第二十話 シィナ
シィナの情報を仕入れた翌日、ナダはいつものように教会を訪れていた。教会に寄る途中で肩を落としているオウロとすれ違い、シィナに挨拶をしてから神に祈って、彼女と少しだけ話すのだ。
いつもはたわいのない話をしていて、この日も行っていた。お互いについて様々な事をしった。好きな食べ物やこの町で美味しいお酒の店、よく通う安いお店などだ。
だが、この日は違った。
「なあ、シィナ、聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「……いいけど、なに?」
「シィナって元々冒険者だったんだろう?」
「……そう」
「最後の冒険について聞きたいんだ――」
ナダはいつものような調子で言った。
だが、シィナの様子は違った。先ほどまでの和やかな雰囲気とは打って変わってナダを真っすぐに睨みつけている。
「……どうしてそんな事を聞くの?」
シィナにとって最後の冒険は決して触れてほしくないパンドラの箱のようだ。口をきゅっと結び、姿勢を正している。
「知りたいからだよ――」
ナダは簡潔に言う。
「……どうして?」
「シィナははぐれと出会った。合っているな?」
「……うん」
シィナは頷いた。
否定するわけがなかった。
ナダは、彼女が出会ったはぐれについての情報を冒険者組合から仕入れている。出会ったはぐれに関する報告は、冒険者の義務だ。冒険者を退職するとしても、その義務からは逃れられない。
強力なモンスターであればあるほど、冒険者全体で情報を共有して迷宮内での事故を極力減らすためだ。
その全ての情報は、冒険者が望めば無料で無制限に手に入る。
「体長は六メートル以上。両生類のような見た目。二足歩行。手と指の間にはみずかきがあって、両手には鋭い爪が生えている。首元にはえらがあって、体は大きくて固い鱗に覆われている。巨大な体と、強い身体能力を持つはぐれだ。そして――ギフトもアビリティも通用しない。合っているな?」
「……そう。名前はダーゴン。ここでも有名なはぐれ。未だに討伐例がないはぐれの一つ」
ダーゴンは、マゴスに存在するはぐれの中でも、知名度だけなら最も有名なはぐれである。
大きく、強く、存在感があるからだ。
マゴスが出現した時から時折冒険者から発見されており、戦ったと言う冒険者も多い。だが、勝ったと言う報告は一度としてなかった。報告として挙げられているのは、ダーゴンと出会った冒険者は遠くから見てすぐに逃げ出すか、戦って敗走するかだ。
きっと戦っている冒険者はもっと数が多いのだろうともナダは思っていた。
マゴスでは行方不明になっているパーティーも多い。彼らはどんな持ち物も見つからないが、迷宮で殺される事はそう難しくない。
だが、マゴスに新人冒険者はいない。僻地にあり、新人研修もない町だ。ここに来るのは既に別の町で活動をしている冒険者であり、パーティーを組んだ彼らが普通のモンスターに遅れを取るとは思えない。
だとすれば、殺された理由があるとすれば強力なはぐれに出会ったか、もしくはモンスターの大軍と出会ったかだろう。
そう考えれば、これまでに行方不明になったパーティーが、ダーゴンに殺されてと考えてもおかしくはない。
シィナが逃げおおせなければ、『アルデバラン』もそのような運命をたどっていたかもしれない。
「で、俺はそのダーゴンの事が知りたい――」
ナダはふんぞり返って言った。
嘘はない。
全てが真実だ。
「……必要な情報なら全て組合に渡した。私が言える事はない」
シィナはダーゴンの事を話すつもりなどなかった。
思い出したくないのかも知れない。
彼女はダーゴンについてナダが話している時に、目を赤くしてずっと耐えているような表情をしている。
彼女にとってあの時の記憶は、とてもつらい記憶なのだ。
できれば二度と思い出したくないほどに
「確かに俺も組合の情報は見たさ。ダーゴンの事が書かれてあった」
シィナはダーゴンの情報を包み隠さず組合に伝えている。
どんな風にダーゴンは冒険者を襲うのか、アビリティやギフトをダーゴンにぶつけた時の結果、行動範囲、力の強さや足の速さ、他の目撃例があるダーゴンと一緒なのかを調べるために顔の特徴など、ほぼ全てが組合の調書には書かれてあった。
「……それだけで十分なはず」
「あれはあくまで事実だろう? 俺はシィナ、実際に出会ったあんたの感想が欲しい。ダーゴンとはどんなモンスターで、どういうはぐれなのか?」
ナダが思うに、冒険者の生きた情報は、時に組合が管理している千の情報に勝ることもあると思っている。
熟練の冒険者が肌で感じた直感を知りたいのだ。
「……どうして私にそんな事を聞くの?」
「シィナがダーゴンと出会ったからだろう――」
「……出会った冒険者はもっと大勢いるっ!」
いつも囁くように話すシィナが、初めて大きな声を出した。
感情の発露だ。
不躾なナダの質問に激しい怒りを感じているようだ。
「ああ、そうだ。だが、実際に戦った冒険者の情報はほぼない。シィナの感じた事を知りたいんだ――」
ナダは彼女が怒っていることに勿論気づいていたが、態度を変えるような事はなく謝る様子もない。
毅然とした態度で聞いていた。
シィナを当然のように仲間に引き入れたいと思っているが、ダーゴンの情報が欲しいのも確かだった。
「……帰ってっ! そんな事聞かないでっ!」
「帰らねえよ。ダーゴンと迷宮内で出会う予定だからな。あいつを倒さないと、きっと俺は前に進めない――」
まるでダーゴンと戦う予定があると確信しているナダを、シィナは鼻で笑った。
「……出会うはずがない。ダーゴンの行動に共通点などない。出会う場所も、組合の報告では完全にランダム。共通点なんてない。あなたが戦う事なんてない」
ダーゴンはマゴス内に徘徊しているはぐれだ。
他のモンスターとは違って、決まった縄張りを持っていないとされている。目撃情報は多数あるが、浅層でも深層でも出現し、決まった経路もない。どこに現れるかはまったくもって不明であり、ダーゴンと出会った“運の悪い”冒険者は逃げる事を推奨されている。
会えるかどうかは運とされている。
だからシィナはナダがダーゴンに出会うわけがないと確信していた。出会ったとしてもそれは明日かも知れないし、十年後かも知れない。広い迷宮内で出会うには相当の運が必要だ。
「会えるさ――」
だが、ナダには確信があった。
ナダは一度だけダーゴンに会っている。
あの――冷たい湖の中で。
「……絶対に嘘。私は最近ダーゴンの情報を聞いていない」
シィナはふんぞり返るナダを馬鹿にしたように嗤う。
どうやらシィナはシスターになってから、冒険とは縁を切っているものだとばかりに思っていたが、どうやら今でもダーゴンについては調べているようだ。
「ああ、隠しているからな――」
ナダはあっけらかんと言った。
「……それは冒険者としての義務を怠っている」
シィナは非難するように言った。
「知らねえよ。で、俺はダーゴンのいる場所を見つけた。きっとよくそこにいるんだろう。で、俺はそこを攻略しようと思っている。だからダーゴンの生きた情報が必要なんだ。教えてくれるか?」
ナダは立ち上がってシィナに手を差し伸べるが、彼女はそれを乱暴に払った。
「……帰ってっ!」
シィナは目じりに涙を浮かべていた。
「分かったよ。邪魔したな――」
明らかに拒絶の意志を見せるシィナから目線を外したナダは、立ち上がってその場から去ろうとした。
だが、シィナが止める。
「……本当に出会ったの?」
シィナはこぼれるように言った。
「もちろん。気になるのか?」
シィナの迷宮への心残りを捕まえた、とナダは思った。
思った通りだった。
「……気にならない。それはあなたの気のせい」
「でも、会ったのは本当だ――」
他のモンスターと共にいた。
きっとあそこにいるはぐれはダーゴンやガラグゴだけでなく、まだ未発見のはぐれも数多くいるのだろう。
そして水中へ入った冒険者を殺すのだ。
「……逃げ出したのね」
シィナはナダを嘲笑った。
「ああ、そうだ――」
「……いい気味」
「きっと、あいつには一人で勝てないからな。他にも大勢のモンスターが待ち構えているんだ。一人だと勝てるわけがなかったよ。ま、だから今、パーティーを作っているんだけどな」
「……そう」
「気が向いたらまた教えてくれよ。ダーゴンの事が知りたいからな」
「……話す事なんてない」
ナダは手をひらひらと振りながら教会を出て行った。
彼女の心に種は植え付けた。
『アルデバラン』の仲間を殺されたのだ。ダーゴンに心残りがあるのは間違いない。
きっとナダの知っている情報を彼女は欲しがるだろう。ナダが情報と仲間を求めているのと同様に。その時が狙い目だと考えたのだ。
オウロも自分と同じようにマゴスの深奥は知っているが、彼は日記で先人たちの知恵を借りただけである。
だが、ナダには生きた知識がある。
モンスターの手によって湖の中に引きずり込まれ、半死半生の身で手に入れた生きた情報が。
それだけがアビリティもなく、ギフトもなく、オウロのように長いリーダーの経験もなく、パーティーメンバーも今のところは一人だけで立派とはいえず、金も地位もなく、家柄もよくないナダが唯一持つものだった。




