナさんの後輩でしたよね? 何か言ってくれませんか? リーダーとしてそんな命令は無謀だと」
ハイスは顔を引きつらせながらニレナへと助けを求める。
「ハイスさん、実はここにいる冒険者のナダさんやオウロさんは勿論のこと、ナナカさんも中層までに一人で潜っているのです。ナダさんやオウロさんの事はご存じでしょうが、ナナカさんはそれほど知名度のある冒険者ではありませんわ。聞いた事もないでしょう?」
「確かに……」
「このパーティーにはそれぐらいの実力が必要です。いずれはカテリーナさんも同じ事を成し遂げるでしょう」
「何っ――!」
ニレナの発言に、カテリーナが動揺する。
「別に私はナダさんとは違いますから、ハイスさんに中層への冒険を無理強いはしませんわ。でも、私の尊敬するリーダーでしたハイスさんが、まさかねえ――」
「何が言いたい?」
「私は構いませんけど、このパーティーで最も弱いとの烙印を押されるのは、ねえ――」
ニレナは流し目で言った。
含みを持たせるような視線だった。
「ハイス、まあ、いいから行って来いよ。パーティー加入に通過儀礼があるところもあるんだろう? 俺のパーティーの通過儀礼はソロで、中層のモンスターのカルヴァオンを手に入れる事だ――」
「何度も聞くが、本気かい?」
「案外一人での冒険も慣れてみると楽だぜ。まあ、別に一日で中層に行けとは言わねえよ。しっかりと準備して、数日かけて攻略すればいいさ」
「……分かった」
ハイスは立ち上がって部屋から出て行った。
きっと、ソロでの冒険に向けて準備をしに行ったのだろう。自分とは違い、武器だけをもっていきなり迷宮に潜ると言った無茶はハイスの性格だとしないと思っているため、ナダも安心して送り出すことができた。
「で、ナダ、これで揃った、と考えていいのか?」
オウロは席を数えていた。
ハイスも入れた人数は七つ。パーティーとしては最も人数を集めた上でパーティーとして纏まるとされている人数だ。これ以上の人数になれば冒険を共にするとしても、パーティーを分けた方が効率的だと言われている。
「ああ、ギフト使いが二人に、様々なアビリティ使い、パーティーメンバーの実力もこのオケアヌスで最高と思えるメンバーが集まった。ハイスが中層まで潜ったら、パーティーとして連携を高めて、それから底に挑む――」
それから六人はこれからの冒険について、多くの事を話し合った。その全てがこれからの冒険予定であり、マゴスの完全攻略に向けて着々と準備は進んでいる。いざ底に向かうという事で、ナダ以外の冒険者も口元が緩み、危険よりも期待が募っている。
そして――この日、最も重要な事が決まる。
パーティー名だ。これまでナダは正式なパーティーではないと名前を持とうとしなかったが、メンバーが揃った事で団結を示すために改めて名前を決める事になったのだ。
その名は――『ラヴァ』。
燃え滾る熱によって、赤く輝き、どろどろに溶けた石である溶岩からその名を付けたのである。自ら輝くことがない岩石であっても、冒険に対する莫大な熱量を加える事で英雄たちのように輝こうという意味が込められている。
この日から『ラヴァ』のパーティーとしての快進撃が始まる。たかだか一週間もかからずに、オケアヌスにおいてのトップパーティーとしての名を冠するほどにまで成長することとなる。
それから一か月もかからないうちに、運命の日が訪れようとしていた。




