第三十四話 ガラグゴⅡ
モンスターの中には特殊な攻撃を放つ種類がある。
有名なのが火竜だ。彼らは口から火を放つことができる。その火力は冒険者を簡単に焼き尽くすほどであり、冒険者から恐れられているはぐれである。
そんな特殊な攻撃をするモンスターは火竜に限らず、遠距離攻撃を持つモンスターは多い。
だが、ガラグゴはそうではない。
特殊な攻撃をしないモンスターだ。他の多くの魚人、あるいはバルバターナと違い武器を使う事もない。ガラグゴは大きな体で冒険者を殴って蹴るだけだ。
しかしながら、それが厄介だった。特殊な攻撃を持っていないモンスターはどうしてか力がとても強く、耐性も高い。一説には特殊攻撃に回している力を、全て体力に回しているから、という説があるか当たっているかは不明である。
ガラグゴもそういうモンスターだった。
ガラグゴは攻撃を避けられた後、標的をナナカに決めた。追いかけて拳を振り下ろす。
ナナカはそれを冷静に対処しようと無言でアビリティを使う。『鉛の根』だ。鈍色の根のようなものが、ガラグゴの体から生えて縛り上げようとする。
ナナカも全力でアビリティを使っているのか、その根はいつもよりも太く力強い。
一瞬だけ――ガラグゴの動きが止まった。
身の毛もよだつ声をあげた。叫声だった。まるで冒険者を威嚇するように、そして自らの力を振り絞るように。
ガラグゴは全身を絡みとめようとする根っこを引きちぎり、ナナカに拳を振り落とした。
ナナカにとってそれは避けられない速さではなかったが、アビリティに気を取られ足が居着いている。反応が一瞬止まってしまった。まさか自分のアビリティを振り切られるとは思っていなかったのだ。
せめてもの抵抗としてナナカは自分の剣を盾のように使った。
ガラグゴの拳が直撃する。
だが、音が軽い。
ナナカが後ろに飛んでいたのだ。
激しくナナカは飛ばされるがダメージは少なかった。水のはった地面に音を立てながら激しく転がるのみであり、額を少し切った程度で済んだ。
ナナカは剣から決して手を離しておらず、闘志をむき出しにしたままでガラグゴへと駆け出した。
ナナカを飛ばしたガラグゴは次の狙いをカテリーナに決めた。
攻撃方法は変わらない。ナナカの時と同じく近づいて殴るだけだ。それ以外の攻撃法をガラグゴは持っていないのである。
ガラグゴの攻撃はとても速いが、どれもテレフォンパンチであり“振り”が大きい。だから避けるのは簡単だ。拳の狙っている場所を的確に見極めて、最小限の動きで安全地帯へと逃げ出すのだ。
この方法ならば、カテリーナは体力の続く限り何度でもガラグゴの攻撃を避ける事ができる。
そして、ナナカは一瞬だけガラグゴの動きが止まったのを目にする。
すぐに駆け寄ってきたナナカの『鉛の根』と、シィナの水のギフトによって二重に体を縛り上げられた。太く力強い根っこと無数の透明な糸によって体の動きが止まったのだ。
だが、それも一瞬だ。
ガラグゴは絶叫と共に体を膨れさせるのだ。全力を使うのだろう。ガラグゴは簡単に根っこと糸を引きちぎり、一番近くにいたニレナへ拳を振り下ろそうとした。
ガラグゴの目が、カテリーナから外れる。
カテリーナはそこを狙った。
「しっ――」
カテリーナが鞘にしまった剣から放つのは、必殺の一撃――『閃光』だ。眩い光でガラグゴの目を潰し、空中に飛んで太ももの付け根。ガラグゴの弱点とされる場所に剣を叩きこむ。
切った感触はあった。
鱗の柔らかい場所を狙ったのだ。切れない筈がない。
「やはりっ――」
だが、感触は軽い。致命傷にはならなかったのだ。
ガラグゴの体の深い場所は固い骨が守っており、浅い部分しか切れなかった。ガラグゴの傷から大量の血が溢れ出した。空中で身動きの取れないカテリーナは避けられず、勢いよく飛び出した血によって濡れる。
そんなカテリーナの体へとガラグゴの大きな膝が突きあがる。
「氷よ――」
ニレナが氷のギフトを使う。
カテリーナを守るように包み込むように氷壁が現れた。ガラグゴの膝は氷を砕きながら突き進む。明らかにスピードは落ちていた。
だが、ガラグゴの膝は止まらない。
威力はだいぶ抑えられたが、カテリーナの腹部に直撃した。そのまま天井まで叩きつけられる。
「ぐっ――」
低いうなり声を出すカテリーナ。
意識を失ったのか彼女は手から剣を放してしまった。そんな彼女を受け止めるようにシィナが優しく水で包みこむように守る。
その間、ガラグゴは新たな標的を見つけていた。
次は――ニレナである。
彼女へと拳を振り下ろした。ニレナは足を使って躱しながらも氷のギフトで拳の動きを弱める事を忘れない。
剣で攻撃している暇はない。既にニレナは剣を鞘にしまっており、ギフトを使ってガラグゴに攻撃しようと試みているが長い祝詞を唱える暇がないため、短い祝詞で出来る限り強力なギフトを使おうとするがいずれも決定打にはならない。
そんなニレナを助けるように、ナナカが果敢にもガラグゴに斬りかかる。当たったのはふくらはぎだ。鱗が固く傷すらつかない。だが、ターゲットはナナカに変わる。ガラグゴは拳の標的をナナカへと変えた。
ナナカはガラグゴの拳を避けて剣で受けながら、必死にアビリティでガラグゴの動きを止めようとするがあまり効果はない。ガラグゴの筋肉は拘束を解いた時のように猛っていて、その程度では止められない。
シィナもそんなガラグゴへと全力でギフトを使う。水を細くしガラグゴの動きを止めるのだ。シィナはギフトを攻撃には回さなかった。一度だけ水の鞭で叩こうとしたが、固い鱗の上からだとダメージにすらならなかった。
だから他の冒険者のサポートに回ったのである。
水の糸を何度ちぎられようと、その度に新しい水の糸を生んで動きを止めようとする。額に汗をかきながら必死にギフトを絶えず使っている。
ターゲットから外れたニレナもギフト使いとして働いていた。
時には氷の矢を生み出してガラグゴへと放つが、あまりダメージにはならない。
だからニレナは氷の柱を生み出してガラグゴの動きを阻害し、足元から氷漬けにしようとした。ニレナは必殺のギフトを使おうと思ったが、それだとナナカ一人に任せている前線が持たないのでサポートに回るしかなかった。
また自身の全力のギフトも、必ずガラグゴに通用すると言う自信はない。現にギフトは効くが、効果は薄いように思えた。
二人のギフト使いによるガラグゴへの動きの妨害、そしてナナカのアビリティの働きによって最初に出会った時よりも明らかにガラグゴの運動性能は落ちていた。
狙い時だと言うのに、残念ながらナナカ一人だと火力が足りない。ナナカのアビリティは攻撃に適したアビリティではない。どれだけ剣を全力で振ろうと固い鱗の上からナナカは傷を付ける事はできず、かと言ってガラグゴの弱点を狙うにはリスクが高い。
三人はガラグゴと均衡を保ちながらも、じわりじわりと追いつめられている。だれかのギフトが使えなくなった瞬間に、瞬く間に三人とも潰されるだろう。
そんな事が少しの間続いて、地面に横たわっていたカテリーナが目を覚ました。
即座に状況を確認する。ガラグゴは三人と平等の戦いを繰り広げている。自分の剣を探すとすぐ近くに落ちていた。
そして――ナダを見つけた。
三人とガラグゴから離れた場所で、あくびをしながら呑気に佇んでいる彼の姿が。まるで他人事とも思えるような彼の態度を前にして、カテリーナは怒りのあまり大きな声を出していた。
「何をしているんだっ!? ナダっ!!」
言いたいことは沢山あった。
何故三人に加勢しないのか。今の状況でナダの手助けがあれば、ガラグゴに一矢報いる事ができるかも知れないのに。
しかしナダはカテリーナの声が聞こえたとしても、動く様子もなく冷めた目でまた三人とガラグゴの戦闘に目を戻すだけだった。
「どうしてっ!」
そんな嘆きの声が口から漏れながらも、カテリーナは剣を拾い上げて三人の加勢に回った。今の状況で自分が加われば、役立たずなリーダーであるナダがいなくてもガラグゴに勝てると思ったのだ。
「しっ――」
カテリーナはガラグゴに距離を詰めてすぐに斬りかかった。
『閃光』を使うが、ガラグゴの足首に当てても斬り裂くことは出来ない。固い鱗に阻まれるのだ。
カテリーナとナナカは互いに協力してガラグゴのターゲットを奪いあい、錯乱させるように動き、牽制として剣を振るう。ガラグゴはどちらを狙えばいいのか分からず、迷いのある拳が二人の冒険者に届くわけがなかった。
二人のギフト使いは未だにサポートに回っているが、誰もガラグゴに致命傷を与えられない。
四人の中で唯一ダメージを与えたカテリーナは、ガラグゴの太ももの付け根ならいつでも攻撃することができるが、固い骨が防具のようになっているので致命傷を与えるのは難しい。
だからカテリーナは叫んだ。
「ニレナっ、道を!」
カテリーナが見据えるのはガラグゴの首元。もう一つの弱点だ。
「分かりましたわっ!」
ニレナはガラグゴの動きを止めながらも、四つの氷の柱を生み出した。うねりながら進む氷の柱は決してガラグゴを攻撃するものではなく、首へと続くカテリーナの為の道だ。
四つの道の内一つを選んだカテリーナは、真っすぐガラグゴの元へと駆け上がる。だが、最後までの首への道はないので、カテリーナは全力で飛び出した。狙いはガラグゴの首だ。
もう少し、もう少し。
そう思いながらも鞘を持つ左手と、柄を持つ右手に力が入る。長い経験によって分かる剣の間合いに入った。
カテリーナは瞬時にアビリティを使おうとするが、数舜早くガラグゴの頭が振り向いた。
大きく口を開けて、空気がよどむような絶叫を出す。そのあまりの大きさにカテリーナは反射的に耳を塞いでしまう。アビリティを発動できない。カテリーナは無防備な状態で空中に投げ出され、ガラグゴはそんなカテリーナを狙った。
まるでハエを潰すかのように両手で叩く。
「氷よ――」
瞬時にニレナのギフトがカテリーナを包み守るが、ガラグゴの両手はそんな氷を破壊する。
カテリーナへと手がかかろうとした時、ニレナは冷たい声で告げた。
「私の氷よ――」
カテリーナを包み守る氷に更なる力を注ぎこむ。
ガラグゴが潰すよりも早く発動したそのギフトは、刹那の間にカテリーナを包んでいた氷が膨れ上がる。
ガラグゴが手を離すと、氷の球体に包まれたカテリーナが地面に落ちた。
ガラグゴは仕留められなかったカテリーナへと叫んでいた。怒っているようだ。だから地面に落ちた球体に向かって右足を振り上げて、そのまま踏み潰そうとする。
「――駄目だな」
そんなガラグゴのもう一方の軸足の足首を“斬った”のが、ナダであった。
だが、傷は浅い。足首から少し血が流れただけだ。
それでも、ガラグゴの標的は変わる。
自身を傷つけたナダへと。
ナダはガラグゴの血走った視線をその身に受けても焦る様子はなく、必死の形相で戦っていた四人にため息交じりに言った。
「もうギフトを使わなくていいぞ。勿論、アビリティも――」
「……どういう意味?」
即座に反論したのはシィナだった。
「もう動きを止める必要がないって意味だ。あとは俺が倒す――」
「……だから、意味が分からないっ!」
シィナは強くナダの言葉を否定するが、ナダは聞く耳を持たない。
「まさかこの程度も“四人”で倒せないとは思わなかった。後は俺が倒すから、アビリティもギフトも使わなくていい。あの程度、一人で倒せる――」
ナダはガラグゴを見据えた。
その言葉を聞いたニレナとナナカは言っても聞かない事を知っているので、諦めたようにガラグゴへと使うギフトとアビリティを止めた。
崩れた氷の中から這い出たカテリーナは、ガラグゴと相対するナダを見つめる。
「……なんて自分勝手。死ねばいいのに」
シィナは吐き捨てるように言って、ガラグゴへとかけていた水のギフトを止めた。
ガラグゴは大きく叫ぶ。
これまで自分の体を縛っていた枷がなくなったことに感激したのだろうか。
「さて、ガラグゴ、殺してやるよ――」
かつての屈辱を晴らすかのような言葉がナダの口から出た。
ガラグゴへと向けた呪詛のように。




