第三十話 パーティーⅩ
マゴスの冒険は遅々と進む。
今日も五人で潜っていた。いつものメンバーに加えてネバというフリーの冒険者を仲間に加えていた。
ネバと呼ばれる女性の冒険者はグラマーな女性だった。
身長が女性の中では高く、ムッチリとした体はホーパバンヨを着るとひときわ目立つ。灰色の髪を編み込んでいて、口元にあるほくろは色っぽい。きっと男たちの目も釘付けになるだろう。
冒険者としては優秀であり、鞭を主体に使うようだ。
ナダ達の冒険スタイルは少しずつ変わっている。
今日はナダが補助に周り、ナナカ、シィナ、ニレナが前に出ていた。いつもは後ろにいる筈のニレナが剣を持って前線に立っているのは、彼女たっての希望だ。今日はギフト使いではなく、剣士として扱って欲しいと。
その言葉通り、ニレナは剣に氷のギフトを付与している。斬ったモンスターを凍らす効果が加えられているのだ。並みの剣士よりも、剣の威力は上だろう。
ナナカ、ネバもニレナに負けてはいない。
ナナカは『鉛の根』を使い、的確にモンスターを己がままに動きを止める。時にはアビリティを使わずに剣のみで倒すこともあるが、マゴスの冒険についてはまだまだナナカは勉強中だ。少し使いすぎるぐらいがいい。
ネバはタリータとは違い、足はそれほど速くない。
だが、彼女の扱う鞭のリーチはナダの陸黒龍之顎よりも長く、前線で戦っているナナカとニレナの隙を狙って黒い鞭で“斬って”行く。
ネバの持つアビリティは『愛の鞭』と言う。持っている武器を硬質化し、刃に変える力を持つ。だから本来なら柔らかい先端をしならせて相手の皮膚に攻撃する武器である鞭を、細く鋭い刃物へと変えるのだ。
それは鞭のスピードを持った鋭い剣であり、ネバが手首を翻すだけで瞬く間に魚人、あるいはバルバターナを細切れにしていく。
狙いを付けるのは難しい鞭であるが、長年の経験だろうか。
ネバは動くナナカとニレナの肌は傷つけることなく、モンスターを殺すことが出来るのだ。
そんな三人をサポートするのがシィナである。
彼女はギフト使いとして水の鞭を駆使し、モンスターの動きを阻害するのである。時には鞭で絞殺すこともあったが、ほぼしなかった。ギフトの無駄遣いをしないのである。わざわざギフトだけで殺すぐらいなら、戦士に任せる方がはるかに効率がいいからだ。
そんな中でナダは今日は殿を務めていた。
パーティーの一番後ろで、背後から襲ってくるモンスターを狩るのだ。
だが、前にいる三人は優秀だ。迷宮内の攻略速度はそれなりに速いので、後ろからモンスターに襲われることはない。
だからナダの仕事と言えばカルヴァオンの剥ぎ取りと荷物持ちぐらいだった。あとはずっと欠伸をしている。
未だに潜っている場所は浅く、弱いモンスターしか出ない。
今の五人の実力なら中層に挑戦しても楽であるにも関わらず、リーダーのナダの意向でまだまだ余裕をもった冒険を続けているのだ。
一日の殆どを浅い層を巡り、深い場所へは毎日少しずつしか進まない。
冒険の速度としては、新人よりも遅いだろう。
少し前まで一人で長時間も奥底に潜っていたナダからすれば、今の攻略速度は体がなまりそうだ。苦戦と言う苦戦に会う事が無ければ、ぴりっとした緊張感に包まれた事もない。
まるで新人の冒険者に、熟練者が付き従っているような感覚だ。
だが、ナダは今の冒険に満足している。毎日少しずつだが下に進み、迷宮にも順当に慣れてきている。
無駄な挑戦はしない。
そんな事をして、失敗などして仲間を失ったらこれまでの努力が水の泡になるからだ。
自分一人だけならいい。
生き残れる自信がある。
だが、他のメンバーの命が保証できるかと思うと、ナダは首を横に振るだろう。何人かは死ぬだろう。
そんな調子で今日の冒険は終わった。
いつもと同じように冒険者組合へと向かっている。幾つかの税を納める。残りのカルヴァオンはスピノシッシマ家に送るのだ。
「ねえ、ナダ様ぁ。私をパーティーにぃ、入れて下さらない?」
その移動の途中である。
ナダは隣にいるネバから甘ったるく話しかけられていた。ネバはナダの腕にもたれ掛かっており、まるで誘惑しているようであった。
「まあ、考えておくよ――」
ネバの柔らかい体が当たったとしても、ナダの表情はあまり変わらずむしろ困ったような顔をしていた。
こういった事にあまり慣れていないのかも知れない。
「えー、私ぃ、役に立つわよぉ。そこの二人よりもぉ、別の意味でもー」
ネバが流し目で見たのは、ニレナとシィナである。
シィナはネバの言葉に何とも思っておらず無表情であったが、ニレナは凍り付いた笑顔で答えた。
「それはどういう意味でしょうか?」
「ええー、それを言わせちゃうのぉ?」
ネバは挑発するように甘い声を出すと、自分の胸を触って「こことか?」、それから尻を撫でて「こことかぁ?」と言った。
それは自分の魅力に自信を持っている者の言葉であり、確かにニレナと比べるとネバのほうが大きいだろう。
「それは私への挑発でしょうか?」
ニレナはこめかみはぴくぴくと動いていた。
「ええ。確かに顔がちょっとばかしいいみたいだけどぉ、やっぱり女の魅力は“こっち”だと思うのよねえ。ねえ、ナダ様、私をパーティーに入れて下さらない? 私、これでもうまいのよ?」
「そうか――」
ナダは無視したまま、今後の冒険について考えている。
まだまだ課題は多いのだ。
迷宮に潜っている間も大切な時間であるが、終わってからの時間も大切な時間だ。次の冒険に向けて準備をしなくてはいけない。
「どうやら、ナダさんはあなたに興味がないようですね」
ネバの色香に心が揺れ動いていないナダに、ニレナはうんうんと頷きながら満足している。
「今は皆が見ているからぁ、素っ気ない態度を取っているだけと思うわぁ」
「そうかしら?」
「ええ、だってこんなパーティーを作るものぉ。あなた達もナダ様のハーレムの一員じゃないのぉ? 分かるわよぉ。こんなに体力のありそうな人だったら、一人だけだと体が持たないわよねぇ? 私もそれに入れて欲しいってだけだわ」
ネバはニレナ、ナナカ、シィナを嘗め回すように言う。
彼女の頭の中では、毎晩ナダに抱かれている姿を想像しているのだろう。顔を紅潮させて興奮しているみたいだ。
「え、私違うんだけど。ナダとはビジネスライクの関係よ」
「……私も関係ない」
ナナカとシィナは否定するが、ネバは聞いてなどいなかった。
「羨ましいわぁ。これだけ体が立派だもの。きっと“あっち”も凄いはず。私もそれにあやかりたいの」
「はっ、ナダさんはあなたなんかに興味はありませんわ――」
「さっきから何なのよ、やけに突っかかるわねぇ。別にいいじゃない。仲間に入れるぐらい」
「だからですね――」
白熱した会話を続けているニレナとネバを置いてナダは進む。
今の興味は冒険者組合だけだ。
今日のカルヴァオンの売り上げは、それに伴う出費は、今後の冒険にかかる支出は、など慣れていない金勘定で頭が湯上がりそうになっていた。ナダは算数があまり得意ではなく、計算も苦手なのだ。
そんなナダの横について歩くシィナが、ニレナとネバを無視してナダに話しかける。
「……ねえ、こんな冒険の速度でいいの?」
彼女の興味も冒険にしかないようだ。
「いいさ――」
ナダは満足そうにしていた。
「……いつになったら奥に挑むの?」
きっとシィナは一刻も早く奥に潜ってダーガンを倒したいのだろう。
気が焦っているようにも見える。
「時が来たら――」
「……それっていつなの?」
「迷宮攻略の準備が整ったら、だ」
「……何が足りないの?」
「何もかもが足りねえよ。メンバーだってまだそろってねえし、ニレナさんやナナカも経験が足りない。シィナだって冒険者に復帰したばかりだろう? 体力がないように見えるぜ」
ナダは迷宮内で仲間の様子をよく観察している。
「……そう?」
「ああ、シィナもっと体を慣らした方がいい。その調子じゃあ深層に行く前に死ぬぜ――」
ナダは笑顔で言った。
「……そう」
ナダはアドバイスでシィナに言ったつもりだったが、彼女はむすっとした仏頂面になる。ダメ出しをされるとは思ってなかったのだろう。
だが、シィナも否定はしなかった。
彼の冒険者としての感性を信じているので、今は耐えるしかなかった。
彼女の中でゆらめく暗い炎は、何としてもダーゴンを焼き尽くそうとしている。
そんなナダとシィナには気づかず、今もニレナとネバは言い争っていた。
「だからぁ、あなたって、そもそもどういうナダ様とどういう関係なのぉ? 所詮情婦の一人でしょー?」
「違います! 私は清く正しい婚約者です!」
「そう。第一夫人ってわけねぇ。私は第二夫人としてよろしくぅー」
「だから、そういうことではなく……」
二人は激しく口論を交わしているので、色々なものから注目を受けていた。
その中には浮気や女の争い、などと言う者も多く、最近女の事で噂になっているナダを巡る諍いだと思う者も多かった。
女性問題で仲たがいになったり、解散になるパーティーも多い。今後の参考として二人の女性の様子を観察していた冒険も中にはいた。
そんな中、ニレナの話に興味を持ったナナカが、シィナがいる逆のナダの左側に並んでいた。
「ねえ、ナダ、さっきニレナさんがあんたの事を婚約者って言っていたけど、本当なの?」
ナダはナナカの質問に遠くを見るような目をし、暫くの間考えてから答えた。
「いや、何のことだかさっぱり分からねぇ――」
ナダはそう口に出してから、そう言えば、と思い出した。
遠い昔にそのような話をしたような気もするが、あまり興味がなかったので今まで忘れていたのだ。
面倒なので、このまま忘れたふりをしていよう、とも思っている。
「へえ、そうなの。ま、単なる冒険者のあんたと貴族のニレナさんじゃあ釣り合わないか」
「まあ、そういうことだ」
ナダは自信満々に頷いた。
そんな会話をしるわけもなく、ニレナとネバは今も言い争っている。人垣ができるほど注目されていた。
ナダはそんな二人の目を盗むように、身を屈めながら冒険者組合へと向かう。女同士の争いに首を突っ込まない方がいい、というのはかつて女性が中心のパーティーだったアギヤにいた頃に学んだ処世術の一つである。
ナダを追うように、シィナとナナカもその場から離れたのだった。




