第三十八話 オウロ
『へスピラサオン』の冒険の失敗は、すぐにオケアヌスにも広がった。破竹の勢いだった『へスピラサオン』の訃報は、多くの冒険者達に衝撃を与えた。深層にも楽々と潜れるような実力者を揃え、すぐにトップパーティーとも並ぶと考えられていたパーティーが失敗したのだ。それもパーティーメンバーが一人殺されただけではなく、オウロ以外の全ての冒険者が殺されたのだ。
事の重大さに組合はすぐに怪我を負っていたオウロへ長い間尋問を行う事になった。
そんなこともあってか、オケアヌスにいるほぼ全ての冒険者が知ることになるのは、ナダがガラグゴを殺してから僅か二日後の事だった。
冒険から帰ってきたナダの耳にも、当然ながら『へスピラサオン』の事は耳に入る。
自分のパーティーの他のメンバーが『へスピラサオン』の事に驚いていたとしても、ナダは『へスピラサオン』の事を聞いても焦る様子はなく、「そうか」と納得していた。
そんなナダは一人、オケアヌスの街路を歩きながら『へスピラサオン』の事を考える。
オウロの身に起きた事は残念ではあるが、ナダの予想の範囲内の事であった。
『へスピラサオン』のメンバーは、遠目で見た事がある。
よく練られたメンバーが集まったいいパーティーだった。優秀な冒険者が集まっている。王都やインフェルノでもトップパーティーに上り詰める事ができるだろう。
それほどのタレントが揃っている。
ナダはどこでオウロ達が負けたのかは知らないが、無事にマゴスを突破する様子が想像できなかったのは事実だ。
湖の中にいるモンスター達は未だにナダもどうすればいいのか分からないほど一匹一匹が強く、数も多い。水のギフト使いを手に入れても、彼らにマゴスを攻略できないのは当然だろう、とナダは考えていたため、オウロが本格的にマゴスの攻略を始めたとしても、水のギフト使いをパーティーに入れたと聞いても、ナダは全く焦ることがなかった。
自分の攻略の為に、一歩ずつ着実に前に進もうとしていたのだ。
だが、ナダがオウロに会いたいのは事実である。
湖の情報は喉から手が出るほど欲しい。
ナダが見た湖は断片しかなく、視界もよくなかった。水底で見た遺跡のようなものも見たがはっきりとした姿までは思い出せない。これからマゴスを攻略するにおいて、彼の情報は金にも値するほど価値があると思っている。
冒険者組合にオウロの場所を聞いたが、場所は教えてくれなかった。
だからナダは自分の足でオウロを探しているのである。病院は既に退院したと言う。彼の泊まっている宿にも行ってみたが、そこには誰もいなかった。『へスピラサオン』の本拠地にもいってみたが、残念ながら誰もいなかった。
オウロがオケアヌスを出た、という情報はない。
オケアヌスのどこかにいる筈なのだが、と彷徨っている内にナダはかつてはシィナが通っていた教会の扉を開けていた。
教会の奥、祈りをささげる祭壇の前に――オウロはいた。
彼は両膝をつき、まるで神に救いを求めるように祈っていた。その背中は以前に見た彼よりも弱弱しく、覇気が感じられない。
どれほど長い時間オウロが祈っているのか分からないが、きっと短い時間ではないのだろう。
ナダは祭壇に最も近い椅子に座って、そんなオウロを邪魔するように言った。
「よう、オウロ――」
「……ナダか」
祈りをやめて振り返ったオウロはやつれた表情をしていた。
そのままナダとは別の椅子に座る。
「どうだった、マゴスの湖は?」
ナダは余計な言葉を言わず、単刀直入に聞く。
「ナダはあの中に入ったらしいが、私はほとりで終わったよ。足先すら湖につけることは叶わなかった――」
「……なるほどな」
ナダはオウロの短い言葉だけで全てを察した。
オウロは湖のほとりすら突破できなかったのだ。自分と同じところで負けたのである。
その理由は分かる。
大量の魚人に、数体のガラグゴ。それだけを前にナダも敗れたのだ。
オウロもきっと似たような敵を相手に負けたのだろう。
「ナダは知っていたのか?」
「何を?」
「三体のガラグゴだ。私はそれに負けた――」
「ああ、知っているさ。オレも同じ敵に負けたんだ――」
ナダは隠す素振りすらなかった。
「それなのにナダは湖の中に入ったのか?」
オウロは驚いていた。
敗走したと言うのに、湖の中を見たと言うのが信じられないのだ。
「ああ。ガラグゴに追いつめられて、魚人に足首を掴まれて湖に引き込まれたんだ。笑えるだろう?」
「何故そんな目に会って生きているのだ?」
「必死に頑張った――」
「そうか……」
きっとナダは自分を慰めるために嘘を言っているのだろう、とオウロは半信半疑だった。三体のガラグゴに負けた状態で湖に入り、それも足首を掴まれて身動きが取れないのに、そんな状態で逃げられるわけがない。
オウロはナダの強さを知っている。
三体のガラグゴに敗ける様子が思い浮かばなかった。
「で、オウロはこれからどうするんだ? もう一度マゴスの深淵に挑むのか?」
聞きたいことは聞けた。
もうナダはオウロに用はないが、興味本位で尋ねる。
「……分からない。だが、前と同じように潜るのはもう無理だと思う。私のリーダーとしての手腕は地に落ちた。パーティーを全滅させて、一人だけ帰ってきたリーダーの元に集う冒険者などいないだろう?」
オウロは悲し気に笑いながら言う。
彼の犯した失態は、冒険者としては致命的だ。学園での数々の功績があろうと、仲間を全て殺した冒険者に着いて行こうとする者はいないだろう。誰だってそんなパーティーに入りたいとは思えない。
「そうかも知れないな――」
「ナダ、これは噂で聞いた話だが、お前はガラグゴを倒したらしいな?」
「昨日の冒険の事だろう?」
「そうだ――」
オウロは『へスピラサオン』が壊滅したとしても、マゴス内の情報を仕入れるのを辞めていなかった。
その様子に思わずナダは嗤ってしまった。
彼は冒険者としてまだ死んでいないのだ。
もし冒険者を引退するつもりなら、迷宮の情報を聞いたりはしないだろう。それも最新の情報を。
「ああ、殺した――」
「どうやって殺した?」
「一人で殺した――」
「仲間と協力したのではないのか?」
オウロは不思議そうだった。
パーティーを組んだのに一人でガラグゴを倒すなんてありえない。仲間と協力して勝った方が、冒険者としては正しい姿なのだ。
「無理を言って一人で戦わしてもらったさ。だからパーティーメンバーから責められているんだけどな――」
ナダは悪びれもなく言った。
思い出すのは迷宮探索後のパーティーでの会話だ。そこでナダはパーティーメンバーから自分勝手な行動の数々を罵倒された。
特にシィナとカテリーナからは激しく怒られたのである。
ニレナとナナカはあまり怒っていないようだが、二人を宥めるのでどこかに行ってほしいと頼まれた結果、時間が空いたしオウロの事を探そうか、と思ったのである。
「でも、一人で倒した――」
オウロは噛み締めるように言った。
思い出すのは学園長の言葉だ。
「そうだな――」
「どうやったらはぐれを一人で倒せる?」
オウロはナダの強さの秘密が知りたいのだろう。
「強くなればいい――」
「どうやって?」
「さあな。一人で迷宮に潜って、はぐれと出会えば嫌でも戦う事になる」
「で?」
「頑張って戦うだけさ――」
「負けたら?」
「死ぬだけだ。だから死ぬ気で戦うんだよ。それを超えた時、強くなるんだと思う。きっとな――」
ナダはそうやってガーゴイルを超えた。
言葉でなど説明できない。
結局のところ、アビリティを持っておらず、肉体もほぼ出来上がっていたナダに出来る事はそれだけなのだ。
迷宮に潜って死ぬ気で戦う。死なないために戦う。そうやって何度も死線を潜り抜ければ自然と今の強さになったのだ。
理屈じゃないのだ。
「そうか。分かった。ありがとう――」
オウロは椅子から立ち上がって、教会の出口へと足を進めた。
「そう言えばオウロ、お前、パーティーがないんだろう?」
「ああ――」
「俺のパーティーに入る気はあるか?」
ナダは二度目の勧誘を行う。
本気の言葉だった。
「残念ながら、今はどこのパーティーにも入る気はない――」
鈍い光を目に宿したオウロは、教会を足早に出て行った。
誰もいなくなった中で、ステンドグラスから差し込む太陽の光に照らされたナダは名残惜しそうに言う。
「そうか。それはとても残念だ――」




