第二十四話 パーティーⅣ
「……強い」
ニレナは前方で戦うナダの事を、そう評した。
あれから幾体ものモンスターをナダはほぼ一人で狩っている。苦戦する様子もなく、多くのモンスターの命をほぼ一振りで奪っていた。もちろん殺し損ねる事もあったが、どれも虫の息だったのでナダは後ろに任せるので、ナナカやパレイアがとどめを刺すのだ。
ニレナはアギヤ時代のナダの事をよく知っている。陸黒龍之顎を使う姿を何度も見てきた。
剣を振るスピードにそれほど大きな違いはない。アビリティやギフトは相変わらず使えない。ギフト使いの支援もなく、モンスターにデバフはかかっていない。ただでさえポディエよりもマゴスは環境が悪く、足場さえ不安定だ。
だが、あの頃のナダはここまで強かっただろうか、と問われるときっとニレナは頭を横に振るだろう。
何が変わったのだろうか、とニレナはずっと観察しているが明確な答えは出なかった。
きっとほんの少しの経験の差なのだろう。
安定した下半身、モンスターとの距離の測り方、大剣を振る向き、狙うべきモンスターの弱点の場所、広い視野、安定した足さばき、呼吸の仕方、力の抜き方、そういうのが積み重なった結果、大きな差となって今のような結果を生んでいる。
ここにいる冒険者にナダのような冒険の仕方は無理だろう、とニレナは結論付けた。
それが暫くの間続くと、ナダは“わざと”後ろにモンスターを逃がすようになった。
最初は一体、次は二体、息を切らすような真似をしながら何体かのモンスターを殺し損ねるふりをするのだ。
パレイアとタリータはナダが重たい武器を持って一人だけが休憩もなしに動いているので体力を切らしていると思っているのかも知れないが、ニレナは同様にナダが体力切れを起こすわけがないと思っている。アギヤの時も一人だけぴんぴんと戦っていたことは記憶に新しい。
ナナカもナダの行動を怪しそうに見つめている。
だが、ニレナは彼の意図がすぐに分かった。
自分たちにモンスターと戦わせる経験を積まそうとしているのだ。
だからニレナはパレイアの後ろで、ギフト使いとして最低限の仕事に従事する。こちらに迫ってくるモンスターにギフトを放つ。氷の矢だ。弱くなく、強くもないギフトだ。もちろん本気ではなく、位置も狙っていない。ニレナの矢はモンスターの肩か腹部などに当たり、突き刺さる。モンスターの動きを阻害するには十分なギフトだ。
ニレナの予測ではここにいるモンスターなら“一撃”で殺すことも出来るが、ナダがそれを望んでいないのを分かっているからこういうギフトの使い方をした。
そんなニレナのギフトの後、ナナカはアビリティを使う。『鉛の根』だ。二体のモンスターに空気のように透明に似た鈍色の根のようなものがまとわりつき、動きを阻害する。
「もう、何なのよ!」
だが、完全には止められない。ナナカは完全にモンスターを縛り上げようとしたが、体に力が入ったと同時に足を滑らせた。咄嗟に手を出して自分を守ったので、アビリティにまで気が行かなかったのだ。
その後、動きが緩慢になったモンスター二体をパレイア、タリータがそれぞれ殺した。
パレイアは大股でモンスターに近づくと、持っている剣で三回腹部を突き刺した。魚人、あるいはバルバターナは人とよく似た二足歩行であり、内臓も似た場所にある。鱗がある場所と比べると、腹部は鱗が薄く弱点の一つであった。
タリータは体勢を低くしてモンスターに近づくと、壁へと飛び、強く蹴った。魚人、あるいはバルバターナの頭上を通り過ぎる。その時、タリータの逆手に持った剣が煌めく。モンスターの首を跳ねた。
ナダは段々と続けて後ろにモンスターをよこすようになる。
ニレナは相変わらず一体のモンスターにつき、氷の矢を一つか二つ当てる程度だ。威力はそのまま。スピードも変わらず、狙いも適当だ。
だが、ギフト使いの仕事としては十分だろう。
命を奪うほどの攻撃ではなかったが、モンスターの動きは止まり、呻き声を上げる。
ナナカも数回の戦いで、マゴスに慣れたようだった。最初の失態は二度と起こさない。何度も迷宮を進むうちにマゴスでの足さばきも覚えた。滑るように、それでいて腰は落として体勢は低く移動するのだ。
ナナカは自分の力を示すようにアビリティも使う。ニレナのギフトでモンスターの動きが阻害されることもあって、ナナカは狙いを外さずに迫りくる全ての魚人、あるいはバルバターナの動きを締め下げた。中には地面に倒れるモンスターもいて、そうなればあとはとどめを刺すだけと簡単だった。
ナナカも何度か剣を振るう機会はあった。
イルサオンの切れ味だと、魚人、あるいはバルバターナの分厚い鱗の上からでも、バターのように簡単に斬り裂けた。
パレイアの仕事としては、ギフト使いであるニレナを守る事だ。
だが、盾を使う機会は現れない。殆どのモンスターはナダが狩り、四人の元に来たモンスターもニレナが戦力を削ぎ、ナナカが動きを止めるから、パレイアは動かなくなったモンスターを殺す事、あるいはカルヴァオンをはぎ取ること、もしくはカルヴァオンを腰のポーチに入れて持ち運んでいる。
タリータは動きの止まったモンスター相手に、小太刀を振り回すだけだ。
難しい事は何もない。
『猫の足』を使い、時にはモンスターの後ろに回り、時には頭の上を飛び跳ねるように、首を狩るのだ。時には腹部や左胸を突き刺すこともあった。彼女の手際はよく、モンスターの切断面も非常に綺麗だった。もちろん武器が良質なのもあるだろうが、彼女の狙う位置がいいからだろう。鱗の薄い部部分を的確に狙っているので、簡単に殺せるのだ。
そんな五人の冒険は安全を確保するために、昼前から黄昏時になる少し前までで終わる。
得たカルヴァオンの量は、浅い階層の短時間の冒険ではまずまずの結果だった。
もちろん、全てのカルヴァオンを売って、得た報酬は五人のメンバーで分配した。
「ナダ、もしよければまた冒険に誘ってくれ。君はとてもいい冒険者だ。君の後ろで冒険できるなら、オレも安心できる」
ホクホク顔をしたパレイアは去る時にそう言って、ナダと厚く握手をした。
今回の冒険は、彼にとって満足だったのだろう。
それもその筈。この日にパレイアは仕事をきちんと果たしたが、苦労はあまりなかった。モンスターを倒すときは既にニレナやナナカによって弱体化しており、モンスターの大半をナダが倒すので盾を使う機会もなかった。
それなのに得た報酬は契約金を除いても、他のパーティーに潜る時よりも多かった。
こんなにも楽な冒険なら何度でもパレイアは参加したいのだろう。
「本当にこんなにも報酬を頂いていいのかい? あんまり私は働いていないのに」
一方のタリータは、報酬を受け取るのが申し訳ないと思っているようだった。
今日であったモンスターの多くを、ナダが殺している。ほぼ八割は一人で殺したのだ。
タリータが働いたのは、ナダが逃した二割の内のさらに少なく、加えてニレナとナナカによって弱体化したモンスターなのだ。普段の冒険よりもあまりにもあっけなく、戦いというよりも作業に近い。
タリータ自身も仕事に見合った報酬だと思っていないようで、最初は受け取るのを遠慮していたが、ナダは契約内容の通りだと、報酬を渡した。
そんな彼女もパレイアと同じように、「あんたと同じパーティーなら安心できそうだ。また機会があったら誘ってくれ」と言っていた。
だが、あまり彼女は今回の冒険に満足しておらず、不満げな様子だった。楽な仕事だが、冒険者としての役割を果たせなかったことが気にかかるのだろう。
これは二人が去った後にナナカが耳打ちでナダに言ったことだが、よくないパーティーでない限り、フリーの冒険者は所属したパーティーにもう一度誘ってくれ、などの言葉を言うらしい。
要するに営業の一環である。
今回の冒険の報告も終わり、パレイアとタリータが去った三人は顔を合わせるとニレナが笑顔になりながらナナカにこう言った。
「ナナカさん、マゴスの冒険はどうでしたか?」
「不思議な冒険でした。これまで経験したことのない環境だと思います。まだ慣れるまでに時間はかかると思いますけど、私のアビリティも剣技も通じる事が分かったので結果は上々です」
ナナカは今回の冒険を振り返り、自分の冒険の事を短く語った。
他の人の事を述べないのは、新しい迷宮だったので自分の事だけで精いっぱいだったのだろう。
きっと今回の冒険を、自分の中で繰り返している。
いい冒険者の特徴の一つだ。
「それはよかったです。では、今回の冒険を踏まえて、今後の冒険について話し合いましょうか。ね、ナダさん、それでよろしいですわよね?」
「ああ、そうだな。でも、今の言いぶりだと、まるでニレナさんがリーダーみたいだ」
リーダーであるナダは、ニレナが仕切っている事にも全く不快感はないようで、笑顔で茶化すようにそう言った。
「酷いことを言いますわね。せっかくいいレストランでの食事も用意しておりますのに」
ニレナは嘘泣きをするかの如く、ハンカチを取り出して目元を拭うふりをした。
「なんならリーダーを譲るけど」
ナダは本気でそう提案する。
信頼できるニレナの下で、マゴスの奥を目指せるならそう悪い気はしない。
「またまた、そんなご冗談を。私がナダさんの下でいいですわよ。私にリーダーは荷が重たいですわ」
だが、ニレナは笑顔で受け流す。
「じゃあ、とりあえず、ニレナさんが予約したレストランに行くか。うまい飯を食って、酒でも飲みながら話し合おうぜ」
「そうね。楽しみだわ」
「はい。では、行きましょう」
ナダ達は冒険者組合を後にして、昨晩も行ったホテルへ足を伸ばした。アンセムが用意した馬車で、彼の運転に身を任せながら。
ナダは三人しかいない馬車の中で、名残惜しそうにニレナにこう言っていた。
「で、本当にリーダーの座はいらねえのか?」
「いりません。私はナダさんの下で冒険者として勤しみたいのです」
だが、ニレナはきっぱりと断っていた。




