第三十九話 パーティー
その日、ナダはニレナたちから呼び出されていた。
話題は簡単だ。今後のパーティー活動についてである。ニレナとナナカも今後ナダをリーダーとしたパーティーを続けるにおいて考える事ができたらしく、今後のパーティーの冒険についてナダの意見を聞きたい、とのことだった。
ナダが指示された場所は、いつもニレナが用意していたホテルのレストランの一室である。
部屋には既に四人の冒険者が集まっていた。
ニレナ、ナナカ、シィナ、それにカテリーナだった。
カテリーナがこの部屋にいるのは、ニレナ達が呼んだからである。前回の冒険について疑問に思う事が多く、真実が知りたいとナダは聞いていた。
ナダは四人と目が合うと一番近い円卓の席に座り、四人と肩肘をつきながら向き合った。
「で、何が聞きたいんだよ?」
ぶっきらぼうにナダは言った。
「前の冒険についてだ」
カテリーナは腕を組み、ナダを睨んでいた。
「具体的には?」
「ガラグゴの戦闘についてだ。私達が戦っていた時には手伝わず、その後に一人で戦うなんてどういうつもりだ? ナダが強いのは知っている。それを知らしめしたかっただけか?」
カテリーナはゆっくりと冷静に話しているように思えるが、言葉の節々に怒りが隠れているのが分かり今にも吹き出しそうだ。
「シィナも聞きたかったことは一緒か?」
「……そう。あれは明らかに無謀な冒険だった。リーダーとして、どういう考えだったのか知りたい」
シィナも目を細めるだけだったが、カテリーナと同じように怒りが籠っているのが分かる。
「そうだな。お前らには話したことがなかったか――」
「それは私も聞いていない事でしょうか?」
ニレナは自分を指差している。
「ああ、その通りだ。俺の目的から言おうか。俺はマゴスの攻略を目指している。そして――攻略の糸口を既に見つけている」
ナダの発言に驚いたのは、ニレナ以外の三人だ。
ニレナだけはナダから既にマゴスの迷宮についての情報を聞いていたので驚かなかった。
ナダはそれからニレナにも話した事とほぼ同じことを話した。
マゴスに潜り、湖のほとりでモンスターと戦った事。そしてモンスターの大軍に負けて、水中に引きずり込まれた事。湖の中で大量の魚人、奥へと続くような建物を目撃した事。魚人の中には話だけにはよく聞いていたダーゴンも見えた、と言っていた。
ナダは一人で潜っていたため自分の目撃情報だけだと、夢あるいは妄想のたぐいだと思われても仕方ないため、次の情報も付随した。
かつてマゴスに潜った過去の冒険者は湖の奥底にいった事。また大英雄であるアダマスはマゴスを攻略するために湖の奥底へ沈んだこと。それらの情報はオウロから伝えられたものであり、この度、オウロの失敗した冒険も湖に挑んだ事が原因だとナダは言う。
「で、だ。俺の目標はマゴスの完全攻略だ。それを望まない者はこの部屋から出て行っていいぞ――」
ナダは四人を挑発するように言った。
この話で逃げるような冒険者ならナダは仲間にはいらなかった。これから話すのはもっと絶望的な状況である。
ナダも幸いな事に、誰も席を立つ者はいなかった。
「とりあえずは聞くってことでいいな。で、湖に潜るのにあたって最初の問題は解決した。シィナだ――」
「……私?」
「ああ、そうだ。水に潜ろうと思えば、水の加護が必要だ。じゃないと呼吸が出来ない――」
「……なるほど」
シィナはやっとナダとオウロが自分を求めていた理由が分かった。
彼ら二人とも水のギフト使いを望んでいたのである。水のギフト使いの数はそう少なくはないが、パーティー全員に水の加護を掛けられるギフト使いとなると限られる。シィナは七人程度なら問題なく水の加護を施すことが出来るが、できない者も多くいるという。
「そして二つ目の問題は――湖の“ほとり”の突破だ」
ナダは重たい声を出す。
「湖の中の攻略ではなく、ほとりの突破?」
ナナカは頬に指を当てながら考えていた。
「ああ、そうだ。俺も負けて、オウロも負けた。湖を待っているモンスターは数多くいて、その中にはガラグゴが“三匹”もいる――」
「三匹ですか――」
ニレナはため息をついた。
「ああ、そうだ。本気でマゴスを攻略しようと思えば、大量の魚人を殺しつつガラグゴを三匹も倒さなければいけない。ここまで言えば、前の攻略の意図が分かるだろう?」
四人は無言で頷いた。
前の冒険は、ガラグゴを相手できるかのテストだったのだ。
四人で一体のガラグゴと戦ったのも、ナダが一人でガラグゴと戦ったのも全て必要な事だったようだ。
「まず一体目のガラグゴは俺一人で対処する。これは前の冒険で証明できた。残るは二体のガラグゴと大量の魚人だ。これを相手しなくてはいけない――」
ナダは指を折りながらパーティーメンバーを数える。
七人で対処しようと思えば、一体のガラグゴは二人で対処、残りの大量の魚人を二人で対処しなければいけない。
なんとかほとりを突破できる人数でこれだ。余裕をもって戦おうと思えば、三体のガラグゴを全てそれぞれ一人で倒し、一人のギフト使いはナダ以外の冒険者のサポート。残りのメンバーで大量の魚人討伐に当たりたいとさえ、ナダは思っていたが、流石にそれは高望みだ。
「せめてもう一人、ガラグゴを一人で戦える冒険者がいればな――」
ナダは嘆くように言った。
だが、嘆いても仕方がない。
そんな冒険者の知り合いはいない。
ナダはマゴス攻略に向けて、英雄と呼ばれる冒険者の仲間を求めた事もあったが、その辺りに英雄が歩いているわけがない。ナダの知っている英雄はそれほど多くはない。
アレキサンドライトは得体が知れない。
ラルヴァ学園の学園長であるノヴァや近衛騎士団団長のマナに関しては、辺境のマゴスに来て共にパーティーを組んでくれるなど思えなかった。
レアオンに関してはどこにいるのかも知らなかった。
ナダが知っている英雄はそれだけだ。
このマゴスには一般的に英雄と呼ばれる者は一人もいない。もしかしたら隠している者がいるかも知れないが、ナダが見た限り、彼らに並ぶ冒険者は一人として見た事がない。
また同じ英雄であっても、ナダが知っている四人の冒険者は同じ実力ではない。
四人の中で最も弱いのがレアオンであり、マナとノヴァに関してはあまり差が感じられないがノヴァの方が実力は少し上と言ったところだろうか。
アレキサンドライトに関しては――実力が想像すらできなかった。
ノヴァやマナですらも、彼の前においては足下にすら及ばないだろう。それほどの実力差がある。
「で、ナダさん、私達に言う事は?」
深いため息を吐きながら悩んでいるナダに、ニレナは眉間に青筋を立てながら言った。
「そうだな。もしもマゴスの深淵に潜るつもりなら、実力が足りねえぞ――」
「それが私達への激励ですか?」
ニレナは呆れているようだった。
「そうかもな――」
こんな時にどんなことをメンバーに言えばいいのか分からないナダは、気の利いた事が言えなかった。
「はあ、全くあなたって人は……」
「今頃、オウロは何をしているんだろうなー」
パーティーというしがらみが面倒になっているナダは、ソロになってしまったオウロを羨ましく思う。




