第十五話 再会Ⅸ
「本当に久しぶりだね、ニレナ、会いたかったよ」
ハイスはニレナに親し気に言う。
「そうですか。私はそうでもありませんでしたよ」
「そうかい。オレ達は皆会いたかったよ。ニレナは大切な仲間だからね」
「そうですか……」
ニレナは素っ気ない態度で、ハイスの後ろを眺めていた。
かつてのニレナの仲間がいた。
男が二人に女が一人。ハイスに付き従うように彼の後ろにいる。ハイスの行動に彼らは何も言わない。彼らはハイスのイエスマンなのだ。冒険もしないのに自分と親しくない彼らはこの町まで来たのがその証拠だ。
彼らは優秀な冒険者なのだが、傲慢なリーダーに付き従う従順な冒険者なのだ。
「さて、ニレナ、率直に言うよ」
「何でしょうか?」
ハイスが言う事を、簡単にニレナは予想がついた。
「オレのパーティーに戻ってくれ――」
ほらきた、とニレナは自分の予想が的中したことに思わず笑いそうになる。口元を手で隠しながらニレナはハイスを突き放すように言う。
「私は正式にパーティーを抜けましたわ。それはご存じで?」
「オレが認めてないんだ。君の脱退届はゴミ箱に捨てたよ」
「……そうですか。でも、私は冒険者組合を通して出しましたので、何の問題もないはずですわ」
冒険者組合において、パーティーは簡単に入ることも出る事も出来ない。パーティーとは一種の契約であり、守らなければ重たい処罰が待っている。
リーダーはメンバーの任命権を持っているが、仲間を外すのには事前に本人に通告し組合にも届け出を出さなければならない。パーティーから抜ける場合も同じである。
ニレナも冒険者組合の規定に則り、リーダーに脱退の許可を申し出て、組合にも書類を出した。もちろんハイスから引き留められたが、ニレナの意志は固く、パーティーでの契約を守った上で抜けた。
抜けるまでに様々な妨害があり、ハイスからも直接何度も引き留められた。他のメンバーからも微妙な顔つきで考え直すように言われたがニレナの意志は固く、脱退する日に組合に寄って逃げるように王都から出たのである。
「そうだね。君の行動に不備はないよ」
「ええ、そうでしょう」
「でも、オレは認めていない」
ハイスはニレナを真っすぐ見ていた。
「で?」
「で、とは?」
「私に何を望んでいるのですか? 戻るつもりはありませんよ――」
「ニレナ……少し昔話をしようか」
「私にそんな時間はありません」
「すぐに済むさ」
「……」
「ニレナ、オレ達はパーティーとしてうまく行っていた。そうだね?」
「ええ、否定はしませんわ」
ニレナが思い出すに、『コーブラ』は生真面目ないいパーティーだった。失敗をしない事を念頭に置き、決して仲間が消耗するような冒険はしない。
それでいてカルヴァオンは最大限に稼ぐ。
冒険者として模範的なパーティーの姿の一つである。
ニレナもそんなパーティーに所属して、冒険者として数多くの事を学んだ。
それはアギヤの時には学べなかったことだ。あの時はモンスターを数多く狩り、はぐれを倒せばよかった。力だけが正義だと思っていた。イリスの方針であり、誇り高いアギヤの伝統だ。
だが、コーブラで学んだ事は違う。
王都で活躍していたパーティーの中でコーブラの実力は、高く見積もっても上の中、もしくは上の下だろう。高い実力を秘めているが、決してトップのパーティーではない。
リーダーのハイスも含めて、パーティーメンバーは実力のある冒険者だが、決してトップに届くような実力ではない。
だが、コーブラは王都に置いてトップパーティーの一つだった。
それは強さだけではない。事前に仕入れる情報の多さから適した狩場と獲物を探し、優れた仲間達と行う冒険の安定性から算出されるカルヴァオンの供給量で、トップパーティーの一つに躍り出たのだ。政治力ももちろん含まれていると、ニレナは思っているが。
だが、ミスが少ないという事は、それだけ多くの冒険に出られる。トップに躍り出るのも当然だろう。
大物狩りで名を上げたパーティーは怪我が多く、休む日が多くなる。
過去のアギヤが実際にそうだったのだ。
冒険を休まない、というのは優れたパーティーの条件の一つである。
「オレのパーティーに入りたい冒険者は沢山いる」
「知っていますわ」
冒険者が進んで入るパーティーの条件は様々あるが、最も多くの冒険者が望む事は一つだ。
――稼げるパーティーだ。
その条件を探した時、コーブラは最も優秀なパーティーとなる。
「ニレナの空きに入りたいと言う冒険者は多いよ」
「でしょうね」
「でも、オレはそんな冒険者と一人とも会っていない。その場所の冒険者は一人しかいないからだ」
「……」
「ニレナ、君だよ。オレのパーティーには君が必要だ――」
ハイスは真摯にニレナを見つめていた。
嘘偽りがないのは、彼女にもよく分かった。
「私よりも優秀なギフト使いは数多くいますわ。彼女たちをパーティーに入れたらいいと思います」
ニレナはつれない態度だった。
「オレは君よりも優秀なギフト使いは、王都にいないと思っている。勿論、この町にもだ。いや、国にもいない」
「そうでもありませんよ」
「いいや、この際だから言うよ。確かにギフトの威力のみならば、君よりも強い冒険者は多い。でもね、君の氷のギフトは他のギフト使いと違う」
「どのように?」
「君は氷を意のままに操る。モンスターの足を止めて、新しい道を作り、時には罠だって作る。君ほどのギフト使いはいないよ。それだけじゃない。冒険者としての判断力も一流だ」
彼の言っていることは全てが真実だった。
きっとハイスは本当に自分を必要としているのだろう。
だが、ニレナの心は動かない。彼はとても紳士的で、情熱的であるが、ぴくりとも震えなかった。
もしナダを見つける前ならば、もう一度彼の元に戻る選択肢もあったのかも知れない。
彼の言葉にほだされて、もう一度籠の中の鳥のようにつまらない日々を送るのだ。冒険者として退屈な日々。アギヤ時代の日々が忙しく、刺激的だったからだろうか。
でも、もう今は見つけてしまった。
四大迷宮の深奥に潜れるのに、それを見逃すなんて冒険者としてあり得ない、とニレナは強く思っている。
「私を高く評価して頂くのは大変ありがたいですわ。でも――」
「でも?」
「私、もう新しいパーティーを見つけましたの」
「へえ――」
ハイスの目がすっと細くなる。
「だからあなたのパーティーには入れませんわ」
「本当なの。それ?」
ハイスは疑っているようだった。
ニレナにはその意味がよく分かっている。
ハイスの意に反するという事は、冒険者組合に反するという事と同意だ。彼の父は冒険者組合の重役だ。そんなものに逆らう冒険者などほとんどいない。
組合のサポートを受けなければ、冒険者は満足なカルヴァオンを稼げない。それは死ぬことと同意だろう。
だからニレナをパーティーに入れる冒険者などいない。
だが――
「ええ。私、ナダのパーティーに入りましたの――」
ニレナは平気でナダを売った。
「ナダ、誰それ?」
ハイスの顔が徐々に険しくなっていく。
どうやら本当にナダの事を知らないようだ。
「元アギヤのメンバーで、私の後輩ですわ。彼のパーティーに入りましたの。素晴らしいリーダーですわ。とっても凄腕で、マゴスの攻略を目指していますの。私にとって、理想のリーダーですわ」
ニレナは“わざ”と頬に手を当てて、体をわずかにくねらせながら言った。まるでその姿は恋する乙女のようだが、全ては演技である。
見てもいないのに、ハイスの機嫌が悪くなっているのが分かった。
ニレナは過去にハイスから“誘われた”事があるので、わざと無垢な淑女を演じているのである。
ハイスにとって最も見たくない姿を。
「……ふーん、前のパーティーの事は知っているの?」
「いいえ、何も知りませんわ」
「へえ、そう。分かった。ニレナの意志が固いという事は。これで帰るよ、“また”ね――」
「はい。ごきげんよう――」
去って行くハイスの背中に、ニレナが深窓の令嬢のように手を振っていた。
ニレナはそんな彼の後姿を見送っていた。
とてもいい笑顔で。
『コーブラ』の者達の姿が見えなくなると、ニレナは先ほどまでの顔を捨てて、氷のように冷たい表情に戻る。
そんなニレナの耳元で、アンセムは囁くように言う
「ニレナ様、どうしてナダ様の名前を出したのですか? ハイス様に目を付けられますよ」
それは忠告のような言葉だった。
「ええ、ですから、ナダさんの名前を出したのです――」
ニレナがナダの名前を出したのは、簡単である。
厄介ごとであるハイスをナダに押し付けたのである。
理由は数多くあるが、ナダは“そういう事”に慣れているのが一番の理由だろう。学生の時代からイリスを原因にして、国の王子であるコロアを代表にやっかみを受けていた。勿論、コロア以外の数多くの学生からナダは嫌がらせを受けている。
きっと今回でもその時の経験が活かされるだろうと思ったのだ。
「そうなのですか――」
アンセムは不思議そうであった。
「ええ。ハイスさんに見つかったのは、私をこの町に来させたナダさんのせいです。この程度の嫌がらせは当然でしょう――」
ニレナは将来困る姿のナダを想像して、くすくすと笑った。
いい気味だと思った。




