第四十七話 ナナカⅡ
「あいつ、絶対にいつか殺す――」
ナダへの恨みつらみを呟くナナカは、自分の部屋にあるベッドの上で体育座りになりながら塞ぎこんでいた。
ここは、ニレナが泊っているスイートルームだ。ナナカがオケアヌスに来てから宿の面倒は全てニレナが見ているのである。ニレナの部屋は数が多い。泊まっているのはニレナだけのため、ナナカに一部屋貸し出しているのである。
鍵は元からついていないため、ニレナはそんなナナカの部屋にノックもせずに入った。
「ナナカさん、少し今お時間宜しいですか?」
ニレナはベッドの縁に腰かけた。
ナナカとは目を合わせないように背中を向ける。
「……ナダへのフォローですか?」
ナナカは厳しい口調で言った。
「そうですね。そう言われても仕方がないのかも知れません」
ニレナは苦笑する。
本来ならパーティーメンバーのメンタルのフォローはリーダーであるナダの仕事なのに、本人が仲間の事を全く気にかけないため、仕方なくニレナが行っているのである。
出来る事ならナダを氷付けにして反省してもらいたかったが、流石にそれは駄目かと思ったニレナはあの個室から出る時にナダに三つほど氷塊を落とした。ついでにオウロにも落としている。
「そうですか。それで何を言いに来たんですか?」
「ナダさんには氷塊を落として頭を冷やさせました。反省すればいいのです。私もナダさんが言ったことは、リーダーとして正気じゃないと思いましたわ。一人で迷宮に潜ることを強制するなんて、そんなのリーダーじゃありませんわ」
ニレナも一人で迷宮に潜ることがどれだけ無謀な事かは知っている。
助け合える仲間もおらず、たった一人で危険な迷宮に潜るなど正気の沙汰じゃない。見習いの冒険者なら確実に死に、中堅の冒険者であっても浅層で死ぬことは珍しくない。熟練の冒険者でも苦戦し、一人でもまともな冒険ができる冒険者など限られている。
それこそごく一握りの限られた冒険者だけだ
「そうですよね! 私もそう思います!」
同意したニレナに、ナナカは赤くはらした目を向けて弾んだ声で答えた。
「ナダさんは人の気持ちを考えないのです。もう少し、メンバーに気を使った方がいいと思います」
「その通りです! レアオンもそうでしたけど、周りを顧みないって言うか、危険に行きたがるって言うか……」
「イリスさんもそうでしたでしょう?」
ニレナは苦笑しながら言った。
「大きな声で言えませんけど、そうかも知れません……」
「ナナカさんは知らないでしょうけど、イリスさんの前のアギヤのリーダーもそうみたいですよ。周りの事を考えずに行動していました。それでも冒険は成功していたようですから。もしかしたらアギヤの伝統なのかもしれませんね」
ニレナは呆れたように言っていた。
イリスがリーダーになる前は、アギヤに入っていなかったニレナであるが、アギヤの名は学園創立時から代々引き継がれている名前だ。
イリスの前にもリーダーがいて、その前にもリーダーがいる。元アギヤの冒険者はパーティーメンバーも含めると少なくない数が存在する。そんな中、ニレナの知っているイリスの前任者も無鉄砲な性格だったことを風のうわさで聞いた事がある。
イリスもそれを当然のように引き継いでおり、どうやらレアオンにも引き継がれていたようだ。
アギヤのリーダーになったことがないナダも、当然のようにそれを引き継いでいる、とニレナは思うのだ。
「絶対にそうですよ!」
「いいか悪いか、歴代のアギヤのリーダーは冒険者として強いですから。単純な戦闘力だけではなく、心が強いのです」
「心、ですか?」
「ええ、そうです。彼らはどんな状況ではぐれと会っても平気で戦います。むしろ戦いを望んでいると言ってもいい。だからこそアギヤはずっと学園でトップを走っていました。強くなるにはそれぐらいの“心の強さ”が必要なのかもしれません」
「でも、周りを考えて冒険をした方がいいと思います!」
「そうですね。私もそう思いますわ」
ナダやイリスのような強い心は、誰でも真似できるものではない。
自らよりも強い強者に会った時に、挫けずに立ち向かう事が出来るのは一部の強い人間だけだ。普通の者はどこかで心が折れてしまう。
だが、それは責めるような事ではないのだ。歴戦の冒険者であっても、委縮することはよくあるからだ。
「ですよね!」
「はい! でも――」
「でも?」
「気づいていないようですけど、私もナナカさんも元アギヤのメンバーですわ。無鉄砲なリーダーに付いてきたという不幸な経歴がございます」
そう言いながらもニレナはとても幸せそうだった。
これまでの経歴を誇っているようでもある。
歴史に名を遺すようなリーダーになれる素質を持つのは、一部のリーダーだけだ。それ以外の冒険者は優秀なリーダーの下に就くことを望み、類まれなリーダーの下で冒険できるのは幸せな事なのである。
「そうですね」
ナナカも少しだけ表情を崩した。
「では、知らないのですね? 私達はリーダーにはなりませんでしたけど、冒険者として彼らの血を継いでいるのですよ――」
ニレナの言う事は、冒険者の間では最もとされている。
全員が同級生のパーティーなどとても稀な話だ。大抵は様々な年代、様々な地域、色々な素質を持ったメンバーが混ざるのだ。
パーティーとは足りない部分を他のメンバーで補うからこそ、お互いに強く影響される。
特にリーダーから冒険者としての資質を受け継ぐと言われている。
だからこそどんなパーティーに属していたのかはキャリアの一つであり、歴史が古いパーティーに長年所属した冒険者や有名なリーダーの下で冒険者として歳を重ねた者は優秀と扱われることだってある。
その点から言えば、ニレナやナナカはイリスやナダなどの影響を受けていると言ってもいい。
歴代のアギヤのリーダーより受け継いだ彼らの傍若無人な冒険を。
「……自覚はありませんけど」
ナナカは拗ねたように言った。
「そうかも知れませんね。ナナカさんでは何故だと思いますか――」
「何がですか?」
「ナダさんが何故、あんな無茶な事を言ったかと思いますか?」
「それは……」
「確かにナダさんは強い冒険者です。一人で迷宮に潜る実力があります。そしてオウロさんも同じく強い冒険者です。彼らはリーダーとしてとても有能です」
「……そうです」
「彼らが言っていたのですよ。ナナカさんは優秀な冒険者だって」
「えっ」
ナナカは驚いたように目を見開いた。
「彼らの物言いはとても不躾でしたけど、ナナカさんの実力を信じていました。きっと危険な目に会うなんて微塵も思っていないのでしょう」
「そう……なのですか?」
「ええ、きっとそうですよ。私もそう思いますわ。ナナカさんはとてもいい冒険者です。中層に潜るなんてきっと楽勝ですわ。一度挑戦してみたらどうですか? 無理だったらすぐに逃げ出してしまえばいいのです。それに――」
ニレナはナナカに振り返って両手を包み込むように握り、姉のように優しく言った。
「それに何ですか?」
「私、現在パーティーの資金を管理していますの。冒険に必要な物はございませんか? 意趣返しとして沢山使えばいいと思うのです」
最初のパーティー資金はニレナのポケットマネーからお金は出ていたが、最近はニレナがパーティー資金を管理するようになったため共通のお金から出ている。
ニレナのホテル代もナダの資金から出ており、日々のレストランでの食事代もパーティーの共通プールマネーから出していた。
「え、でもそれってナダが困るんじゃ……」
「困ればいいと思いませんか? ナダさんなら一人で迷宮に潜って稼げるでしょう。私も新しい服でも買いましょうかしら――」
ニレナは内緒ですよ、とナナカの口元に人差し指を当てた。
ナナカはこくこくと頷くので、そんな彼女の耳元にニレナは口を寄せてそっと呟く。
「――マゴスへの挑戦はきっとナナカさんにもいい経験になりますわ。もしも冒険がうまく行ったら、ナナカさんにはプレゼントもありますわ」




