第十八話 フリーランス
ナダは冒険者組合につくと、いつもの受付嬢に言い顔でこう言った。
「――パーティーについて話がしたい」
「そうですか。では、どこのパーティーに入りますか? ナダ様には多くのパーティーからの勧誘がございます。ご希望などはございますか?」
受付嬢は目を伏せながら少しだけ上機嫌な声を出した。
どうやら嬉しそうだ。
これまでの自分の説得が功を奏し、ナダが心を入れ替えた事を喜ばしく思っているのだろう。喜々として手元に資料を出そうとしている。どれもナダが一度見たものであり、他のパーティーの詳細が書かれているものだ。
「いや、パーティーに入る気はない――」
だが、そんなナダは首を横に振って、その資料を受け取らなかった。。
「……どういう事でしょうか?」
「新しくパーティーを作りたいんだ。その為に冒険者を選びたい。フリーの冒険者は少ないとしてもいるんだろう?」
「王都やインフェルノに比べると随分と少ないですがいます。宜しいでしょうか?」
「ああ、助かる――」
「では、資料を用意いたしますので、別室にどうぞ――」
彼女は受付を離れる時に、他の先輩の女性に受付を変わってもらうよう頼んでいた。その時に先輩の女性も、「やっとパーティーを組んでくれるのね。あなたの説得のおかげね」と小声で嬉しそうに言ったので、きっと組合にとってナダのソロでの冒険者活動は悩みの種だったのだろう。
優秀な冒険者であるナダが、カルヴァオンも大して稼げないソロで活動するのは宝の持ち腐れだ。またソロだと死ぬリスクが高く、今後の事を考えるとパーティーを組んだ方がいいのは当たり前だった。
組合の者がナダの現状について知っているのは、もしかしたら上層部からナダにパーティーに入れるようとの指示があったのかも知れない。
「では、こちらがフリーの冒険者の資料でございます。ゆっくりと気のすむまでお読みください。私はお茶を淹れますので、少しだけ席を外します」
案内されたのは、以前に彼女と話した個室だった。
彼女は分厚い資料を置いて行くと、すぐに部屋から去っていた。
ナダはその資料をぺらぺらと読みだした。
フリーの冒険者とは、決してナダのように一人で迷宮に潜る冒険者のことではない。特定のパーティーを持たず、様々なパーティーに決められた契約期間だけ所属する冒険者の事だ。
通常パーティーメンバーに入る冒険者とは違い、雇用形態も様々であり、報酬のも色々だ。だが、フリーの冒険者を雇う場合は、報酬の他に契約金を組合と本人に払わないといけない。冒険者の斡旋は、組合の儲けの一つなのだ。
フリーの冒険者を探すパーティーは多いが、彼らと本格的にパーティーを組もう、というリーダーは少なく、怪我や帰省などで一時的に抜けたメンバーを補填するために使う場合が多かった。
そんなフリーの冒険者の実力は様々だ。
だが、実力がある冒険者であればあるほど契約料は高く、パーティーにもなかなか入ってもらえない。他の多くのパーティーがフリーの冒険者を望んでいるからだ。
ナダが資料を読んでいくと、冒険者の情報が書いてあった。
性別、名前と、持っているアビリティやギフトの詳細、また本人はどんな武器が得意で、どんな特技があるか。また体重や身長の情報からこれまでの冒険の記録。過去に所属していたパーティー。現在持っている武器、パーティー内でどんな役割を担いたいか、など本当に様々だ。
冒険者によっては趣味嗜好まで書かれており、一ページだと収まっていない冒険者も多い。
きっと多くの冒険者たちの目に止まる為に、より多くの情報を載せているのだろう。
ナダは様々な冒険者を目に入れた。
身体能力を上げるアビリティを持つ剣士。収納スペースのアビリティを持つ長剣使い。火のギフトを扱えるギフト使い。槍の一撃を高めるアビリティを持ち、多くの荷物を持てる大男。
中にはこれまでの冒険経歴を多く書くことで自らを高める冒険者もいれば、鍛冶師にコネを持っているので武器の調整が格安で出来る事をアピールポイントにしている者もいた。
変わっている者の中には料理が上手と書かれてあった。迷宮でも美味しい料理を作れると。
ナダは雇う気のない冒険者の情報を見つめながら、“水のギフト使い”を探す。
アビリティ持ちの冒険者と比べると、ギフト持ちの冒険者は随分と数が少ない。発現する冒険者が少ないからだ。またギフトは全部で十二種類あるので、水のギフトを持つギフト使いはもっと少ない。
その中で有能な者を探そうと思えば、いないに等しい。
ナダの知る限り、この資料に載っている冒険者で有能な水のギフト使いは一人としていなかった。
またパーティーを作る上で、迷宮の最奥に挑むに相応しい実力を持っている冒険者もいなかった。
フリーの冒険者は特技が多く、持っている能力も使いやすいものが多い。勝っているモンスターの種類も多く、ベテランも数多くいた。
だが、はぐれを狩ったと言う情報は殆どなかった。きっとはぐれを狩る実力に達していない冒険者が多いのだろう。
そんな実力がある冒険者は、フリーでいる理由がない。どこかのパーティーに正式に所属し、もっと上を目指すのだ。フリーは確かに自由で気ままで精神的には楽であるが、より迷宮の奥へ潜ろうと思えば心を通じ合わせるほどのチームワークが必要だ。
それは一朝一夕では身に付かない。
「ナダ様、どうですか? 気に入る冒険者はいましたか?」
そんな風に資料を流し目で読んでいると、彼女がお茶を持ってきた。資料の横に茶を置いたので、ナダは大きな手で小さなカップを掴み、いい匂いのするお茶で喉を潤した。
「いい冒険者は沢山いるさ」
「そうでしょう? フリーの冒険者の確保には、このオケアヌス支部も力を入れております」
「でも、俺はおもりをするつもりはないからな。一緒に冒険をするには少しばかり実力が足りない」
ナダは残念そうに資料を机の上に投げた。
もうここにある資料はすべて読んだ。
望んでいるシィナの情報はおろか、彼女の代わりになる冒険者は一人もいなかった。
「そうですか。それは残念です。では、どういう冒険者をお望みなのですか?」
彼女は再度資料をナダに薦めようとはせず、腕を組みながら前のめりになってナダを眺めている。
まるでナダの真意を探るかのように。
「俺は強力なはぐれを共に狩れるような冒険者が欲しい――」
「……なるほど。確かにこのリストだと力不足ですね。でも、それほどの実力がある冒険者は既にどこかのパーティーに所属しています」
「だろうな――」
ナダは分かっていた事だが、残念そうに頷いた。
「そしてナダ様のように一人ではぐれを倒すような命知らずの冒険者は他にはいません」
「だろうな――」
「だからナダ様には多くのパーティーから声がかかっているのです。圧倒的な力は、どのリーダーも欲しがるものですから」
「そうだな。他に俺を望む理由なんてねえよ――」
ナダは哀愁を漂わせていた。
先ほど見た資料の中にはアビリティ持ちがいて、ギフト使いがいて、二つとも持っている者もいるが、どちらも持っていない“無能”は一人としていなかった。
ナダのような“無能”は、もう冒険者を辞めているのだ。どちらか持っていない人間が冒険者を続けるなど、とても珍しい事なのだ。
「……そうかも知れません。では、フリーの冒険者にナダ様の望む人はいなかったようですが、やはりどこかのパーティーに入られますか? はぐれを討伐した実績のあるパーティーは幾つも存在します。ナダ様の望むパーティーもあるでしょう――」
普通の冒険者にとっては、それが一番いい選択なのだろう。
町でトップのパーティーに所属して、いい冒険を行う。多少の危険はあるかもしれないが、ベテランのリーダーの下、安定した冒険を行うのだ。
「だが、残念だ。そのつもりはない。もうメンバーもいるからな」
だが、ナダにはもうそんな選択肢を取れない。
――この冒険には目的がある。
自分がリーダーを出来ないパーティーなど、所属する意味がなかった。
迷宮に潜るメンバーは全て自分で選びたい。力のない者を連れて行く気にはならない。
「メンバーとはどなたでしょうか? 参考のために聞いても宜しいでしょうか?」
「ニレナさんだ。元アギヤの――」
ナダは隠す様子もなく言った。
「なるほど。ニレナ様ですか」
彼女はすっと目を細めた。
「どうかしたのか?」
「……いえ、確かに彼女と比べると、大抵の冒険者は落ちると思いますから。ニレナ様の話は私達の間でも有名ですから」
「そうなのか?」
「はい。彼女は王都で『コーブラ』というパーティーに入っていました。有能な冒険者であるハイス様がリーダーのパーティーです。とても“有名”ですよ」
「そうか――」
コーブラという
「それにしても抜けたのですか――」
彼女はニレナについて思案しているようだった。
「どうかしたのか?」
「いえ、少しだけ気になっただけです。それでナダ様、ニレナ様と二人だけのパーティーなのですか?」
「ああ、だからメンバーを探している――」
「そうですか――」
「でも、フリーに俺の望む冒険者はいない」
「そのようですね」
「だからと言って、既にパーティーに所属している冒険者を引き抜くつもりはない。交渉に必要なカードは持っていないし、俺のパーティーに実績はない」
まだパーティー名すらも決まっていないのに、誘いに乗るような馬鹿な冒険者はいないだろう。
もしも乗る冒険者がいたとしても、そのような頭が悪い冒険者を入れるつもりもなかった。
「では、どうするのですか?」
「お願いがある――」
ナダは片目をつぶり、両手を合わせて彼女を拝んでいた。
「……何でしょうか?」
普段はそんな仕草をしないナダが、彼女にはとても不思議だった。
「引退した冒険者、もしくはリタイアした冒険者の情報が欲しい。彼らを誘った方がフリーの冒険者よりも俺に“合う”と思うんだ」
「既に引退した冒険者の情報は秘密です。情報は渡せません」
彼女はにべもなく言った。
「そこを何とか頼むよ。古い付き合いという事で。あんたも俺にパーティーを組ませたいんだろう?」
全く引かないナダの態度に、彼女は深いため息をつく。




