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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第十七話 教会Ⅱ

 ナダは暫くの間神に祈った後、シィナと話すために椅子に座りなおした。


「……なに?」


 じっと見つめるナダの視線が気にかかるシィナ。


「いや、シィナはここで暮らしているんだろう?」


「……そう」


「寝るのにいい場所とは言えない、と思っただけだ」


 ナダは肩をすくめる。

 望んでいるのはシィナとの距離を詰める事であり、そのきっかけとしてどんな会話をしたらいいかが分からない。

 選んだのはたわいのない世間話だった。


「……そう。私はこの椅子に寝ているから寝心地がいいとは言えない」


 シィナは自分が座っている椅子にかけてある毛布を指差した。きっとそれに包まって寝ているのだろう。


「でも、迷宮に比べるとマシ。違うか?」


「……その通り。だから何の問題もない。迷宮よりは快適」


 迷宮内では固い床の上に寝転がって、鎧のまま寝る事は珍しくない。モンスターに襲われる緊張感で満足にも眠れないので、教会内はそれに比べると天国なのだろう。


「そうか――」


「……ナダはまだ迷宮に潜っているの?」


「当然さ。冒険者だからな」



 ナダは初めてシィナから質問をされたので、驚いたような顔をするがすぐに顔を緩めている。

 少しずつ彼女の心がほどけているらしい。

 ナダは確かな手ごたえを感じていた。


「……そう」


「シィナは迷宮に潜らないのか?」


 だからナダは少しだけ突っ込んだ質問をする。

 できる限り彼女を刺激しないように。


「……私は冒険者を辞めた」


「まだ若いだろう?」


 シィナの年齢はナダが見る限り二十代前半か後半だ。

 本人が童顔の為老けているナダよりも幼く見えるが、きっと年上なのだろう。だが、三十は超えていないのは確かだ。

 冒険者としては油の乗った時期だ。

 冒険者の全盛期は肉体と精神が成熟した二十代後半と言われている。三十を超えればもうベテランと言われるほどだ。

 シィナはまだこれからの冒険者だった。


「……女性に年齢は聞かない方がいい」


 シィナは不機嫌そうに唇を尖らせている。


「ああ、その通りだ。すまないな――」


 ナダは謝りながらもずっとシィナを見つめていた。

 興味本位でシィナの年齢を予想しているのである。

 ニレナよりも上か下かを楽しそうな顔つきで。

 ナダはニレナの年齢をよく知っている。昔にイリスが楽しそうに話していたから、二歳も年上だと。


「……でも調べている。とても失礼」


「それはすまなかった――」


 シィナがジト目で睨まれると、ナダは視線を外した。申し訳なさそうに首を振りながら。

だが、全く反省するつもりはなかった。


「……でも、あなたの言う通り、私はまだ若い」


「そうだな」


「……あなたよりも若い」


 シィナはない胸を張りながら言った。

 だが、ナダはとても残念そうに首を振った。


「それはない。張り合うつもりはないが、俺の方が若い」


「……嘘」


「嘘じゃない。俺はこの町で三年ほど冒険者として活動しているが、それまでは学生だった」


「そう」


「でも、俺は特例で五年生に卒業した。まだまだ青い時に、な」


「……信じられない。もっと年上だと思った」


「よく言われる」


「……私のほうが年上と思うと、とてもショック」


 シィナは気落ちしたように言った。

 ナダの事をとても年上のベテランの冒険者だと思っていたのだ。

 体の大きなナダは一目見るだけだと貫録があり、三十をだいぶ前に超えたベテランの冒険者に見える。体に刻み込まれた傷も、学園を卒業したばかりの学生と比べると随分と大きく深いものだ。

 また人を見透かすような深いまなざしは、悠久の年月を感じさせた。

 シィナが年上だと思ってもおかしくはないだろう。


「ああ、ついでに言っておくと、ここによく来ている老けた男のオウロの事は知っているだろう?」


「……知っている」


「あいつも俺と同じ歳だ――」


 ラルヴァ学園に入学する歳は、人によって様々である。早い年齢だと十歳の時に入学する者もいれば、十六歳の遅い年齢に入学する者もいる。

 だが、ほとんどの学生はナダと同じく十二歳の頃に入学している者が多かった。あまりに早すぎる年齢だとモンスターを殺すには体が出来上がっておらず、遅すぎると卒業に八年もかかるので冒険者になる頃にはもう全盛期を過ぎていることもあるからだ。

 だからオウロも、ナダも同じ歳だった。


「……嘘」


「本当だよ」


「……どうして分かるの?」


「学園の同級生だ。あいつは有名だったから、知らないわけがない」


「……なるほど」


 シィナは感心したように頷いていた。


「ところで、シィナは学生じゃなかったんだろう?」


 ナダは確信を持って言った。


「……その通り。私は卒業生じゃない。どうして分かったの?」


「簡単だよ。俺もオウロも学園では有名だった。俺は悪い意味で、あいつはいい意味で。だが、シィナは俺たちを知らないようだ。近い年齢の筈なのに、それはあり得ない」


「……私の方が年上だから、年下のあなた達が知らないだけかも知れない」


 確かにその可能性もあり得るだろうが、ナダは楽しそうに否定する。


「いや、それもないな。シィナが五歳以上離れているのならそれもあるかも知れないが、本当に俺とオウロは有名なんだ。昔からな――」


「そうなの」


「だから気づいた。で、シィナはどこで冒険者になったんだ?」


「……私はミラで冒険者になった。組合の育成機関を利用して。徒弟制度。師匠がついた」


 ミラにある冒険者の育成機関の事は有名なので、ナダも知っていた。

 そこでは熟練の冒険者に付き、冒険のイロハを教わるのである。生きた冒険者の技術を教わる事ができるので人気があり、ラルヴァ学園の次に冒険者の輩出が多い育成機関である。


「なるほど。で、冒険者になったと?」


「……そう」


「どうして?」


「なんでそんなこと聞くの?」


「こんな事言うのもあれだが、シィナみたいに綺麗な人が冒険者になるのは珍しい。学園でも男の方が随分と多いんだ。冒険者は野蛮で、どうしようもない職業だからな」


 ナダの言う通り、冒険者の割合は男が多い。

 例えアビリティやギフトがあったとしても、男女間での絶対的な筋力さは覆せない。

 だから女性の冒険者の多くが、有能なギフトやアビリティを発現させることが出来ずに諦める者が多いのだ。


「……他に職業があるって言いたいの?」


「そうだな。例えばシスターとか」


「……そうなの。だからシスターをやっている。あなたはどうして冒険者をやっているの?」


 シィナはくすくすと笑った。


「俺か? 俺は他に選択肢がなかっただけだ。だから食うために冒険者をやっている。それだけだ――」


 ナダはシンプルに言う。

 冒険者になった理由は昔から変わらない。

 夢も希望もない俗世的な答えである。


「……よくある話」


「そうだ。よくある話だ。で、シィナはどうして冒険者になったんだ?」


「……どうして聞くの?」


 シィナはナダの質問に、嫌そうに顔をしかめた。

 どうやら触れてほしくない話題だったらしい。


「いや、気にしないでくれ。聞かれたから聞いただけだ――」


「……そう。なら答えない」


「冒険者を辞めた理由も、か?」


「……答えない」


 シィナはそう言って話を止めてまだ祭壇の前へと戻る。

 そして、先ほど同じように膝をついて無言で祈りを始めるのだ。

 こうなると彼女は集中しているので話にならないので、ナダは肩をすくめるとシィナの様子を暫くの間見つめてから教会を出て行った。


 ここ数日はずっとこのような調子だった。

 どの会話がシィナにとって地雷で、どの話題なら彼女が進んで話してくれるか探っているが、この方法だと何年かかってもうまくはいかないと思うと、壁を殴りたくもなった。

 だからと言って、オウロのシンプルなやり方はする気にはなれない。実際にうまく行っていないからだ。


 だが、とナダは嗤う。

今日のシィナとの会話で気になる部分があったのだ。

 彼女は冒険者については気兼ねなく喋ることができるのに、冒険者になりたい理由と辞めた理由は話せなかった。


 ナダが思うに、彼女はこれからが冒険者として調子が上がっていく年齢だ。優秀だと言う話をニレナから聞いていたので、そんな冒険者が特別な理由もなしに転職するとは考え難い。

 それも誰も祈らない教会のシスターとしてなど、訳ありとしか思えなかった。


 もし彼女が冒険者を辞めた理由を知ることができたら、もう一度彼女が冒険者へと復帰するきっかけになるかも知れない。

 その時にパーティーに誘えばいいとナダは思った。

 まずは彼女が冒険者を辞めた理由を探るために、ナダは真っすぐ冒険者組合へと向かう。

余談ですが、ナダの年齢は二十歳で現代に例えると成人したばかりです。これからも若輩者の主人公の応援を宜しくお願いします。

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