第十四話 再会Ⅷ
オケアヌスとインフェルノは遠く離れている。
二つの都市を繋ぐ線路はまだ施工中であり、列車が通るにはまだ数年かかる見通しだ。だからインフェルノに行こうと思うえば馬車を使って近くの鉱山に移動し、それから列車に乗って移動する必要がある。
延べ一週間ほどかかるのだ。
ニレナはそんな長い道のりをアンセムと共に移動した。
ニレナがインフェルノに訪れたのは、ナダの事を確かめに来た時以来だった。もう一年は経っているだろうか。
ニレナは列車から降りると、ずっと座席に座って凝り固まった体をほぐすように大きな背伸びをした。
久しぶりに呼吸するインフェルノの空気は、学生だった頃と変わりはしない。
重苦しくて、乾いた空気だ。町中で黒煙がもくもく上がり、青空に消えていくのだ。だが、その黒煙は冒険者の武器の為に鍛冶屋がカルヴァオンを焚てているものだった。
決して空気がいいとはいえないが、ニレナにとっては妙に懐かしかった。
ニレナは駅でアンセムと別れると、慣れた足でインフェルノを歩く。
アンセムには人を雇うように頼んだのだ。
ナダの武器はニレナの細腕に持てるわけがなく、成人男性でも一人で持ち運べるような武器ではない。オケアヌスに持って帰るのに、最低でも三人は人がいるだろう。
ニレナは駅の前にある乗り合いの馬車へと乗り、窓の外から見慣れたインフェルノを進む。大通り、出店、町を歩く若い冒険者、どれもが以前と変わらず、それがニレナにとっては嬉しかった。
彼女は馬車の運転手に望みの場所へと付くと、幾らかのお金を払って馬車を出た。それから暫くの間歩く。
ニレナの目的は、アギヤの保管庫である。
インフェルノには多くの冒険者の施設があり、貸倉庫も存在する。
アギヤは古来よりある古いパーティーだ。
専用の貸倉庫も昔から持っており、ニレナは学生時代に何度も利用したことがある。
そこは、コンクリートで作られた大きな建物である。
入り口をくぐると屈強な警備員と受付嬢がいる。受付嬢に鍵を見せると、専用の部屋まで案内してくれるのだ。
鉄製の分厚い扉である。
その中に入ると、ニレナはランプで明かりを付ける。
中には幾つもの武器や防具が整理整頓されて置かれてあった。ニレナが過去に使っていた剣もあり、イリス、レアオンなどの過去の武器もこの倉庫には保管されている。
きっと多くの冒険者にとって、この部屋は宝の山だろう。
武器は十を軽く超えるほどの数があり、あらゆる種類がある。様々な金属も使われている。中にはオリハルコンやヒヒイロカネなどの希少金属をふんだんに使った武器も数多く保存されていた。
中にはもう亡くなった匠によって作られた武器も存在し、コレクターに売りに出せばいい値がつくだろう。そうでなくても武器としては一流だ。欲しがる冒険者が多い。
この武器の山を売るだけで、一つの大きな財産を築くことが出来るだろう。
アギヤの歴史は古い。
ラルヴァ学園がインフェルノに作られた年に、作られたパーティーだ。その名は代々継承されてきた。
ナダとレアオンの世代までは。
この武器の山は前の世代が次の世代の為に、と残されたものが殆どである。売っても文句言う人はいないだろうが、今まで脈々と引き継がれている。年月が経つ毎にアギヤに所属する冒険者は次々と入れ替わり、装備も増えて行った。
その結果が、この山である。
今となっては管理に困るものだ。
でも役に立たないわけではないので、ニレナは武器を処分することはなく管理者の一人として一年に一度は必ずここに訪れている。
ニレナがここに一人で来たのは、人を連れて行く前に現状を見ておきたかったからだ。一年前に来た時にある程度の手入れをし、武器の状態も確かめた。錆びかけている武器や湿度変化によって変形している鎧は調整にも出した。
時間もお金もかかるが、元アギヤの一員としては当然の事だった。
当然ながら全てニレナの自費である。
この倉庫をニレナは三年もの間、管理している。
その間、調整以外でこの倉庫から武器を取り出したことはない。ニレナの置いて行く装備が増えていくことはあっても。
ニレナのかつてのパーティーである『コーブラ』のメンバーからは、この倉庫にある武器を売って欲しい、と言われた事もあったが、ニレナは決して首を縦には振らなかった。大金を積まれても、だ。
自分はあくまで、この倉庫の仮の管理者だと思っている。
だからここにある武具をどうこうする気はない。
正式な管理者はアギヤの正式なリーダーだったイリスか、レアオンだ。ニレナは何度かイリスに鍵を渡そうとしたが、彼女は決して首を縦に振らなかった。
曰く、――面倒だから、と。
思えばニレナがアギヤにいた時も、この倉庫の管理をしていたのはニレナだった。イリスは過去の冒険者が使った武器に興味がなく、手入れをする気もなかったからだ。
先代のリーダーに言われたから仕方なく鍵を受けとっただけ。本当なら管理すらも引き受けたくなかったらしい。
ニレナの知る限り、イリスやレアオンとってこの鍵は煩わしいものでしかなかった。
ニレナは何本かの剣を鞘から抜いて状態を確かめる。
ほとんどいい状態で保管されており、むき出しになっている槍や斧なども状態はいい。全身鎧は埃が被っているだけで傷一つなかった。全て修理されたのである。
そんな風に武器を点検していると、ニレナはお目当ての武器を見つける。
ナダから依頼のあった武器だ。
グレートソードである。
幅広で、分厚く、長い剣だ。
刀身は牛乳のように濃い乳白色をしており、両刃は鋭い。持ち手は黒く、柄も黒かった。装飾は全くなく、戦うためだけに作られた剣である。そんな大きな剣が納まる鞘など存在せず、むき出しのまま専用の台に置かれてある。
陸黒龍之顎だ。
武器のランクとしては最上級のものである。
エスクリダオ・ラガリオという黒龍から作られた剣であり、ニレナもその龍を狩ったメンバーの一人だ。この剣を見るたびに、迷宮での激戦を思い出す。誰もが死ぬ一歩直前まで追い込まれた戦いだった。
ニレナは懐かしむように目を瞑って刀身を撫でた。
かつての栄光である。
暫くの間ニレナが思い出に浸っていると、鉄の扉が大きな音で叩かれた。ニレナが扉を開けるとそこにはアンセムが立っており、三人の屈強な男もいる。武器を運ぶために雇った男たちだろう。
「アンセム、ありがとうございます。では、あなた達、これを運び出してください。大切に、決して傷をつけてはいけませんよ」
ニレナは可愛らしく微笑んで、男たちに告げた。
男たちは慣れた手つきで剣に布を巻く。それから柔らかい布が多く入った木箱の中に入れた。どれも事前にアンセムが指示しており、サイズも大剣に合わせた特注だった。
男たちは剣を入れて部屋を出ると、ニレナとアンセムもそれに続いた。
ニレナは持っている鍵で扉を閉める。
一年前と同じように閉ざされた。
◆◆◆
ニレナは男たちの後を追って貸倉庫を出ると、太陽の光を浴びる。まだまだ日中なので頭上で燦々と輝いていた。
気持ちのいい天気である。
男たちに武器の移動は任せるつもりだ。
インフェルノからオケアヌス方面へ向かう列車の出発は明日で、今日はもうない。
この日のニレナの予定はフリーとなった。
ニレナは空いた時間をどこで潰そうかと考えた。イリスはこの町にもういない。既にどこかの四大迷宮へ旅立ったからである。ニレナの知り合いの冒険者は既にほぼいない。他の迷宮へ移ったからだ。
だとすれば、と考えた時にニレナが会いに行こうと思ったのは、スピノシッシマ家だった。
二人の少女である。
彼女たちの事が気がかりだった。
何度か会いに行っており、昔と比べると非常に元気になっていると思う。またナダの現状について、妹であるテーナには言う必要がある、ともニレナは考えている。
そんな事を思っていると、ニレナの後ろから知った声がかかった。
「やあ、ニレナ。探したよ――」
気のいい男の声だった。
明るくて、人の心の隙間に入り込むような声だ。
ニレナは聞き覚えのある声に、いつものように優雅に振り返った。
「お久しぶりです。――ハイスさん」
その男は、背が高かった。体は細く見えるが、筋肉質でがっしりとしている。
二枚目であり、目鼻立ちがはっきりとしている。町行く女たちが振り返るほどだ。
艶やかな金髪は短く、ファッションセンスもいい。質のいい上等なコートを着こなしている。爽やかな香水をつけており、今風の男である。
かつてニレナの所属していた『コーブラ』のリーダーであるハイスだった。
彼は以前と同じようにニレナに優しく微笑んでいた。




