第三十一話 現状
この日は迷宮に潜る前に、今日雇うフリーの冒険者を選ぶために、ナダは他の仲間よりも一足早く冒険者組合に訪れていた。
顔なじみの受付嬢と共に、二階にある個室にいる。
そこで数々のフリーの冒険者の資料を広げて、今日誘う冒険者を決めるのだ。組合としても実りが大きいので力を入れており、資料も数多くあった。
その中にはこれまでパーティーに入れた冒険者であるパレイア、タリータ、ネバも当然ながら含まれており、彼らのアビリティやこれまでの冒険歴なども事細かに書かれてあった。
だが、大半は既に読んだ資料である。
あまり興味も惹かれなかった。
「ネバさんはどうでしたでしょうか?」
資料をぱらぱらと捲っていると、彼女から話しかけられる。
ネバを選んだのも彼女だった。
進められるがままにナダはネバをパーティーに入れたのである。
「いい冒険者だったさ。深層まで目指せる冒険者だ。だが、パーティーに入れようとは思わない」
ナダの目的はマゴスにいる多くの冒険者と同じように、マゴスの攻略であるが、目的は湖の中だ。
その攻略を考えた時に、鞭と言う武器が適しているとは思えなかった。
水の中では動きの殆どが阻害され、鞭の武器であるしなるスピードが活かされない。他に奥の手があればメンバーに入れるのも検討するが、持ってそうには見えなかった。
彼女の持ち味は動かなくても、他の冒険者より長いリーチを持つことだ。動きにくいマゴスでその長所が役に立つと踏んだのだろう。
実際にその通りだとナダも思っている。
水中にさえ潜らなければ、是非ともパーティーに欲しい冒険者だと思うのだ。
「そうですか。彼女の以上の冒険者となると、なかなかに難しいですね――」
どうやら彼女にとって、ネバは珠玉の冒険者の一人だったようだ。
確かに契約金が高かったことをナダは覚えている。おかげで昨日の冒険は赤字である。
「そうなのか?」
「ええ。優秀な冒険者は既にどこかのパーティーに入っています。ネバさんは最近パーティーを抜けたので、たまたまフリーになった冒険者なのです。彼女を誘っているパーティーも多く、きっとすぐにどこかのパーティーが獲得するでしょう」
「へえ――」
ナダはたまたま広げているネバのプロフィールを見た。
前にいたパーティーは男が三人、女が三人のパーティーのようだ。解散理由は方向性の違いとしか書かれていなかったが、パーティーは結成してから長かったようだ。元々はネバを除いた五人のパーティーであり、ネバが加入してから僅か三か月で解散したようだ。
またネバが所属したパーティーはいずれも解散しているようだ。詳しく理由は書かれていないが、冒険の方向性の違い、パーティー内の不和、信頼感の低下など様々な事が書かれていた。
だが、あまりナダは興味がなかったのか、すぐに冊子を閉じた。
パーティーが解散するのはそう珍しい話ではない。
多くの冒険者が幾つものパーティーを作り上げ、また抜けていくのだ。ずっと同じメンバーで同じパーティーに所属している方が稀である。
「他にめぼしい冒険者はいますか?」
ナダは他のフリーの冒険者もぱらぱらと見て回るが、あまりめぼしい冒険者はいなかった。
「いないな――」
今後の事を考えて水中の中へ行けるメンバーが欲しいが、このリストに載っているメンバーにあの環境で戦えそうな者はいない。
それもその筈。
人は水中で戦うようには出来ていない。アビリティも同じだ。水中で適したアビリティは少ない。
理想なのはナナカのように水中でも使えそうなアビリティを持っているか、自分のように水中でも問題なく武器を扱えそうな体を持っている事だ。
「オウロか――」
出来る事ならば彼が仲間に欲しい。
武器の扱いは一流で、体も仕上がっている。ナダの知っている彼の強さはレアオンとも同等である。
その強さは三年前と比べると、より磨かれているように思えた。
仲間に出来るなら心強い冒険者である。
「オウロ様ですか――」
彼女はどうやら思い当たる節があるようだ。
「オウロがどうかしたのか?」
「知らないのですか?」 彼は今、ここオケアヌスで『へスピラサオン』というパーティーを新しく作り上げてリーダーをしています」
「それでどうなんだ?」
「破竹の勢いで攻略しております。マゴスに来てまだ一か月も経っていないのに、攻略の深度とスピードはトップパーティー並みです。三日前の攻略では、マゴスで一日に手に入れたカルヴァオンの量ではトップに躍り出ましたし」
「凄いな――」
「ええ。そうですね。私達の間でも、『へスピラサオン』は最も注目するパーティーの一つです――」
彼女は『へスピラサオン』の事を教えてくれた。
五人で編成されたパーティーのようだ。
アビリティ使いが四人に、ギフト使いが一人。そのギフトは闇のギフト使いであり、元々はミラで活動していた冒険者らしい。
オウロを除く三人のアビリティ使いはいずれも優秀であり、マゴス以外の迷宮で活躍していた冒険者のようだ。
さらに水の中でも使う事を考えているようなアビリティしかないのは、きっと気のせいではないだろう。
オウロは――本気でマゴスを攻略しようとしている。
「まだマゴスに慣れていない冒険者達で、ここまでの速度で攻略しているのは驚嘆に値します。ゆくゆくはマゴスのトップになるでしょう。少なくとも私たちはそう考えています。――」
冒険者組合の判断としても、納得のいくものだった。
きっとオウロは“水のギフト使い”さえ手に入れれば、今にでもマゴスの深淵に挑むのだろう。
だから今でもシィナに声をかけている。それはリーダーのナダの前でも変わらない。様々な言葉と利を提示して、何とか彼女を引き入れようとしているのだ。
シィナはマゴスに復讐しか望みがないため、オウロの誘いに乗ることはないと今のところは言えるが、将来はどうなるか分からない。
オウロの攻略を聞いていると、ナダも焦りを感じてくる。
「他に最近躍進しているパーティーはあるのか?」
「ええ、ありますよ」
彼女は微笑んだ。
「どんなパーティーだ?」
「『コーブラ』という名前のパーティーです」
聞いた事のあるパーティーの名だ。
ニレナが過去に所属していたパーティーとナダは思い出し、最近度々見かけるハイスという男の事も思い出した。
彼のアビリティも何も知らないが、一目見る限りだと冒険者の実力としては悪くはない男である。
だが、印象は薄い。
ナダにとってハイスとは縁の下の力持ちのような男であった。
「元々は王都で活躍していたパーティーの様ですが、新しい場所を探してオケアヌスに来たようです」
「強いのか?」
ナダは率直に言う。
「ええ、優秀ですよ。最近この町に来たパーティーだと、『へスピラサオン』に続いて二番目の実力です。既に中層も突破しているようですね。ただ……」
「ただ?」
「王都では長い間じっくりと攻略していましたので問題ではなかったですけど、パーティーメンバーは小さく纏まっていますね。熟練の冒険者が集まっていますが、火力面のみを見ると少しだけ物足りないですね。ごり押しが出来ない分、中層で足踏みしているのでしょう」
彼女が言うのは納得の評価であった。
だからリーダーのハイスはニレナを求めているのだろう。彼女のギフトは強力だ。苦戦する状況でも、一手で全てを覆すほどのギフトがある。
きっと王都において『コーブラ』をトップパーティーにまで引き上げたのは、ニレナの力が大きかったのだろう。
ハイスはだから今も彼女を求めているのだ。
ナダとしては、ニレナを手放す気は全くない。
彼女の力は自分の目的に必要だからだ。
もしも不要ならニレナに別のパーティーに行くように言っている筈である。
それはナナカも一緒だ。
「じゃあ逆に聞くが、俺のパーティーの評価はどうなんだ?」
「そうですね。私達から見たら試行錯誤中のパーティーでしょうか」
「そうなのか?」
ナダは首を捻った。
「当然でしょう? 未だに五人目のメンバーを正式に決めず、フリーの冒険者を毎日変えています。目的があるとしか思えません」
「なるほどな。で、そんな試行錯誤中のパーティーに合うような“面白い冒険者”はいるか?」
ナダの質問に、彼女は資料の中から一人の冒険者を薦めてきた。
「なら、彼女はいかがでしょうか? フリーの冒険者の中でも、凄く偏ったアビリティの持ち主です」
彼女が紹介する冒険者の名前は、カテリーナと言う。
ナダは今回はいる冒険者が、マゴス攻略に向けた鍵の一人になればいいな、と願った。




