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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第四十六話 六人

 この日、とあるホテルのレストランの一角。個室であり、白いテーブルクロスが敷かれた円卓に着くのは、六人の冒険者である。

 彼らはそれぞれ赤いワインが入ったグラスを手に持っていた。


「さて、皆さん、乾杯でもしましょうか? ナダさん、よろしくお願いします。」


 そう言ったのははっきりとした青色のドレスを着るニレナであった。

開けた胸元には水色のネックレスが光り、微かに笑う口元には薄桃色の口紅が塗られている。

手足が細く、肌に傷一つない彼女は一見すると深窓の令嬢のように儚く消えてしまいそうな雰囲気を漂わせているが、れっきとした冒険者の一人であり、数々の強力なモンスターを殺してきた一流の戦士でもある。

だらこそ、彼女の美しさがより際立つのだろう。

彼女は外見の弱さの中に、芯を持った強さを持つのだから。


「いいですね、ニレナさん!」


 ニレナの隣に座っているのは、黒いドレスを着たナナカであった。

 長く艶やかな黒髪を頭の上で銀のバレッタで留めている。大きな胸を張っている姿は椅子の上でも健在で、自身に満ち溢れているのが分かる。


「……私は早くご飯が食べたい」


 ナナカの隣に座っているシィナは聖職者らしく白いローブを着ながら、テーブルの上に置かれた色とりどりの料理に心が奪われているようだった。

 いつもと同じく無表情であるが、この時ばかりは少しだけうっとりとしていた。

 シィナはこの席についている者の中で最も体が小さく、武器など振るったことのないような細い体をしているが、他の者と同じく冒険者の一人である。

 彼女は水のギフト使いだ。

 己の手で武器を持って殺すことはなく、神話で謳われた神のごとく水を操りモンスターを殺すのである。


「……」


 シィナの隣で無言なのがカテリーナである。彼女は目を閉じながら腕を組んでいた。

 綺麗な顔には傷一つないが、組んでいる手には幾つもの傷があり、椅子に立てかけてある刀から剣士だと言うのが分かるだろう。

 彼女は先日ナダのパーティーに正式に加入した。

 ナダがパーティーに誘ったところ、二つ返事で頷いたのである。

 だが、まだ思うところがあるのか、表情は険しかった。


「なかなかのメンバーだな――」


 カテリーナの横で四人の女性を見比べながら顎を摩るのがオウロである。

 彼はジャケットとパンツとう正装であるが、白シャツにネクタイは絞めていない。大胆にも胸元を開けていた。

 オウロがナダのパーティーに入ってから初めてのミーティングであるため、ナダ以外のメンバーの様子を観察していた。

 笑っている姿を見るに、大きな不満はないようだった。


「いいぜ。じゃあ、早速――俺達はマゴスの深淵を目指す。その為だけのパーティーだ。それじゃあ未来の栄光を目指して乾杯」


 そして六人の中で一番大きな男であるナダが、赤いワインが入ったグラスを前に出しながら言った。

 現在、ナダがリーダーのパーティーはマゴスの深淵を目指している。その理由は一人一人違うが、全員が同じ方向を向いているのは確かだ。

 だから他の五人はグラスを前に出し、ナダに続くように『乾杯』と言った。

 まるで自分たちの未来を祝福するかのように、六人の冒険者はグラスに入ったワインを煽った。


 高いワインなのか、芳醇な香りと濃厚なワインの味がナダの舌を刺激する。いつもこの部屋で飲んでいるワインの筈なのに、普段よりも美味しく感じるのは、きっと自身の目的へ一歩ずつ近づいているからだろう。

 ナダは五人の仲間を見渡しながらワインをもう一口飲んだ。


わたくし達を集めたのはいいですけど、そろそろオウロさんの紹介をしてくれませんか? 新しくこのパーティーに入るのでしょう」


 ワインを嗜んだニレナはグラスを置くと、隣にいるナダへと聞く。


「そうだぜ。じゃあ紹介しようか。知っている奴もいると思うが、こいつの名前はオウロ。新しくパーティーに入った冒険者だ」


 ナダは隣にいたオウロを簡単に紹介すると、オウロは軽く頭を下げる。

 シィナとカテリーナは疑うようにオウロの事をじっくりと見ていた。二人にとっては、オウロは自分以外のパーティーメンバーを死なせた最悪のリーダーだ。信用できる要点など何一つない。


「やっほー」


 だけど、ナナカはそんなオウロに軽く右手を振る。

 顔見知りの中なので、ナナカの表情は明るかった。微塵もオウロを疑っている様子はない。


「ナナカ殿か――」


 オウロはよく知っているナナカを見て、少しだけ表情を崩した。

 二人は顔見知りである。過去において、ナナカは『アギヤ』というパーティーに所属し、オウロは『デウザ・デモ・アウラル』というパーティーに所属していた。学園でトップパーティーを争う戦友でもあった二人は同学年という事もあり、会話を交わすことは少なくはなかった。


わたくしも久しぶりですね。オウロさん、わたくしの事は覚えておりますか?」


 ニレナもナナカと同じである。

 過去にアギヤに所属していたので、当然ながらオウロとは顔見知りである。さらにオウロが『デウザ・デモ・アウラル』に所属したのはナダと同じ時期の為、ニレナの方がオウロとの付き合いは長かった。


「当然だ。忘れるわけがない。ギフト使いとして、ニレナさんの事を疑うわけもないだろう――」


 オウロは当たり前かのように頷いていた。

 かつてはライバル同士だったため、お互いの情報はよく知っている。

 オウロが知っている学園にいたギフト使いで最も優秀なのは火のギフト使いであるアメイシャであるが、彼女が台頭する前に学園で最も有名なギフト使いはニレナだったと記憶している。

 そもそもニレナは、オウロが一年生の時から活躍していたギフト使いである。その実力は疑いようもなかった。


「そうですか。それはよかったです」


 ニレナは朗らかに微笑んだ。


「で、ここで朗報だ。この中に知っている人もいるかも知れないが、オウロは一人でガラグゴを倒した。これで畔の問題は一つ解決だ――」


 現在、ナダのパーティーは深淵を目指すのにあたって、一つの大きな問題を抱えている。それは深淵へと続く湖に入る為にほとりという壁がある。畔には大量の魚人というモンスターに加えて、三体のはぐれが待ち構えているという。

 それらを突破するための戦力をナダは求めていた。

 一体目のガラグゴは、ナダが一人で対処できる。

 二体目のガラグゴは、オウロが一人で対処できるようになった。


「――だが、まだ問題は残っている。三体目のガラグゴと戦う冒険者がいない事だ」


 ナダは嘆くように言った。

 先日、ニレナ、ナナカ、シィナ、カテリーナの四人でガラグゴに挑んだが、勝てる様子ではなかった。もう一体冒険者がいれば結果が変わったのかも知れないが、たかだか一体のガラグゴに戦力を回す予定はナダのパーティーにはない。

 はぐれの他に通常のモンスターが大量にいるのだから。


「で、これは俺が考えた事だが、戦力アップを急遽思いついた」


 ナダはしたり顔で言った。

 だが、他の五人の中に、ナダの提案を喜んでいる者なの一人もいない。

特にカテリーナとシィナは少ない期間の付き合いであるが、ナダの性格をよく分かっているのか、苦い顔つきをしていた。

彼の感覚は常人を逸していると。


 ニレナ、ナナカ、オウロも微妙な顔つきだった。三人ともナダがリーダーのパーティーに所属するのは短期間であるが、三人が経験してきたリーダーの中でナダが一番過激である。その判断は的確であるが、他のリーダーが余裕のある冒険を行うのに比べてナダの判断は非常にシビアである。常に半死半生の戦いとなるのだ。


「……何でしょうか?」


 ため息を吐きながらニレナが反応する。


「簡単だ。――ナナカ、ちょっと一人でダンジョンに潜ってこい」


 ナダは実に楽しそうに言った。


「はあ! ちょっとそれ、どう言う事よ!」


 一方のナナカはテーブルに手を付いて、大きな声でナダに反抗する。


「だから戦力アップだよ。簡単な事を思いついたんだ。俺達が強くなればいい。その第一歩がナナカの強化だ。別にはぐれを倒せ、とはナナカに求めてない。ただ中層まで行って帰って来るだけでいい。カルヴァオンも特には期待していないが、せめて中層まで潜った証として一つぐらいはカルヴァオンが欲しい」


「なにそれ、一人でダンジョンに潜れって? 頭がおかしいんじゃないの? 正気の判断じゃないわよ。あんたが一人で迷宮に潜れるからって、他の人にも同じことが出来るとでも言いたいわけ? 信じらんない! こんなパーティーに所属するんじゃなかったわ!!」


 ナナカは顔を真っ赤にして怒りながら部屋から出ようとするが、ナダは扉を開けた彼女を引き留める。


「待てよ――」


「何? 今から私を引き留めるつもり。あんたのような頭のおかしいリーダーに着いて行くのはうんざりとしたわ。もう戻るつもりもないから」


「いや、そうじゃない。ここに戻るつもりなら、一人で中層に潜った証としてカルヴァオンを取って来いよ――」


「死ね!!」


 ナナカは大声で叫んでから、部屋から出て行った。

 部屋に残った四人はナダを除いて、全員があきれ顔だった。誰一人として、ナダの判断に賛同する者はいなかった。


「リーダーの判断としてそれは正気か?」


 この中でナダと一番付き合いの短いカテリーナが、リーダーとしての資質を問うように言った。


「ああ、俺とオウロ以外の冒険者の中で、一番可能性があるのがナナカだと思ったんだ――」


 一方でナダは自分の判断が間違っているとは思っていないのか、涼し気な様子で料理を食べ進めている。


「はあ――」


 人の気持ちを考えないナダに、ニレナは大きなため息を吐く。

 そして無言でナダの頭上に氷の塊を生み出し始めていた。その様子は誰にも気づかれていない様子である。


「確かに、ナナカ殿の実力は高い。コロアが過去に欲していたという事もある」


「そうなのか?」


 ナダはいつもの調子で首を傾げる。


「そうだ。コロアの評価では、ナナカ殿の評価は私と同等だった。レアオンがいなければ、次期アギヤのリーダーかも知れない、と言っていた事もある」


「確かにそうですわね。ナナカさんはわたくしとシズネが選んだ冒険者ですもの。その才覚は、学園でも特別です。イリスさんが退いた後も考えてパーティーに選出した冒険者ですもの――」


 ニレナは多くは言わなかったが、ナナカはオウロやアメイシャ程の力を持つ冒険者なので、アギヤに推薦した。将来的にはイリスの代わりとして、アギヤの中核を担う冒険者だと思っていたのである。

 だが、その目論見はまんまと外れる事になる。

 ニレナとシズネの想像以上に、ナダとレアオンは優秀だった。一人だけでも強いのに、二人揃って競い合う事でその成長スピードは学園の間に、ソロでのはぐれ討伐をするまで高まったのである。

 ニレナが思うに、もしナダとレアオンがいなければ、アメイシャやオウロと争っていたのはナナカだと思うのだ。


 だが、そうであるがゆえに、ナナカの事をニレナは不幸だと思うのだ。

 彼女は優秀ではあるが、より強いナダとレアオンの影に隠れてしまった。

 その殻を打ち破るのが今回なのかも知れないが、ナダのナナカの気持ちも考えない強硬的な策はニレナの好みではない。


「――ですが、ナダさん、あなたはもう少し人の気持ちというものも考えた方がいいですわ」


 ニレナは大きな氷の塊をナダの頭の上に落とした。

 ナダは料理を食べていたので、頭から皿に突っ込むこととなった。


「そしてオウロさん、あなたも同じように反省した方がいいですわ。ナダさんと同じような考えなら、再びリーダーとして返り咲く時に痛い目を見ますわよ」


 そしてニレナは、オウロの頭にも氷の塊を落とした。

 ナダと同じように、オウロは頭から皿に突っ込むことになる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 男2人が料理皿に頭を突っ込んでいるシュールな食事風景に笑えてしまいました。
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