第五十話 ハイスⅢ
あれからもナダとハイスの間には数多くの話があったが、結局のところハイスが譲歩したのは一度だけナダが『コーブラ』に所属するという事だった。
その日の内にナダは『コーブラ』のパーティーメンバーと顔を合わし、翌日にはマゴスに潜ることとなった。その間、ナダはずっと『コーブラ』の会議室にいて、泊まったのもハイスが借りているホテルの部屋の隣だった。
翌日、ナダは武器を取りに一度だけパーティーとして借りている部屋に行く。
早朝にその部屋に行ったためナダは誰とも会う事がなく、部屋に仲間の武具は全部残されていた。きっと自身の部屋で休んでいるのだろう。ナダは昨日の冒険の結果を聞きたい気持ちもあったが、まだ太陽が出ていない頃に仲間を叩き起こすほど常識がないわけではない。
だから手に馴染んだ大剣である陸黒龍之顎と、ホーパバンヨと呼ばれる体にフィットする防具を取ってマゴスに向かった。
既にハイスも含めた『コーブラ』のメンバーは、ダンジョンの前に集まっていた。
多くの言葉を交わした彼らにナダは武器を持っていない左手を上げて、いつもの調子でこう言った。
「よう。調子はいいか?」
「いい感じだよ。君に一流の冒険を見せるにはね――」
ハイスがナダを一日だけパーティーに入れたのには、自分の冒険こそ至高だという自負があったのだろう。
「じゃあ、行くか?」
「そうだね。昨日も言った通り、最初はオレ達だけで冒険をする。君はオレの隣で、かつてインペラドルでトップパーティーの一つと謳われた『コーブラ』の力を知るといい。ニレナがいないから、以前よりも力は落ちているけど、それでも十二分にあるから――」
「期待してるぜ――」
ナダはいつものように言う。
マゴスに入って、浅層の魚人、あるいはバルバターナを、『コーブラ』のメンバーは安定して狩って行く。
最初に力を振るうのは、アベリアと呼ばれる女性だ。ローブを着た灰色の髪をした頬に浮かんだそばかすが特徴的な彼女が持つのは、風のギフトである。
竜巻をモンスターの周りに引き起こして動きを阻害したり、味方に追い風を発生させて移動スピードを上昇させたりするのだ。ギフト使いが使う風は普通の風とは違い、ガラスのような色が着くので目に見えて分かるので、連携するのも簡単だった。
その後、切り込み隊長の二人の冒険者がモンスターを狩るのである。
白髪で左目を眼帯で隠した男であるネブエイロと、左目に三本線のタトゥーを入れたジェダである。
ネブエイロは『白い幻想』というアビリティを持つ。能力としては、自身の姿を白い霧で隠すのである。それは風景に溶け込んでおり、リーチなどがさっぱり分からない。そんな状態でネブエイロは一メートル程の短槍を使い、モンスターを串刺しにしていくのだ。一撃で足りなければ二撃、もしくは三撃をモンスターに与えて。
ジェダが持つのは『爆発』と呼ばれるアビリティだ。その名の通り、斬った敵に爆発を与えるのである。
ジェダの周りではモンスターを斬るたびに激しい轟音が鳴り響く。その度にモンスターが遠くへと飛ばされていく。ジェダが与える攻撃は斬撃のように線のような攻撃ではなく、相手の肉を抉り骨を折るような攻撃である。
また爆発は剣だけではなく、手足からも出すことができ、それによって自身の移動速度を上げる事さえできるのだ。
そして二人が殺し損ねたモンスターを大男であるリゲルが殺して行く。
リゲルはナダと同じく、大剣を持つ冒険者であった。だが陸黒龍之顎と比べると刃の幅は狭く、刃自体も薄い。そしてきっとナダの大剣よりも随分と軽いのだろう。
リゲルが持つのは『凪』と言い、自身の重さを無くすアビリティだ。水の上も歩けるとの事だ。水の上を歩けることはあまり役にも立たないが、切れ味のいい大剣を自由に振るう事が出来る。
その一撃は、軽さと速さでモンスターを斬っていくのだ。
だが、ハイスは全く動いていなかった。
この程度の敵ならば必要ないという事だろう。
見事な連携の取れたパーティーだった。
一部の隙も無いほど華麗にモンスターを殺す。
浅層の相手ならば、敵にすらならないほどだった。
それから随分と迷宮に潜り、中層に差し掛かった頃、ハイスもようやく冒険者として動き出した。
ネブエイロ、ジェダ、リゲルに混ざり、時々に仲間の四人に指示を出して、また己自身も風のギフトによって動きの阻害されたモンスターをロングソードで斬っていくのだ。
ハイスのアビリティは決して戦闘に適しているわけではなく、モンスターを殺すには剣で殺すしかない。だが、一度としてハイスは自身の身にモンスターの攻撃を受けない。その足で躱し、腕を振るってモンスターを殺すのだ。その動きは計算されており、一種の舞のように見える。後にはモンスターの血が舞うのだ。
ナダは戦っているハイスの姿を真剣に観察し始める。
悪く言えば、よくいる冒険者である。オケアヌスにいる多くの冒険者と大差はなく、トップパーティーにいてもおかしくない冒険者であるが、どうしても地味と言う印象がぬぐえないそんな冒険者だった。
だが、太く発達した体に剣の動きは染みついており、ハイスの今振っている剣技の数々は、並々ならぬ情熱で出来上がるものではない。長い年月をかけてゆっくりと作り上げて行くものだ。
それに費やした努力は戦士としてとても素晴らしく、多くの冒険者を見てきたナダであっても見習いたいと思うほど感嘆していた。
それだけではない。
ナダはハイスの仲間に出す指示の一つ一つにも、注目していた。仲間の能力を鑑みて、モンスターの体格や特徴に合わせて指示を出すのだ。時にはネブエイロとジェダをスイッチさせて、時にはリゲルが前に出る時だってある。
まだマゴスに潜って日が浅いのに出す指示が全て的確なのは、ひたむきなハイスの勉強のおかげだろう。
きっと彼は常に努力してきた人間なのだろう。
剣もそうだが、勉強でもそうだ。未だにその努力は止めていないのだろう。
誰がその努力を否定できるだろうか。
何度ナダが評価を改めようとしても、本当に悲しい事にハイスの実力は――マゴスにいる多くの冒険者と大差はない。他の冒険者より、ほんの少しだけ上というだけだ。オウロよりは確実に弱く、リーダーとしての輝きとしてはナダの見てきたイリスなどよりも劣っている。
だが、それでも第一線に立つのは、これまでひたむきに研鑽を積んできたのだろう。
それは今も変わりはしない。
中層の敵だって、本当ならハイスには荷が重たいのかも知れない。
しかし、持っている知識と、積み上げた剣技によって、中層のモンスターを殺しているのだ。
そして、深層のモンスターであっても、ハイスは歯を食い締めながらモンスターに刃を立てていく。一度として怯える様子はなく、勇気を持ってモンスターに斬りかかって行くのだ。
そんな彼だからこそ、仲間も迷わずに付いて行けるのだろう。
堅実で着実。大きな失敗をせず、常に仲間の安全を第一に考えた冒険。冒険者のパーティーとしてはこの上なく、至上と呼ぶに相応しいものだった。
ナダが思うに、ハイスの魅力は陶磁器によく似ていた。
焼きあがる前は只の土で何の輝きもないのに、確かな技術で土を練り上げて焼き上げると、陶磁器として宝石にも負けない輝きを放つのだ。
その光は、決して他の冒険者に負けてはいない。
至高の美術品になりえる。
そして――ナダの出番がないまま深層を突き進み、先にある広い空間に見た事のないモンスターが現れた。
立ち姿だけは魚人と同じく二足歩行であるが、鱗ではなく甲殻質な外皮を持ち、両腕に指はなく大きな鋏がついている。丸い目は口元にかけるにつれて細くなる顔の横についており、口からは二本の触角が伸びる。
ラゴスティームと言い、ナダも話には聞いた事のある“はぐれ”だった。
ガラグゴと同様に討伐数が少なく、マゴスにおいては未だに危険だとされるはぐれの一種だ。
これまで見事な冒険を繰り広げていたハイスの顔が、思わぬ敵と遭遇したことに引きつった。




