第二十六話 パーティーⅥ
次の日の冒険は三人で行う事になった。
昨日の冒険の振り返りから、浅層ならばわざわざフリーの冒険者を雇う必要はないという結論に達した。
メインの戦闘はナダで事足りるし、多少のモンスターが出たところでニレナもナナカも戦える。昨日程度のモンスターならば、アビリティやギフトがなくても問題のない敵だった。
冒険者組合で迷宮に潜る手続きをしている時に、たまたまパレイアと会ったので「臨時のパーティーメンバーに入れて欲しい」と言われたが、ナダはリーダーとして丁重に断った。
今日の冒険はモンスターを倒すのが目的ではないため、契約金も満足なカルヴァオンも手に入ることはできないと。
パレイアは残念そうな顔をしていたが、フリーの冒険者がどこかのパーティーに強引に入ることは出来ないため、臨時のメンバーを探しているパーティーがないか掲示板を見に行っていた。
三人は手続きを終わると、すぐに鎧に着替えてマゴスに潜った。回っているのは当初の予定通りの浅層だ。
最初の冒険は昨日と同じように始まる。
先頭に立つナダが、モンスターを惨殺していくのだ。
陸黒龍之顎は、一日や二日で調子が悪くなるほど繊細な武器ではない。数十体ものモンスターを骨ごと断っても、切れ味は全く悪くならない。武器の調整もせずに数千体ものモンスターを殺す自信さえナダにはあった。
そして、ナダは少しだけ迷宮内を進むと、後ろにモンスターを逃がす。
始めは一体だ。
だが、今日は昨日よりも気を使っていた。
逃がすモンスターも浅く切りつけている。例えば武器を持っている腕を切り落としたり、腹を薄く切ったりと。それを安全に対処できれば、無傷のモンスターを後ろへ。
次に二体。どちらも切りつけている。それから傷を浅くしたり、片方だけのモンスターは無傷だったり、そんな試練をナダは楽しそうに後ろの二人に与えていた。
本日はギフト使いを守るための戦士がいないため、ニレナは危険にさらされるが本人に焦った様子はなく、むしろ楽しそうに腰に下げている直剣を抜いている。刃の長さは四十センチ程と戦士の中では短いが、彼女にとっては十分な長さなのだろう。
最初はギフトを使わずにやってくるモンスターを剣で切りつける。きっと彼女の剣も業物なのだろう。モンスターの鱗を避ける事もなく、的確に命を奪っている。手こずる様子はなく、固い部分であっても涼しい顔でニレナは切っていた。
ニレナの姿は、ギフト使いと言うよりも、近接戦闘専門の冒険者の姿だった。
それもその筈。
ニレナは様々な意味で、温室では育っていない。
もちろん冒険者としてもだ。
アギヤにいた頃、ニレナを守る冒険者はいなかった。常にモンスターから襲われるという状況で、モンスターの攻撃を避けて時には剣のみでモンスターを殺していたのだ。
その実力はイリスの折り紙付きであり、アビリティやギフトなしの試合ならイリスとニレナの実力はほとんど変わらない。
ナダもその様子をよく知っている
だからナダは彼女の楽し気な様子を後ろで感じながら、満足した様子で後ろに送るモンスターをより強く、より多くしていた。
ニレナと背中合わせでモンスターを殺しているナナカは、とても驚いた様子でニレナの剣技を見ている。
剣の実力は自分と同等。長さというアドバンテージが無ければ自分よりも上かも知れない、と思うほどニレナは華麗にモンスターを殺していたのだ。もう長年マゴスで活躍している冒険者と見間違うほどだった。
ナナカにとってニレナは昔からの尊敬する先輩なので、剣使いとして嫉妬するわけでもなく尊敬するように彼女の動きから得られるものはないか、と必死に学ぼうとしていた。
例えばニレナの足さばきや剣の振り方だ。とても切れ味のいい剣を使う非力な女性の戦い方として、ニレナはお手本のような姿だ。
体の軽さを利用し、鞭のように腕をしならせながら剣を振るう。時にはリーチが足りなくて斬撃が浅くなるが、その時は体を翻してもう一度体を大きく扱うのだ。そしてモンスターの命を奪う。
それは魚人、あるいはバルバターナに適した動きになっており、モンスターへの戦い方の慣れとしては、ナナカよりもニレナの方が上なのだろう。
ナナカも徐々にニレナの動きを短時間の間で吸収し、魚人、あるいはバルバターナの殺し方をニレナから学んでいく。
一体ごとに殺すたびにナナカの動きも洗練されていく。
ナナカの方がニレナよりも素早くモンスターを殺すようになり、時が経つ毎にその差は少しずつより開いて行く。
きっと長年の経験の差だ。
剣を持った時間はナナカのほうが長い。
それが徐々に表れたのだ。
「やはり本職ではないですね。疲れました――」
ニレナはずっと剣を扱っていると、嘆くように呟いた。
出来る事ならもっと剣を振っていたいのだろう。もしかしたらニレナは体を動かして、息を切らしながら振るう剣を好きなのかも知れない。
だが、剣はあまり使わなかったので、もうスタミナがないのだ。
ニレナは当初の予定を思い出したように剣をしまい、ギフトを使うために祝詞を唱える。
それを聞いたナダはそっとニレナの後ろに下がり、彼女とは距離を取る。ナナカも同じようにナダの後ろに並んだ。
直後、ニレナから氷の矢が放たれた。五体のモンスターの動きが止まる。だが、死んではいない。
そして、新しい祝詞が紡がれる。
「――氷の女神様」
まるで空間全てを掌握するかのように、ニレナは右手を伸ばした。
「哀れな子羊たる私に力をお貸してください。あなた様のような鋭く、冷たく、そして何よりも美しい大いなる大自然の一部を私にお与えてください。私が望むのは、息も凍るような氷の世界。嗚呼、氷の神よ、我が親愛なる神よ、私の望みを叶えたまえ」
ニレナの凝るような祝詞を聞いた時、ナダはナナカの首根っこを掴んでより距離を取った。
彼女が持つギフトの中で最も強力で、最も範囲が広いものを使うつもりだ。
そのギフトの名は、『氷の世界』という。
彼女の指定した空間を全て凍らせるギフトであるが、昨日のニレナは全力で使うと言っていた。きっと空間の指定などしておらず、自分の周りに無造作にギフトを放つのだ、とナダは気づいたのである。
そして、ニレナを中心にしてギフトは発動された。
彼女の周りに霜が降りて、迷宮内をきらきらとしたダイヤモンドダストが舞う。足元の水が一瞬で凍って行き、それはモンスターも同じように一瞬で白く凍り付いた。
その力はナダ達の足元まで及び、二人は急いで彼女から離れる。
結果としてだが、ニレナは周囲三十メートルのも空間を全て凍らせた。モンスターは凍った事で体勢を保てなくなり、地面に次々と倒れて割れていく。心臓部分にあるカルヴァオンがむき出しになっていた。
「思ったよりも柔かったですね――」
遠くにいるナダとナナカが両手で体を包み、歯をがたがたと鳴らしている中、ニレナは一人で行きそうな顔で死んだモンスターに近づいてカルヴァオンを片手で取り出した。
ニレナにはまだ余裕があるようだ。
ナダには今回使ったギフトが本気のようには見えなかった。
だが、ギフトの力はアギヤの時よりも遥かに増している。
それがマゴスの特性による影響なのか、ニレナ自身の成長なのかはナダには分からない。
それから何度かニレナはギフトを使うと、三人は満足したように地上へと戻る。本日の得たカルヴァオンは昨日よりも少ないが、三人での稼ぎと考えると十分な量だろう。
ナダは満足したように組合に本日の冒険を報告する。ニレナとナナカは既に彼の傍にはいない。今日もいつものレストランへ向かっているのだ。ナダもこの後、向かうつもりである。
だが、その前に組合を出た時にナダは話しかけられる。
「……ねえ、今、話いい?」
ナダは期待していた声だったので、快活な笑顔をしながら振り返った。
「ああ、シィナ。いいぜ――」
声の持ち主は、シィナ、だった。




