第三十五話 ガラグゴⅢ
ガラグゴはナダへと狙いを定めると、単調にナダへと拳を落としてきた。
ギフトやアビリティのよる拘束がないため、早く鋭い一撃だ。掠るだけで大怪我になるだろう。
だが、ナダはその攻撃を見慣れてしまった。攻撃する前の腕の振り、肩の動き、様々な予備動作からナダは事前にガラグゴの攻撃を予測し、後ろに飛ぶように下がる。
ガラグゴは地面を強く殴った。
遠くで固まるように休んでいた四人にまで振動が伝わる。
ナダは後ろに下がると同時に、前へと強く地面を蹴った。すれ違うは上げようとするガラグゴの右腕。ナダは一瞬のうちにガラグゴの股下へ潜り込む。ガラグゴの右足が上がるように動くので、ナダは反射的にガラグゴの左足を切りつけた。鱗と鱗の間だ。
だが、固い。
ガラグゴの鱗はしっかりとしている。両腕で振るった陸黒龍之顎でも浅くしか斬る事ができない。固い鱗の上からより深い痛手を与えようと思ったらより深く、より力を込めて切るしかない。
もしくはガラグゴの弱点だ。内股か首の後ろだ。だが、その位置にナダは刃が届くとは思えない。
だから自分よりも大きなモンスターを狩る時の基本を忠実に守る。
巨大なモンスターはまずは四肢を攻撃し、戦力を削ぐのだ。それから徐々に攻撃を体の中心へと移し、やがては命を奪う。最初から弱点を狙えない時はそうしろ、と学園では教わり、ナダは何度もその方法でモンスターを狩ってきた。
ナダ目がけてガラグゴは何度も踏みつけた。
右足で、左足で、振り落とす速さはナダでも冷や汗をかくほどだったが、どれも避けるのはそう難しくない。下ろすときの動作は酷く分かりやすく、どれも紙一重で躱すことが出来る。
地面の振動は腰を低くすることで耐える事ができる。その程度は障害にもならない。
ナダは足を避けると同時に、右や左の足首を陸黒龍之顎で切りつけていた。
どれも浅い剣だ。
骨まで斬る事はできず、鱗を少し斬り裂くだけの。ダメージなど殆どないだろう。だが、それでもかまわない。ナダはずっとガラグゴの足元に張り付いていた。離れる気はない。踏みつけと言う幾つもの猛攻を避けて、ガラグゴの足首にダメージを重ねるのだ。
ナダの剣は、ガラグゴに大したダメージにはなっていない。
逆にガラグゴの足がまともに当たると、ナダは一撃で負けるだろう。
本来ならナダは焦らなくてはいけない状況であるが、本人にその様子は見えない。額に汗をかきながらも涼しい顔をしながらガラグゴの足にダメージを重ねていく。
そんな事が煩わしくなったのか、ガラグゴは両足を地面から離した。
大きな体を空中に浮かす。
ボディプレスだ。
ナダはその攻撃を事前に察知していたのか、その場から離れていた。誰もいない地面にガラグゴは倒れた。先ほどまでよりも大きな地響きが伝わるが、ナダは剣を杖のようにして上半身を揺らしてバランスを取った。残念ながら倒れているガラグゴに攻撃をすることは出来なかったが、ナダにダメージもなかった。
ナダはバランスを取っている間にガラグゴは立ち上がった。
先ほどと同じようにナダへと拳を振り落としたが、ナダは体を前に流した。狙いは以前と変わらない。
ガラグゴの足首だ。それも何度も何度も同じ場所を切りつけるのだ。
ナダに拳が当たらない事を知ったガラグゴは、攻撃方法を変えた。大きなモーションを取って殴るのではなく、ナダを捕まえようと両腕を蛇のように伸ばすのだ。
振りかぶらない分スピードは先ほどまでよりも落ちたが、その分動きが読みづらくなる。
ナダは動きがそれほど速くない。
避けるだけならすぐに捕まりそうだ。
だが、速さがなくなったため、恐ろしさも減った。
ナダは真正面からガラグゴの両手と対峙する。そして様々にフェイントを取りながらも、こちらの体を狙ってくる手へ剣を全力で振るうのだ。
ガラグゴの皮膚は固い。
しかし、斬れないほどではない。
ナダの剣とガラグゴの手がぶつかり合った結果、ガラグゴの皮膚が薄く切り裂かれることとなる。
それが暫くの間続いた。
ナダは迫りくるガラグゴからの脅威に、一度として引くつもりはなかった。全ての手に陸黒龍之顎で対する。体重差があるのでナダの体は少しずつ後ろに退かされるが、潰れる事は決してなかった。
より強く剣を握り、より声を挙げながら剣を振るうのだ。
ガラグゴは手を伸ばしながらも剣で切りつけられるたびに、反射的に手を引いている。どうやら切りつけられるたびに痛みを感じているようだ。それでもナダを殺そうと手を伸ばす姿をナダは尊敬するが、その様子では怖さすら感じなかった。
「はっ――」
ナダは腹のところにある丹田に力を込めた。
全身の力を振り絞り、体のバネを活かす。
ナダはめげずにこちらを潰そうとす右手を全力で迎え撃った。鋭い剣でガラグゴの手をはじき返す事など出来ないが、深く切りつけることは出来た。ガラグゴは咄嗟に右手を引き、左手を伸ばした。それもナダは迎え撃った。ガラグゴは手から血を流しながら後ろに引いた。
ここが――好機だとナダは思った。
ガラグゴに全力で近づく。
狙うは何度も切りつけたガラグゴの右足首だ。
体に熱が回るのを感じる。力がみなぎるのをナダは感じる。要領はいつもと変わらない。これまでに楔を打った足首を全力で切るのだ。固い鱗なのは知っている。固い骨なのは知っている。現にカテリーナ達の剣は全く通じなかった。
だが、斬れないわけがない、とナダは信じている。
どれだけ固い敵であっても、これまで戦ってきたモンスターの中にナダの全力に耐えられる皮膚を持つモンスターなど一体としていなかった。その自信がナダの振るう剣に力を与える。
鈍重な音を立てながら空気を切り裂くナダの剣は、ガラグゴの鱗を叩き割って骨をも砕き、足首を一撃で切断する。
ナダの顔にガラグゴの血がかかる。
足を失ったガラグゴは大きな絶叫を上げてバランスを崩した。
だが、油断するナダではない。
この程度で死ぬようなのが、モンスターでない事をよく知っている。ナダは剣を切り返すと同時に足を滑らせて、浮いた左足を狙いに定めた。
竜巻のように回るナダの体は、もう一方の足も簡単に斬り裂いた。
支えを失ったガラグゴは前へと倒れた。
地面が揺れる。
普通の冒険者ならここで勝ったと思うのかも知れないが、ナダはそこまで能天気ではない。過去に足首を切断しても這いずりながら攻撃してきたはぐれを知っている。そんなはぐれに殺されかけた経験もあるナダは、完全にモンスターの呼吸が止まるまで攻撃を止める事はない。
ガラグゴは両腕を使って体を持ち上げようとする時には、ナダはもう首元にいた。
「確か――お前の弱点は首元だったな」
ナダは起き上がろうとするガラグゴの首に狙いを定めていた。
既に剣は振り上げている。
まるで断頭台にいる処刑官の気分だ。
どれだけ力を込めればガラグゴを殺せるだろうか、そんな疑問を頭に浮かべながらナダは背中を引き絞った。猿叫を伴った唐竹割りだ。剣を習う時に最初に学ぶ剣の振り方であり、最も自信のある剣の振り方だ。
簡潔にして、簡素であり、剣の基本だ。
真っすぐ剣を上げて、真っすぐ振り下ろす。
それだけなのに、何度も練習した覚えがある。真っすぐ斬線がぶれずに振るうのが難しいのだ。剣がぶれれば斬れるものも斬れないので、何万回も剣を振るのだ。それでようやく何かを斬る事ができる。
ナダはそんな風に感慨に浸りながら、剣を振り下ろした。
ガラグゴの薄い皮膚を斬り裂き、固い骨も両断する。首がごとっと取れた。目玉が突出している首が地面に横たわるとどうじに、力の失った体が腹ばいのまま地面に倒れた。
どすん、と大きな音が鳴る。
ナダは力の失ったガラグゴの首を見つめながら剣を持ち上げて、血を払うように横に振るった。
「ま、こんなもんか――」
弱い、とは思えない。
はぐれと言うだけあって、これまでマゴスで戦ってきた多くの魚人、あるいはバルバターナよりも強い。
だが、それだけだ。
これまで戦ってきたはぐれよりも強いとは思えなかった。
例えばガーゴイル、例えば虫の騎士、例えば百の武器の操るモンスターなどだ。それらのはぐれと比べれば、ガラグゴは狩るのが容易なはぐれだ。
その事が分かっただけでも、今日の冒険は得るものがあった。
ナダは今回の冒険に満足しながら快活な笑顔で四人に言った。
「さ、カルヴァオンを回収して帰ろうぜ――」




